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よっしい先生のブログの
を読んで、私も思うことがあります。
「お薬を失くしてしまったので、もう一度出して欲しい」
という患者さんは時々いらっしゃいます。
よっしい先生が書いている通りで、これは本当は保険を使ってはいけないのかも知れません。でも、そんなことを言うのも、患者さんが気の毒なので、もう一度出しています。
しかし、中には処方してもらった薬を捨てている人もいます。
これは医療費自己負担のない人に多いです。
80代半ばの陳旧性心筋梗塞の女性、トシ子さん(仮名)
前回、パート医師から高コレステロール血症のお薬が1ヶ月分出されていました。
「お薬の効果を見るために、もう一度採血しましょう」
と私がいうと、トシ子さんは
「え?薬って何のことですか」
私「コレステロールのお薬ですよ」
トシ子さん「あ、あれね。捨てました」
私 「は? 捨・て・た? なぜ?」
トシ子さん「だって、見たこともない先生から出してもらっても、信用できないんですもの」
トシ子さんは重度身障者手帳を持っていて、医療費は無料。お薬代はただです。
捨てられたお薬はスタチンという種類のお薬で、1錠190円くらいします。一か月分で、6千円弱の医療費がゴミ箱に捨てられてしまったのです。
私、内心ピキピキしましたが、トシ子さんは軽度の認知症で、1人暮らし。怒ることもできず。
お薬は二度と捨ててはいけません。信用できないと思ったら、遠慮なくそのときに断ってください、とやや強めの口調で言い、トシ子さんは「わかりました。もう捨てません」と言っていました。そして帰り際に
「先生から出された薬だったら、絶対に捨てないんですけどね」
だから、そういう問題じゃなくって・・・
他にも、高血圧でかかっていた70代男性患者、ヨシオさん(仮名)
あるとき、こんなことを言いました。
「実は僕、市民病院の内科にもかかって、むこうでも血圧のお薬をもらってるんだけど、
あちらのお薬は捨てています。」
なぜ二箇所の病院にかかっているかというと、ブランド志向のヨシオさんは、検査や入院するときは市民病院と決めているようです。
ただ、市民病院は外来の待ち時間が長いし、風邪などのちょっとしたことではかかりにくいし、点滴なども気軽に頼めないので、敷居の低い民間病院である私の病院と二本立てで通院しているそうです。
私、さすがに怒りました。
薬を捨てるなんて、むこうの先生に失礼じゃないですか!市民病院の先生はちゃんと飲んでいるものと思っているんですから、正直にお話して、こちらの薬か、向こうの薬か、処方はどちらか一方にしてください。
ヨシオさん「あ~、すみません。向こうの先生に断りますから、先生の方で出してください」
と言いましたが、本当に断ったかどうか、わかりません。
ヨシオさん、その後、軽い貧血が現われたため、便潜血の検査をしたら、陽性。大腸ファイバーの検査を勧めたところ、私の病院でもできるんですが、「市民病院でやるから」と言って、長いこと現われず。
数ヶ月経って外来にひょっこり現われたヨシオさん、市民病院の検査で早期の大腸癌とわかり、手術を受けたとの事。
その後も市民病院に入退院を繰り返しているようですが、
先日も私の外来にやってきて
「先生、今、腎臓が悪くて入院しているんですけど、先生にずっと前に出してもらった漢方薬、また出してもらえませんか?あの薬飲むと調子よかったんで・・・どうか御願いします」
どうやら市民病院の主治医には内緒で来たみたいです。
「主治医の先生に電話して聞いてみて、もしもいいって言われたら出します」
と言ったら、
「ひぇー!!そんなこと電話したらやらしいじゃないですか!
