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天国へのビザ が増刷になったからと、浮かれている場合ではない。
すでに多くの医師ブロガーが怒りを表わしているが、とんでもない新聞記事を目にした。
8月31日付け 産経新聞論説である。
【主張】妊婦たらい回し また義務忘れた医師たち
締めくくりの文章はこうだ。
それにしても、痛みをこらえる患者をたらい回しにする行為は許されない。理由は「手術中」「ベッドがない」といろいろあるだろうが、患者を救うのが医師や病院の義務である。それを忘れてはならない。
日本の産科医療の現況を知らないのにも程がある。本当に呆れる。
この期に及んで、医師が怠慢で断ったかのような書き方である。
こんなにも新聞記者というのは世の中のことをわかっていないものなのか。開いた口がふさがらないとはこのことである。
奈良医大のホームページに、当日の産婦人科当直医師の勤務状況や救急隊とのやり取りについての調査結果が公表されている。これをよく見て欲しい。 (モトネタ 僻地の産科医先生)
当直医師たちは一睡もせずに処置や手術に追われ、翌朝からも引き続き通常通りの勤務に入るのである。当直の次の日は休みだと思っている一般人は多いようだが、これが医師にとっては日常なのである。
http://www.naramed-u.ac.jp/~gyne/2007.08.28.html
平成19年8月28日の当直日誌記録より
(産婦人科当直者 2名)
時間 対応内容
8月28日(火) 夕方から抜粋
19:06 妊娠36週 前回帝王切開の患者が出血のため来院、診察後に帰宅
19:45 妊娠32週 妊娠高血圧のため救急患者が搬送され入院、重症管理中
09:00~23:00 婦人科の癌の手術が終了したのが23:00、医師一人が術後の経過観察
23:30 妊娠高血圧患者が胎盤早期剥離となり緊急帝王切開にて手術室に入室
23:36~00:08 緊急帝王切開手術
00:32 手術から帰室、医師一人が術後の処置・経過観察をする。重症のためその対応に朝まで追われる。妊婦の対応にもその都度応援する。当直外の1名の医師も重症患者の処置にあたり2:30ごろ帰宅
8月29日(水)
02:54 妊娠39週 陣痛のため妊婦A入院、処置
02:55 救急隊から1回目の電話が入る(医大事務当直より連絡があり当直医一人が事務に返事) 「お産の診察中で後にしてほしい」、そのあと4時頃まで連絡なし
03:32 妊娠40週 破水のため妊婦B入院、処置 (これで産科病棟満床となる)
04:00 開業医から分娩後の大量出血の連絡があり、搬送依頼あるが部屋がないため他の病棟に交渉
04:00頃 この直後に救急隊から2回目の電話が入る 「今、当直医が急患を送る先生と話しをしているので後で電話してほしい」旨、医大事務が説明したところ電話が切れた
05:30(病棟へ) 分娩後の大量出血患者を病棟に収容 (産科満床のため他の病棟で入院・処置)
05:55 妊婦Aの出産に立ち会う。その後も分娩後出血した患者の対応に追われる
08:30 当直者1名は外来など通常業務につく、もう1名は代務先の病院で24時間勤務につく
引用ここまで
問題は医師の不足なのである。
決して医師が義務を忘れたのではない。
この論説を書いた記者はそれを理解した上で、奈良県の産科医に対して謝罪をして欲しい。
このようなでたらめな新聞記事は社会にとって悪以外の何でもない。なぜなら、このような記事が、今現在ぎりぎりの状況で、産科の現場を立ち去らずに日々診療を続けている医師の心を折り、更に産科医療を崩壊させ、結果として全国の妊婦を不安に陥れることになるからだ。
この状況が理解できないのであれば、新聞記者の職を辞することをお奨めする。それが世の中のためというものである。
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天国へのビザ は 9月中旬以降、第2刷発行予定です。しばらくお待ちください
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天国へのビザ
増刷決定いたしました!!
