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ある国の、ある自治体には、100歳の誕生日を迎えるとお祝い金として100万円が支給されるという制度がありました。
その自治体に住民票を持つ、99歳の寝たきり老人が、ある病院に入院していました。
その老人は100歳を目前に、肺炎になりました。
家族は、「100歳になるまでは、なんとしてでも生かせて欲しい」と医師に言いました。
医師は家族の希望に沿い、できる限りの治療をしました。
高い薬を使い、人工呼吸器をつけ、1ヶ月の医療費は100万円を超えました。
そうして、老人は人工呼吸器をつけられ、意識のない状態で100歳を迎えました。
家族は100万円を手にしました。
家族の医療費の負担は数万円でした。
家族は言いました。
「おじいさんが100歳まで生きられて本当によかった。本人も満足していることと思います」 ・・・と。
*
一方、ある国では寝たきり老人の治療費は、家族がほぼ全額負担しなければなりませんでした。
ある寝たきり老人が肺炎になりました。
家族は医師に言いました。
「こんな状態で生きているのはかわいそう。何も治療はせず、早く楽にしてあげてください」
医師は家族の意向に従い、何も治療をしませんでした。
この国では寝たきり老人の治療をしなくても、家族から訴えられるということは絶対にありませんでした。
ほとんどの家族は治療を拒みました。そして口々に言いました。
「本人もこんな状態で生きていることを望んでいませんから。これでよかったんです」 ・・・と。
前者の「100歳を迎えたら100万円支給」というのは、私の住む近隣の自治体で本当にあった制度です。(現在は廃止されたかもしれません)
これらはかなり極端な例ですが、前者は現在までの日本式医療、後者はアメリカ式医療と言っていいでしょう。小説「天国へのビザ」の第二部「残像」で描いた世界は、後者の設定になっています。
命とオカネの関係は、実際こんなものです。
つづく
(今日はかなりブラックですが、厳しい突っ込みコメントは勘弁してくださいね)
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ずっと以前に外来で診ていたNさんに再会した。Nさんは他科へ入院してきたのであるが、混合病棟でNさんの名前を見つけた私はその病室を訪れた。
Nさんは末期癌でやせ細り、変わり果てた姿になっていた。今まで大きな病院で癌の治療を受けていたが、入院が長期になり、治療方法もないため、私の勤務する病院へ転院してきたのだった。この病院で死を迎えるために。
Nさんは病室を訪れた私の姿を見ると、大変喜んでくれた。
「先生はもうこの病院にはいらっしゃらないかと思っていました。またお会いできて嬉しい。本当に嬉しい」と何度も何度もおっしゃった。
Nさんは癌の告知をされていなかった。良性の腫瘍が見つかって、放射線治療を受けていたと私に話した。体調が悪く、食事が食べられないのは放射線の副作用だと思っているようだった。
私はNさんとしばらく会話をすると、「また覗きますね」と言って病室を出た。Nさんは「お願いします」と深々と頭を下げた。
翌日、再びNさんの病室を訪れた。Nさんは窓の方をむいてぐったりとしていて、とても辛そうに見えた。思わず私は
「Nさん、えらいの?(注:この地方の方言で「しんどい、辛い」という意味)」と聞いた。
Nさんは向こうを向いたまま、
「えらいに決まっとるやろ。そんなこと聞く方がどうかしとるわ」
とはき捨てるように言った。
私はNさんの態度の豹変ぶりに一瞬ぎょっとした。そして、少し傷ついた。
「ごめんね。胸の音を聞かせてくださいね。」
私はNさんに謝ると、向こうを向いたままのNさんに後ろから手を回して、Nさんの胸に聴診器を当てた。
Nさんはそっぽを向いたままで
「ふん、そんなもん当てて、分かるんかい」
と言った。
どうやら、Nさんは私を看護師と間違えているようだった。私はNさんに自分だということを悟られないように、そのまま黙って病室を出た。
別の日、私は再びNさんの病室を訪れた。Nさんは今度は正面を向いていて、私を見るなり
「ああ、先生。私はもうだめです」
と言った。
「えらいんやね」
「ええ、えらい・・」
Nさんは「もう私はだめだ、だめだ」と繰り返し言った。私はそれを聞いてあげることしかできなかった。
ずっと一人で生きてきたNさんは、今も病室で一人で病気と闘っている。
もう一人、思いがけない再会をした患者さんがいる。
Mさん。
Mさんも私の外来に通院していた患者さんだ。脳出血を起こし、救急車で高次救急病院へ運ばれ、手術を受け、状態が落ち着いたため私の病院へ移って来た。
Mさんは私の顔を識別できない。
もう二度と声を聞くこともない。
いつも一人で、ベッドの上にいる。置かれた姿勢そのままに、目をしっかり見開いて・・。
無力さを しみじみ感じ 夏は過ぐ ことり
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