だったらいいです。先生、ぜったい電話なんてしないでくださいね。」
と言って帰っていきました。
なんだか、憎めない患者さんたちなのですが、
医療費は限りがあるわけなので
薬を捨てることだけは絶対にやめてください。
それから、生活保護の患者さんというのは医療費自己負担がないのですが、欲しい薬を紙に書いてきて、まるで病院をドラッグストアのように考えている人がいます。
「今日は~、ビタミン剤と~、湿布と~、あ、熱いのはだめ。冷たいヤツね!あれ、かぶれるから。
それから~風邪薬と~、それから~」
「風邪薬って、いま風邪ひいてるんですか?」
「いんや、今は引いてないけど、風邪引いたときの予備のためよ」
「そういう処方はできません」
「えっ、なんでさ。他の先生は出してくれたのに」
「いいですか。薬が必要かどうかは医師が判断することです。それに、今かかってない病気の薬を出すことは、法律違反です」
そういうと、患者は「もういい」と捨て台詞を吐いて帰っていき、二度と私の外来には来ません。そういう患者さんは他に薬を出してくれる医師のところへ行くだけです。(薬を出す方が悪いのかも知れません)
最近は、薬代が高いからと、ジェネリックを希望する一般の患者さんも増えてきました。
しかし、税金や保険料を全く支払っていない生活保護の患者さんは、一流メーカー品を出されています。
生活保護の患者さんが自分から「ジェネリックにしてください」と言ってくることはありません。
あなたは生活保護だから自動的にジェネリックになります。とは、なかなか言いにくいです。だから、一流メーカー品です。
一方、税金や保険料を納めている患者さんが薬代が高いからと安全性もよくわからないような後発品を自ら希望し、政府は医療費削減のためにそれを勧めようとしている。
なんだかおかしいんじゃ、と思うのは私だけ?
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限りある医療費は、無駄にしないように、医師も国民も一人一人が心がける必要がありますね。
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諏訪中央病院で緩和ケアをなさっている、平方眞先生の著書です。
第1章にいきなり核心を突くことが書いてあります。以下、大変共感する部分を抜粋いたします。
人は誰でも、人生の終わりを一回だけ迎えます。「一人の命は地球の重さより重い」といわれますが、その場合の命とはただ呼吸をして心臓が動いているかどうかを示しているわけではなく、「その人らしく生きている」かどうかが、より重要です。人生の終わりが見えてきたときの命のあり方について、医療だけでなく日本の社会全体がもう一度考えてみるべき時代が来ているのではないでしょうか。
さらに、こう続きます。
いきなり身も蓋もないことをいって申し訳ありませんが、すべての人生には必ず終わりがやって来ます。いつ来るか、どのように来るかは、それはわかりませんが、必ず来ます。しかし終わりが来ることはわかっていても、自分の人生の締めくくりがどのようになるのか、どのような締めくくりをしたいかを考えたことのある人は、多くはないのではないでしょうか。
私の経験からも、多くないと感じます。
平方先生は、「はじめに」 の項に、読者に「命に終わりがある」ことだけは認識しておいてほしいとという理由で、「死」について考える章を一番最初に置いたと書かれています。
大変効果的だと思います。
今、私の病院に、二人の癌患者さんが入院しています。
二人とも大きな病院で癌を治すための治療を受け、もうこれ以上「癌そのものを治す治療」はないとされ、転院してきた患者さんです。二人とも癌の告知は受けています。
その一人、正志さん(仮名)は、いつも憂鬱な顔をして、「少しも良くならない」とこぼしています。正志さんは自分で歩けます。痛いところもないと言います。入院して何か治療をしているわけではなく、在宅でじゅうぶんと思われるのですが、「在宅では心配」という理由で入院しています。正志さんを襲っているのは、憂鬱、絶望、不安、無気力・・などです。
もう一人は信夫さん(仮名)。癌が脊椎に転移して、下半身は麻痺し、寝たきり状態です。尿意も便意もないので、オムツを当てることを余儀なくされています。痛みもありますが、今のところ薬で抑えられています。 歩けて痛みの無い正志さんよりもずっとひどい状態です。
ところが、信夫さんの病室を訪れると、いつも大変穏やかな表情です。色々と至らないところもあると思うのですが、スタッフへのねぎらいの言葉も忘れずにくださいます。自分の運命をしっかりと受け入れていらっしゃるように見えます。
この二人の違いはどこから来ているのでしょうか。
答えは「がんになっても、あわてない」の中にありました。