ただ今出版社で在庫が切れております。増刷に2週間ほど日にちがかかるようですので、ご了承くださいませ。
これまでご支援くださった読者の皆様、まことに有難うございます。心より厚くお礼申し上げます。
今後ともどうかよろしくお願いいたします。
最後に、増刷にご尽力いただいた東京図書出版の担当Gさん、心よりお礼申し上げます。
平成19年 8月30日 春野ことり
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大変残りわずかとなっている拙著 天国へのビザ ですが
この小説の中には製薬会社のMRも出てきます。
さて、MRさんがこの小説を読んだら、どんな感想を持つのだろうと気になっていましたが
ある製薬会社のMRさんから、正直な感想をいただきました。
MR 「実は僕、先生の本を読んでから、仕事に対する考えが変わりました」
私 (ギクッ)「え、ど、どんな風に?」
MR 「僕の仕事っていったい何だろうって考えるようになったんです」
私 「そ、そうなの・・」(汗)
MR 「僕、今まで会社に洗脳されていました! 自社の薬が一番よい薬だから、それを先生方に広めて使ってもらうことが世の中のためだと思い込まされていたんです。
でも、必ずしもそうじゃないですよね。本当はうちの薬じゃなくて他社の薬の方が患者さんのためになる場合だってあるんです。
それに気づかせてもらいました」
私 「そ、そう。そう言っていただけると嬉しいわ・・」
MR 「この前もほかの病院で、嫌気性菌が出ている患者にうちの○○○(商品名)を使おうと思っているって先生から言われたんですけど、○○○は嫌気性菌には効かないんで、他社の△△△系をお奨めしたんです。以前の僕は、何が何でもうちの製品を使ってもらって成績を上げようとしていました。でも、それって、違うんですよね。先生の本を読んだおかげで、世の中のためになりたいって思うようになりました」
私 「まあ!!」
MR 「おかげで営業成績はめっきり落ちました!!」
私 「う・・・・・・」
MR 「でも、これでいいんです!!その先生からも正直に教えてくれてありがとうって大変感謝されました。先生が僕の目を開かせてくれたんです。読んでよかったです!」
こんなことを言われると大変嬉しいのですが、成績落ちちゃったですか・・・・(汗×3) なんと言ってよいのやら・・・
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なかなか更新できずに、間が空いてしまいましたが、前回のつづきです。
タッキー主演のドラマ 『君がくれた夏』 が、たまたまHDDに録画されていたので、早送りにして見てみました。
主治医が親役のタッキーと妻に、子供の肺腫瘍の試験的切除の報告をします。わが子が10万人に1人の治療困難な小児がんであることを宣告されたタッキー、
主治医は相手の神経を逆なでするような事もなく、言葉を慎重に選びながら説明をしている印象でしたが、
主治医が、手術の際、腫瘍が肋骨に浸潤していたので肋骨を3本切除したことを言うと、
タッキー「何だとお?肋骨をとったあ?なんで勝手に取るんだよー!おかしいじゃねーか!」
主治医 「肋骨まで浸潤していたのです。それぐらいひどいということなのです。」
タッキー 「しゅんじゅんって何だよ!ふざけんな!!」
妻 「つまり、肋骨まで取らないと死んじゃうってことですか」
主治医 「はい」
タッキー 「何がはいだよ!!」 主治医のむなぐらをつかんで
「10万人に1人だかなんだか知らねえが、治すのがお前らの仕事だろう!! 何とかしろー!!」
と凄みます。
普通の医師なら、こんなことをされるとビビッてしまいます。
しかし、そこで医師はひるむことなく、タッキーに
「お父さん、お気持ちはよくわかりますが、治療にはご家族の協力が必要です。これから長いつきあいになります。」
と穏やかに言っていました。
その数日後、廊下で主治医とタッキーがすれ違います。
タッキーが
「あのー、あのときは・・・」
と主治医に謝ろうとしました。
しかし主治医は、タッキーの言葉をさえぎり、謝らせませんでした!
