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医師として、夏が来れば思い出すのは遥かな尾瀬、遠い空ではなく「熱中症」「溺水」である。
はからずも、先日、院内の患者さん向けの勉強会で、熱中症についての講義をした。「炎天下で車の中に小さなお子さんを置き去りにして死亡するというニュースが時々ありますが、これも熱中症の一種です」とお話した矢先に、信じられないような事件が起こった。保育園で園児が車の中に置き去りにされて亡くなったのだ。ご両親のお気持ちを考えると居たたまれない。あってはならないことである。
自分の経験では、16歳の熱中症の死亡例を診たことがある。もう10余年前のことだが、炎天下での部活の練習試合中のできごとだった。救急車で運ばれてきた少年の体温は42度。瞳孔はすでに大きく開き、意識はなかった。もがき苦しむように全身の痙攣を起こしていた。この時点で救命は無理と思われた。至急体温を下げるため、検査室のアルコールをビンごと持って来させてガーゼに浸し、手分けして少年の全身を必死で拭いた。
少年の意識は回復することなく、数日後に多臓器不全で亡くなった。少年の心拍が停止したとき、母親が少年の名を叫ぶと同時に失神した。非常に痛ましい光景であった。今も鮮明に脳裏に焼きついている。
ある病院で日曜日に当直していたときは、川で溺れた18歳の青年が救急車で運ばれてきた。この当時はまだ救命救急士による気管内挿管が認められていなかった。救急隊員はアンビューバックでの人工呼吸を青年に施しながら、川から30分以上かけて遠い道のりをやってきた。到着時、瞳孔は開き、意識はなかった。直ちに気管内挿管を行った。チューブからピンクの泡が噴き出た。肺水腫だ。連絡を受けて駆けつけた母親の号泣する声が、休日の静かな病院の廊下にこだました。忘れられない光景だ。
毎年、夏が来ると、熱中症や水難事故のニュースが後を絶たない。
元気な若者の命が突然にして失われるのである。残された家族の心情は筆舌しがたいものだ。防げるはずの事故が二度と起こらないことを、祈るばかりである。
2007年 夏 春野ことり
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