がんは短所しかない病気のように思われていますが、人生が一度きりしかないことから考えると長所もあります。最大の長所は、がんは経過の予測がしやすいために「人生の仕上げ」をする時間が持てるということです。多くの人ががんによって命の終わりを迎えているのに、この長所を活かせていない人はあまりにもたくさんいます。
命には終わりがあることを意識してきた人生と、そうでない人生では、人生の仕上げのしやすさが仕上がりの質が全然違います。もちろん意識してきた人生のほうが、断然仕上げがうまくいくという意味です。
平方先生は、
がんになるのも人生設計の中に入れるべき
と書かれています。
3人に1人はがんになる時代ですから・・・。
心の準備をしておくことは大切なことだと実感します。
ぜひ多くの方々に読んでいただきたいと思います。
平方先生のブログはこちらです。
http://air.ap.teacup.com/awatenai/444.html
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十数年前、ことりちゃんという研修医がとある地方大学病院で研修していました。
ことりちゃんの科では、正規の当直の下に、研修医当直というものがありました。
正規の当直医は当直室で休むことができましたが、研修医用の当直室はありませんでした。
それで、研修医は病棟記録室のソファーベッドで休みました。
うら若き乙女が、何十人もの研修医の汗と体臭を染み込ませ、いつ洗濯されたかわからない毛布を被り、眠るのでした。
記録室にカギはありません。不審者だろうが、患者さんだろうが、夜中に入ってくる可能性があります。ちなみに、他の研修医が眠っている時にガバッと入ってくることはよくありました。今考えると何と無防備だったのかと恐ろしいです。
当時の研修医は勤勉な人が多かったので、真夜中の12時過ぎ、1時過ぎまで記録室に詰めてカルテ整理をしたり、勉強したりしている人がいました。眠りにつけるのはその人たちが帰った後です。
ことりちゃんの科は、循環器の患者さんと呼吸器の患者さんが多く入院していたので、夜中に必ず誰か1人くらいは「胸が苦しい」と言います。
すると、まず研修医当直が起こされ、眠いまぶたをこすりながら心電図をカタカタと引いて病室へ行き、患者さんの心電図を取ります。
「これは」、と思うような心電図の時は正規の当直医を呼びます。
採血が必要であれば、研修医が採血して、7階の病棟から2階の検査室へ走って持って行き、検査技師さんに検体を届けます。血ガスは自分で行います。
上級の当直医が、レントゲン写真を撮れと言うと、レントゲン技師さんに頼みます。(医師が自分で撮らないといけない病院もあるみたいですね)
レントゲン技師さんは夜中に起こされて、すごく不機嫌です。「チッ」みたいなことを言われ、研修医ことりちゃんは「すみません、すみません」と患者さんのために頭を下げます。
フイルムができたら、1階のレントゲン室まで、研修医が取りに行きます。ついでに検査室に出した検体の結果も出ていないか見に行って、出ていたらそれを持ってまた病棟に上がり、上級当直医に見せます。
上級医が「○○○の点滴を投与する」と言い、それが病棟に置いてない時は、1階の薬局まで研修医が走って取りに行きます。で、薬剤師さんにもブチブチ言われて「すみません、すみません」と患者さんのために頭を下げます。
そうこうしてその患者さんが落ち着くと、入院暦のある心不全の急患さんが来たりします。
研修医はまた心電図を取り、採血をして、検体を持って検査室まで走って、レントゲンフィルムを取りに走って、と同じことを繰り返します。
上級医が「前回の入院カルテを出せ」と言うと、研修医はカルテが保存してある倉庫まで行って、そのカルテを探してこなければなりません。真夜中のカルテ庫は幽霊でも出そうな雰囲気で、怖かったです。
やっと明け方にソファーベッドに倒れこむと、深夜勤務のナースから起こされました。
「せんせ、私たち、これから検温に回るので詰め所に誰もいなくなるの。モニター見ててくださいな」
と言われ、詰め所のモニターの前に座らされます。
そうそう、真夜中に、一般の人から「僕、肺がんじゃないかと心配なんですが、大丈夫でしょうか」などという電話がかかってきて起こされた事も何度かありました。
この研修医当直、ちなみに
0円
でした。
正規の当直医は1万円くらい当直料がもらえました。
ある時、いくら研修医だって当直0円はかわいそうだ、上級当直医がその日の研修医当直者に当直料の中から、千円手渡しすることにしよう、と決まりました。
律儀に千円下さる先生もいましたが、知っていて無視する先生が多かったような・・・。
こうしてほとんど眠れない夜をすごした翌朝は、また通常通りの勤務です。(医者にとっては当たり前のことですが)
朝、入院患者を診に行って、研修医のデューティー(尿検査当番とか、点滴当番とか、カルテを心電図に貼る当番とか・・・要は雑用)をこなして、お昼に記録室に戻って、入院患者さんのカルテを書いていると、
どやどやどやっと、掃除のおばちゃんたちが記録室に入ってきて
