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人の命はよくロウソクの火に喩えられる。
命のロウソクの長さは、人が生まれたときから既に決められているのかも知れない。
「天皇陛下のような治療をしてください」
年男さんの次男の口から出た言葉に、正直なところ私は面食らった。
佐藤年男さん(仮名)は東京で会社を経営していたが、脳梗塞で倒れ、半身不随になった。東京の病院でしばらくリハビリをしていたが、入院が長期になったため、年男さんの地元にあるこの病院に転院してきた。
年男さんは転院後リハビリを続けていたが、胆嚢炎を併発した。胆嚢炎は重症化し、右の肺にまで炎症が波及し、胸水がたまった。外科的治療で命を取り留めた。しかし、その後肺炎を引き起こした。かなりの重症肺炎であった。
さらに、年男さんは、いつ破裂してもおかしくない脳動脈瘤と、腹部大動脈瘤も持っていた。東京の病院で見つけられたのだが、東京の主治医からは手術はできないと言われたそうだ。
重症肺炎で危篤状態に近い年男さんの病状を聞くために、東京と大阪から長男と次男がかけつけていた。
年男さんは80歳。高齢で合併症をたくさん持っている。かなり厳しい状況である。その説明の最中に、次男が言ったのが「天皇陛下のような治療を」という言葉だった。
昭和天皇が亡くなった時に報道された治療のことを言っているのだろう。こんな地方の小さな病院で、無理難題もいいところである。
私が返答に困っていると、東京に住む長男が言った。
「父のことを、先生のお父さんだと思って治療して下さい」
次男よりも分別があると思われる長男によって、年男さんは「天皇」から一気に「自分の父親」に格下げになった。
(私は全ての患者さんを自分の肉親と思って治療しています)
そう言い返せばよかったのだろうか。しかし、そう口に出した途端にそれは白々しく空に響き、自分の心に重く圧し掛かりそうであった。
「天皇」であれ、「自分の父親」であれ、彼等の言いたいことはこういうことだろう。
(父は特別な人間なのだから、特別な治療をしろ)
特別な治療をしようがしまいが、人の命の長さは神様によって決められているのだ。
「ここでできる限りの治療を行います」
私は答えた。
「日本でできる限りの治療」ではなく、あくまで、「ここで」つまり「この病院でできる限られた治療」である。
その日、年男さんには人工呼吸器が装着された。
つづく
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