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これまでのあらすじ: 5年前、直径5cmの腹部大動脈瘤があったが、「ぽっくり死ねたら本望」と頑なに手術を拒否したいとさん(仮名)。何事もなく5年が過ぎ、久々にCT検査をしたら大動脈瘤の直径は10cmになっていた。いとさんの弟さんにその話をした翌日、いとさんは弟さんに説得され、手術を受けることに心を決めた。いとさんが大学病院の外科に入院し、何の音沙汰もないまま1ヶ月が過ぎた。
「いとさん!」
いとさんと弟さんが、突然私の外来に現われたのです。
「手術は・・・?」
私は恐る恐る聞いてみました。すると弟さんが言いました。
「あれ?下俵先生、お手紙書いて送るとおっしゃいましたけど、届いていませんか」
「いえ、まだ私の元には届いていません。入れ違いかも知れませんね」
「えー、おかしいなあ。もうずいぶん経つのに・・・。
実は、手術はできなかったんです」
「手術、できなかったんですか・・・」
困惑気味に話す弟さんの手前、私はどんな顔をすればいいのかわかりませんでした。
しかし、その弟さんの傍らでは、いとさんが真っ黒い顔に満面の笑みを輝かせていたのです。
私はいとさんの顔を見ると思わず微笑んでしまいました。そして、心の中でこう言いました。
「やったね、いとさん!!」
私は外来が終わると、下俵医師に電話をしました。下俵医師は電話に出るなり
「あーー!!! ごめん、ごめん!!!」
と大きな声で謝りました。卒業後一度も会っていないのですが、その声は学生時代の下俵君そのままでした。診療情報書を送るのを忘れていたそうです。きっと忙しかったのでしょう。
下俵医師の話では、結局、大学病院での検査の結果、いとさんの大動脈瘤は石灰化がかなり強く、手術自体が危険と判断され、いとさんと弟さんと相談した上で、手術はせずに様子を見ることになったそうです。
いとさんはその後、月一回、きちんと私の外来にいらっしゃいました。いつも元気に、満面の笑みを浮かべて。
「おかげ様で、痛いところもなく、ご飯も美味しく、どこもどうもなく過ごさせてもらって、ありがたいことです。先生のおかげです」
いとさんは曲がった背骨をさらに屈曲させ、頭がおなかにくっ付く様な姿勢でこう言い、私は
「いえいえ、私は何にもしていません。人間の寿命は神様が決めているのですからね」
と言いました。
「いとさん、くれぐれも重い物をもったり、お腹をぶつけたりしないように気をつけて。それから、お薬は切らさないようにね」
「はい! わかっちょります」
・・・
それから約一年。
この夏、いとさんがご自宅の布団の中で息を引き取っていたとの連絡を受けました。夜眠りについてそのままだったようです。
今もいとさんは天国で白い歯を輝かせて笑っていることでしょう。
いとさん、あなたは何て幸せな死に方をしたのでしょう!!
自分も歳を取ったら是非いとさんにあやかりたいと、心から思うのでした。
完
追記 1991年、Parodiらによって腹部大動脈瘤に対する大腿動脈からの経カテーテル的血管内ステント付人工血管挿入術が報告されて以来、侵襲の少ない治療法としてハイリスク症例に対する積極的な治療が可能となってきました。本法は、いまだ限られた施設でしか行われていないのが現状ですが、低侵襲かつ積極的な治療法として期待され、日本国内で広まりつつあります。http://www.congre.co.jp/kyushu-u/surg2/contents/sub/kekkan/kekkan05.html
いとさんのように手術はどうしても嫌という患者さんも、この方法ならば手術を受けることなく大動脈瘤の根治ができると期待されます。
最後までお付き合いくださった読者の皆様、ありがとうございました。
本シリーズに暖かいコメントをくださった まるべ様、Tai-chan様、志村建世様、ako様、雪の夜道様、Atsullow-s caffe様、麻酔科医です様、おこめ様、Yumi様、なんちゃって救急医様、秋野友様、マーボー様、christmas様、プレア様、DAICHAN様、よっしい様、たぬくまぞうさん様、
誠にありがとうございました。
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