「じゃま、じゃま!さっさとどいて!」
と言われて記録室から追い出されました。
どこまでも研修医は人間扱いされていなかったと思います。単なる雑用マシーンでした。掃除のおばちゃんよりも身分は下でした。
なんだか、あつかふぇ先生のブログを読んだら、自分の研修医時代を思い出してしまったもので・・・。
研修医ことりちゃん、シリーズ化するかどうか、わかりません。
ところで大学病院離れが増しているというニュース
うーん・・・
当時、大学病院以外で研修する選択肢があったら、ことりちゃんもそうしていたと思います。
ちなみに今は大学病院でも研修医は人間としての人権を認められているようです。(ここに書いたのは十数年前のお話ですので、あしからず)
今は、研修医様は大切にされているようですので、大学で研修する人が増えてくれるとよいと思います。
| 激しさ増す研修医争奪戦 「大学病院離れ」が定着 「表層深層」臨床研修のマッチング | ||
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日本救急医学会が、人工呼吸器の取り外しを選択肢の1つとする延命治療中止基準を明記した指針を決定しました。
善意の医師が殺人犯と糾弾されないための、一歩前進だと思います。
ただ、学会が指針を出しても、司法の判断が定まっていないため、まだ現場では人工呼吸器外しに踏み切ることはできないのが現状ではないでしょうか。
早く司法の立場からも「末期状態での延命治療の中止」を「殺人罪」に科さない指針を明確にしていただきたいと思います。
人工呼吸器が一度つけたら中止できないがために、その時点で(人工呼吸器をつけるかどうかという時点で)生きることをあきらめてしまう場合もあるということも、考慮いただきたいと思います。
患者さん自身が、よりよい生き方、死に方が選択できるように・・・
| 「呼吸器外し」指針で容認 終末医療、学会レベル初 意見募集に「賛成」多く 日本救急医学会 「医療ニッポン」 (1) | ||
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これまでのあらすじ: 5年前、直径5cmの腹部大動脈瘤があったが、「ぽっくり死ねたら本望」と頑なに手術を拒否したいとさん(仮名)。何事もなく5年が過ぎ、久々にCT検査をしたら大動脈瘤の直径は10cmになっていた。いとさんの弟さんにその話をした翌日、いとさんは弟さんに説得され、手術を受けることに心を決めた。いとさんが大学病院の外科に入院し、何の音沙汰もないまま1ヶ月が過ぎた。
「いとさん!」
いとさんと弟さんが、突然私の外来に現われたのです。
「手術は・・・?」
私は恐る恐る聞いてみました。すると弟さんが言いました。
「あれ?下俵先生、お手紙書いて送るとおっしゃいましたけど、届いていませんか」
「いえ、まだ私の元には届いていません。入れ違いかも知れませんね」
「えー、おかしいなあ。もうずいぶん経つのに・・・。
実は、手術はできなかったんです」
「手術、できなかったんですか・・・」
困惑気味に話す弟さんの手前、私はどんな顔をすればいいのかわかりませんでした。
しかし、その弟さんの傍らでは、いとさんが真っ黒い顔に満面の笑みを輝かせていたのです。
私はいとさんの顔を見ると思わず微笑んでしまいました。そして、心の中でこう言いました。
「やったね、いとさん!!」
私は外来が終わると、下俵医師に電話をしました。下俵医師は電話に出るなり
「あーー!!! ごめん、ごめん!!!」
と大きな声で謝りました。卒業後一度も会っていないのですが、その声は学生時代の下俵君そのままでした。診療情報書を送るのを忘れていたそうです。きっと忙しかったのでしょう。
下俵医師の話では、結局、大学病院での検査の結果、いとさんの大動脈瘤は石灰化がかなり強く、手術自体が危険と判断され、いとさんと弟さんと相談した上で、手術はせずに様子を見ることになったそうです。
いとさんはその後、月一回、きちんと私の外来にいらっしゃいました。いつも元気に、満面の笑みを浮かべて。
「おかげ様で、痛いところもなく、ご飯も美味しく、どこもどうもなく過ごさせてもらって、ありがたいことです。先生のおかげです」
いとさんは曲がった背骨をさらに屈曲させ、頭がおなかにくっ付く様な姿勢でこう言い、私は
「いえいえ、私は何にもしていません。人間の寿命は神様が決めているのですからね」
と言いました。
「いとさん、くれぐれも重い物をもったり、お腹をぶつけたりしないように気をつけて。それから、お薬は切らさないようにね」
「はい! わかっちょります」
・・・
それから約一年。
この夏、いとさんがご自宅の布団の中で息を引き取っていたとの連絡を受けました。夜眠りについてそのままだったようです。
今もいとさんは天国で白い歯を輝かせて笑っていることでしょう。
いとさん、あなたは何て幸せな死に方をしたのでしょう!!
