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これまでのあらすじ: 5年前、直径5cmの腹部大動脈瘤があったが、「ぽっくり死ねたら本望」と頑なに手術を拒否したいとさん(仮名)。何事もなく5年が過ぎ、久々にCT検査をしたら大動脈瘤の直径は10cmになっていた。いとさんの弟さんにその話をした翌日、いとさんは「手術を受ける」と外来に現われた。
「いとさん、手術受けるのですか・・・?」
「はい。せっかく弟が受けろと言ってくれるものですから」
ショックでした。
私はいとさんの、いつ破裂するかわからない爆弾を抱えながらも手術を受けずに『天命に身を任せる』という生き方を、潔いものと思っていました。その意志は誰が何と言おうと揺るがないものと信じていました。しかし、弟さんの一晩の説得で変わってしまうとは。
それならもっと早いうちに弟さんを呼び出して話をしておくべきでした。いとさんの動脈瘤をここまで大きくしてしまったのは自分の責任だと思いました。
私はショックを顔に出さないように注意し、あえて無表情を造って言いました。
「手術するなら早いほうがいいでしょう。大学病院に電話してみます」
以前、いとさんが大動脈解離で入院した時の主治医だった下俵医師(仮名)は、今では大学病院で血管外科の主導的立場にいました。彼は私の大学時代の同級生です。かつて同じ教室で学んだ級友の活躍を誇らしく思いながら、下俵医師に電話をつないでもらいました。
私がいとさんの話をすると、下俵先生は
「ひえー!10cm!!」と大動脈瘤の大きさに驚き、すぐにベッドを工面すると言ってくれました。
いとさんは翌日大学病院の外科へ入院しました。
私は、手術すると言ってきた時のいとさんの顔から笑顔が消えていたのが気がかりでした。大手術を前にして笑っていられる人間はそうはいないとは言え、いとさんは本当は手術を受けたくなかったのではないかという思いが拭い切れませんでした。
5年前とは、いとさんを取り巻く状況が変わっていることに間違いはありません。いとさんの住む町と市街を結ぶ電車が廃線となり、通院に弟さんの車での送迎が必要となったことも影響しているでしょう。いとさんは5年分歳を取り、たった一人の身寄りである弟さんに何かと支えてもらう必要が出てきたのでしょう。その弟さんから手術するように説得されて、断れなかったのではないでしょうか。
あのときCTを撮ったりしなければ、弟さんに話をしたりしなければ、いとさんは手術を受けることはなかったでしょう。毎日を無症状に暮らし、幸せに天寿をまっとうしていたでしょう。
余計なことをしてしまった・・・。
10cmの大動脈瘤の手術が危険を伴わない筈がありません。
いとさんにもし何かあったら・・・。
私は下俵医師から何らかの報告があるのを、不安な思いで待っていました。
いとさんが大学病院に入院してから1ヶ月が経とうとしていました。
しかし、何の連絡もありませんでした。
明日まで待って、何も連絡がなかったら、こちらから電話して聞いてみよう。
そう思っていた矢先・・・
つづく
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