自分も歳を取ったら是非いとさんにあやかりたいと、心から思うのでした。
完
追記 1991年、Parodiらによって腹部大動脈瘤に対する大腿動脈からの経カテーテル的血管内ステント付人工血管挿入術が報告されて以来、侵襲の少ない治療法としてハイリスク症例に対する積極的な治療が可能となってきました。本法は、いまだ限られた施設でしか行われていないのが現状ですが、低侵襲かつ積極的な治療法として期待され、日本国内で広まりつつあります。http://www.congre.co.jp/kyushu-u/surg2/contents/sub/kekkan/kekkan05.html
いとさんのように手術はどうしても嫌という患者さんも、この方法ならば手術を受けることなく大動脈瘤の根治ができると期待されます。
最後までお付き合いくださった読者の皆様、ありがとうございました。
本シリーズに暖かいコメントをくださった まるべ様、Tai-chan様、志村建世様、ako様、雪の夜道様、Atsullow-s caffe様、麻酔科医です様、おこめ様、Yumi様、なんちゃって救急医様、秋野友様、マーボー様、christmas様、プレア様、DAICHAN様、よっしい様、たぬくまぞうさん様、
誠にありがとうございました。
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これまでのあらすじ: 5年前、直径5cmの腹部大動脈瘤があったが、「ぽっくり死ねたら本望」と頑なに手術を拒否したいとさん(仮名)。何事もなく5年が過ぎ、久々にCT検査をしたら大動脈瘤の直径は10cmになっていた。いとさんの弟さんにその話をした翌日、いとさんは「手術を受ける」と外来に現われた。
「いとさん、手術受けるのですか・・・?」
「はい。せっかく弟が受けろと言ってくれるものですから」
ショックでした。
私はいとさんの、いつ破裂するかわからない爆弾を抱えながらも手術を受けずに『天命に身を任せる』という生き方を、潔いものと思っていました。その意志は誰が何と言おうと揺るがないものと信じていました。しかし、弟さんの一晩の説得で変わってしまうとは。
それならもっと早いうちに弟さんを呼び出して話をしておくべきでした。いとさんの動脈瘤をここまで大きくしてしまったのは自分の責任だと思いました。
私はショックを顔に出さないように注意し、あえて無表情を造って言いました。
「手術するなら早いほうがいいでしょう。大学病院に電話してみます」
以前、いとさんが大動脈解離で入院した時の主治医だった下俵医師(仮名)は、今では大学病院で血管外科の主導的立場にいました。彼は私の大学時代の同級生です。かつて同じ教室で学んだ級友の活躍を誇らしく思いながら、下俵医師に電話をつないでもらいました。
私がいとさんの話をすると、下俵先生は
「ひえー!10cm!!」と大動脈瘤の大きさに驚き、すぐにベッドを工面すると言ってくれました。
いとさんは翌日大学病院の外科へ入院しました。
私は、手術すると言ってきた時のいとさんの顔から笑顔が消えていたのが気がかりでした。大手術を前にして笑っていられる人間はそうはいないとは言え、いとさんは本当は手術を受けたくなかったのではないかという思いが拭い切れませんでした。
5年前とは、いとさんを取り巻く状況が変わっていることに間違いはありません。いとさんの住む町と市街を結ぶ電車が廃線となり、通院に弟さんの車での送迎が必要となったことも影響しているでしょう。いとさんは5年分歳を取り、たった一人の身寄りである弟さんに何かと支えてもらう必要が出てきたのでしょう。その弟さんから手術するように説得されて、断れなかったのではないでしょうか。
あのときCTを撮ったりしなければ、弟さんに話をしたりしなければ、いとさんは手術を受けることはなかったでしょう。毎日を無症状に暮らし、幸せに天寿をまっとうしていたでしょう。
余計なことをしてしまった・・・。
10cmの大動脈瘤の手術が危険を伴わない筈がありません。
いとさんにもし何かあったら・・・。
私は下俵医師から何らかの報告があるのを、不安な思いで待っていました。
いとさんが大学病院に入院してから1ヶ月が経とうとしていました。
しかし、何の連絡もありませんでした。
明日まで待って、何も連絡がなかったら、こちらから電話して聞いてみよう。
そう思っていた矢先・・・
つづく
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これまでのあらすじ: 5年前、直径5cmの腹部大動脈瘤があったが、「ぽっくり死ねたら本望」と頑なに手術を拒否したいとさん(仮名)。何事もなく5年が過ぎ、久々にCT検査をしたのだが、その画像は・・・
「こ、これは・・・・」
5年前に直径5cmだったいとさんの大動脈瘤は、最大径10cmに達していました。これほど立派な動脈瘤は見たことがありませんでした。
小さないとさんの腹腔内いっぱいに拡大した大動脈。今も一回一回の拍動のたびに、伸展し切ったいとさんのその動脈壁には、内側からドクドクと脈打つ動脈血による圧力が、着実にかかっているのでした。
緊満した大きな動脈の前面は腹壁の直下にぴったりと接し、お腹の上から指でちょんと触っただけでも破裂しそうに見えました。
「いとさん・・・、これ、動脈瘤ですが、大変大きくなっています・・」
私は冷静な振りを装いながら、CTフィルムの上に指を差しました。その画像は素人目から見ても異様だったようです。いとさんの顔からはいつもの笑顔が消え、顔中の表情筋が硬直しているのが見て取れました。
「お身内の方にもお話しておきたいのですが・・・」
お子さんはいなくて、ご主人に先立たれたいとさん、他に身内といえばご兄弟です。
「弟が一緒に来ていますので、弟に話してください」
いとさんの住む町と私の病院を結ぶ電車の路線が、2年前に赤字のため廃線になってからというもの、いとさんは弟さんの車で病院への送り迎えをしてもらっていたのでした。
いとさんの弟さんは、いとさんが老けて見えるせいか、いとさんよりも10歳以上若く見えました。いとさんが色黒で腰が曲がっているのとは対照的に、弟さんは色が白く背筋はぴんと真っ直ぐでした。
私は弟さんにこれまでの経緯をすべてお話しました。そして今日のCTの写真をお見せし、明日の朝にも、いとさんが布団の中で冷たくなっていてもおかしくない状態であることを言いました。
弟さんは心配そうな顔で聞いていました。そして、手術について、家に帰ってから親族で話し合うと言いました。
翌日、いとさんと弟さんが一緒に外来にいらっしゃいました。
弟さんの口から出たのは意外な言葉でした。
「手術を受けさせたいと思いますので、紹介状を書いてください」
私はいとさんの顔を見ました。
「いとさん、手術受けるのですか・・・?」
いとさんは力なく頷きました。
つづく
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いとさんは、毎月元気に外来にいらっしゃいました。私が「いとさん、いかがですか」と聞くといつも
「はい!」と大きな声で返事をしてからこう続けました。
「おかげ様で、どこも痛いところも痒いところもなく、ご飯もおいしくいただいちょります。畑仕事も少しずつやっちょります。本当に先生のおかげです。ありがたい、ありがたい」
「いえいえ、私は何にもしてませんよ。感謝するなら神様にしましょうね」
私がこう言うと、いとさんは白い歯を見せて笑い、「ありがたいことです」と、頭がお腹にくっ付くようにして頭を下げるのでした。
私はいとさんに手術の話をしなくなりました。いとさんの大動脈瘤の大きさを追跡することもやめました。いとさんは手術しないと決めたのだから、動脈瘤が大きくなっていようが、知ったところでどうしようもないと思ったからです。
いとさんは一日一日を感謝して大切に暮らしているようでした。毎月いとさんが外来にやって来ると、私はほっとしました。
私の外来の曜日に都合が悪くて受診できない時、いとさんは他の曜日に来てお薬だけもらっていくこともありました。2ヶ月程いとさんの姿を見ないと、私は「いとさんは大丈夫だろうか。もしや・・・」と心配しました。しかし、いとさんは次の時にはとびきりの笑顔で元気よく外来にいらっしゃって、私はその笑顔を見るととても嬉しくなりました。
「無理しないようにね。重いものを持ってはだめですよ。くれぐれもお腹をぶつけたりしないようにね。お薬は絶対に切らさないように」
と口うるさい私に、いとさんは
「はい、わかっちょります!」
と一年中日焼けした黒い顔に白い歯を光らせて、いつも大きな声で元気よく返事をしました。
そんな風に月日は過ぎ、いつしか5年もの歳月が流れていました。
私は、いとさんの動脈瘤は今どれくらいの大きさになっているのだろう、と興味が沸きました。5年も何事もなく過ごしてきたいとさん、大動脈瘤なんて幻だったのかとさえ思えてしまいます。
「いとさん、もうずいぶんCTの検査していませんけど、どうです、一度検査してみませんか?」
私はいとさんは断るかなと思ったのですが、いとさんは、二つ返事で
「はい!お願いします」
と承諾しました。いとさんも気になっていたのでしょう。
診察室でいとさんが座っている目の前で、私は出来上がってきたCTのフィルムを袋から取り出し、シャーカステンに掲げました。
「こ、これは・・・・」
私の視線はその瞬間からCTフィルムの上に貼りつき、頭の中では次に出す言葉を懸命に探していました。
つづく
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いとさん(仮名)は60代のときに大動脈解離で入院しました。(大動脈解離とは簡単にいうと大動脈の3層構造の真ん中の層に血液が流れ込んで裂けてしまうものです。有名人では石原裕次郎が罹りました)
この時、いとさんは安静にして血圧をコントロールする保存的治療(手術ではない治療)でよくなりました。退院後、私の外来へ通院することとなりました。
いとさんの大動脈は、お腹の部分がこぶ状に太くなっていることもわかっていました。(これを大動脈瘤だいどうみゃくりゅうといいます)
こちらは直径が4cmくらいで(正常は2cm)、経過をみて5cmになったら手術をする必要があるので、外科へ紹介してくださいという外科からの申し送りでした。
いとさんは月1回、私の外来へやってきました。農作業のために皮膚は日焼けして一年中真っ黒な顔をしています。腰は大きく曲がり、顔には深いしわが刻まれ、実年齢より10歳くらいは老けてみえます。
いとさんはいつも、満面の笑みを浮かべて診察室に入ってきました。血圧はお薬をきちんと飲んでいれば下がりましたが、時々薬を切らしてしまうことがあり、私はこれ以上お腹の大動脈の瘤が大きくならないようにするには血圧を上げないようにすることが大切なのだと、毎回くどい程お話しました。
いとさんは、そんな時、「すみません、すみません」と、曲がった腰をさらに曲げ、頭がお腹にくっ付くような姿勢で私に謝りました。私は、「私には謝らなくていいから、自分の身体に謝って下さいね」と言っていました。するといとさんは「本当にすみません」と、また謝るのでした。今度は黒い顔に白い歯を光らせながら。
そんないとさんの大動脈瘤は、少しずつ大きくなっていきました。ある時、CTを撮ると、輪切りにされた腹部大動脈は、手術が必要といわれる5cmに達していました。
私はいとさんに外科受診をすすめました。
しかし、いとさんは頑なに拒否しました。
「先生、お願いです。手術なんて、そんなおっかないことはどうか勘弁してください。ワシは子供もおらんし、おとーちゃん(夫)には先立たれて一人身ですんじゃ。もういつ死んでもいいと思っちょります。手術なんて、そんなこと、まっぴらご免こうむります。
ぽっくり死ねたら本望ですじゃ。
そやから、お願いですから、お願いですから勘弁しておくんなさい」
と、また頭がお腹にくっつくほど腰を曲げ、私に懇願するのでした。
いとさんのご主人は脳梗塞の後遺症で長い間寝たきりでした。いとさんは献身的に自宅で介護をしてきたのです。そのご主人は数年前に亡くなっていました。
私は、手術するかしないかは別として、一度外科の先生に診てもらって相談しましょうよ、と柔らかく言ってみましたが、いとさんはそんな言葉には少しもなびかず、これまた丁重に拒否されました。
結局、私はいとさんを説得することができず、カルテにいとさんとのやり取りを記載しました。手術を勧めたが本人が拒否したとカルテに書くことにより、自分の責任を回避するためです。万一、いとさんの腹部大動脈が破裂して、後からいとさんの家族から文句を言われたり、訴えられたりしたときを想定してのことです。
いとさんが自分を訴えることなどないと信じているのですが、自己保身のためには大切なことです。いとさんはそれでよくても、お会いしたこともない家族が後で文句を言ってくることだってあり得ますから。
いとさんの「手術はどうしてもイヤ」という気持ちが固いことはよくわかりました。「ぽっくり死ねたら本望」とまで言われると、いとさんが寝たきりのご主人をずっと介護してきたのを知っているだけに、こちらもそれ以上何も言えません。もし自分も身寄りがなくていとさんと同じ状況だったら、やはりいとさんと同じように考えるかも知れません。
しかし、日本では説明義務違反などという怖い刑罰がありますので、「おまえの説明が不十分だったから、患者さんは手術に気持ちが向かなかったのだ。もっと懇々と説得する義務があったのに、それを怠った」と後から言われる可能性だってあるのです。
そして、何より、いとさんの動脈瘤が破裂して急死なんてことになったら、私は自分自身を責めなくてはいけません。
そんなことを考えながらカルテを書いていると、誰のために手術を勧めているのかもよくわからなくなり、自分自身が嫌になってきます。
手術を頑なに拒んだいとさんは、それからも毎月私の外来へ笑顔でやってきました。
私は、いつも「やはり手術する気にはなりませんか」
と、いとさんに意思の変化がないか確認しました。
そのたび、いとさんは真っ黒な顔に白い歯をきらりと光らせて
「なりません」
ときっぱり言いました。
そして、自己保身のため私はそれをカルテに書きました。自分のせせこましさにイヤになりながら・・・。
つづく
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元NHKプロデューサー志村建世氏がご自身のブログに天国へのビザの読後感想を書いてくださいました。どうもありがとうございます。
腎臓内科医様からもレビューをいただいております。どうもありがとうございます。
第1章
ラストを除いて、死を看取ることのある医療従事者にとっては、「こういうことってあるよねー」とか「難しいなーこの問題」といった、日常遭遇する状況が無理なく描かれていてとても共感できるものでした。なんとなく漠然と感じていた終末医療の矛盾が具体的なケーススタディーとして上げられており、同種の事例を取り扱うことになった報道関係の方や法曹の方に広く読んでもらいたい参考書になりうると感じました。
第2章
たまたま飛行機の機内だったので、最後に近い場面(手紙の場面とだけ申し上げておきます)は目頭が熱くなりしばし読むのを中断しなくてはなりませんでした。どなたかが書かれていましたが、私も小説としてはこちらのほうがお気に入りです。
本筋以外のところにもアナフィラキシーショックや遺伝子治療など、著者が言外に伝えたかったメッセージがところどころにちりばめられており、これらも題材として暖められているのかなあと思いました。
いずれもフィクションではありますが、現場の医師が書いただけあって、まるでノンフィクションのような臨場感があります。文体も含め「ノーフォールト」と通じる空気(あるいは現場の悲鳴?)を感じました。
このブログも新しい読者様が増えてきたようなので、過去に皆様からいただいたご感想を再度アップしたいと思います。
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