(いいんですよ。お気持ちはよくわかりますから)みたいな感じで。(こういうセリフはありませんでしたが)
そこまで人間の出来ていない私は、なぜ謝らせないの?と思いました。
確かに、子供が小児がんになって助かる見込みがないとなれば、非常に気の毒です。しかし、だからといって何をしてもいいというわけではないと思います。
このドラマの脚本家は暗に
患者はとても辛くて弱い立場にあるのだから、医師はその横暴を許すべきだ
と言っているように思えます。
失礼ですが、この脚本家の方は、現在の医療が置かれている状況に関して、まったく無知、無頓着といえるのではないでしょうか。
このようなドラマを見て小児科を志そうと思う若者はどれくらいいるでしょう。「ああ、やっぱり小児科って大変だ。こんな風にイチイチ患者の親から怒鳴られたり、ムナグラつかまれたりするなんて。やっぱりやめよう」 と思う人のほうが多いはずです。
医師が少ないため日々多忙な業務をこなし、自らも過労死の危険にさらされながら、何も落ち度がないのに患児の家族から怒鳴られるなんて仕事・・・よほどの超人的な体力と精神力を持つ聖人君子にしか出来ません。
その聖人君子は、弱者から怒鳴られても許すべきだって・・・?
とほほ。医師への思いやりがなさすぎる世の中。
患者の横暴がはびこる今の日本、医師がモチベーションを保つのが本当に難しいのです。
そこのところ、テレビ局もよく理解してほしいものです。
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ワンテンポ遅くて強縮ですが、8月19日、読売新聞にこんな記事が載りました。
横暴患者に大学病院苦悩、昨年は暴力430件暴言990件
全国の大学病院で、昨年1年間に医師、看護師が患者や家族から暴力を受けたケースは、少なくとも約430件あることが、読売新聞の調査で明らかになった。理不尽なクレームや暴言も約990件確認された。(以下 略)
というものですが、私の実感としては、たったこれだけ?と思います。おそらく氷山の一角でしょう。
私は暴力は受けたことはありませんが、暴言はよくあります。看護師にとっては日常茶飯事のようです。
ところで、8月18日には24時間テレビで 君がくれた夏 という、小児がんと闘う子供と両親の姿を描いたドラマが放映されました。
その予告編をたまたま目にした私、大変びっくりしました。
父親役のタッキーこと、滝沢秀明が、息子の病名を告げる医師の首根っこを掴み、「治すのがお前らの仕事だろう、医者ならなんとかしろー」とどなりつけているシーンがあったのです。
これこそ、患者家族の暴力・暴言に他ならないのですが、日本テレビはどういうつもりでこういうドラマを作っているのでしょうか?
これを見た一般人は、ああ、こういう時は医者に殴りかかってもいいんだな。だって、タッキーがやってるんだから。と思ってしまう可能性があります。特に、このドラマを見ている子供への影響は大きいでしょう。これを見た子供たちが大人になって病院にかかった時、潜在意識に刷り込まれたタッキーの姿が甦り、実行されてしまう可能性があります。
テレビの力って恐ろしいんです。
以前にも、世の中をよくするも悪くするもテレビ次第と書きました。
そこのところ、テレビ局の人にはよーく考えて番組を作ってほしいです。同意していただける方↓クリックお願いします。
以下、当ブログでのテレビ関連記事です。
http://blog.m3.com/Visa/20070525/2
http://blog.m3.com/Visa/20070528/2
http://blog.m3.com/Visa/20070530/1
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元NHKテレビディレクターの志村建世さんから、拙ブログのエントリー、「命とオカネの関係」に関してトラックバックをいただきました。↓
http://pub.ne.jp/shimura/?entry_id=874903
「医者の仕事は何だろう」というタイトルにはっとさせられました。
以下、志村さんへのお返事です。せっかくなので、エントリー立てさせていただきます。
拙ブログを大きく取り上げていただき、ありがとうございます。
「医者の仕事は何だろう」
実は私も日々の診療の中で時々わからなくなります。
「医療の目的は生存中の人間の病苦を救うことである」
その通りだと思います。しかし、毎日の診療の中で、きれいごとでは済まされない様々な事に突き当たります。
拙ブログの「命とオカネの関係」の内容は一般の方にはいささか過激であったと思います。しかし、本人の意志と関係なく、財政的理由により延命の決定が行われることはよくあることです。
延命に関しては、本人の意志が最も重要な筈ですが、多くの日本人はそのような意志を生前に明らかにしていません。認知症で判断力がなくなってからでは、あるいは脳卒中で意志の疎通が行えなくなってからでは遅いのです。元気なうちに、「自分がどう死にたいのか」を家族にはっきりと表明しておかなければいけません。
たとえば、最近、施設や病院で老人が食べ物を喉に詰まらせ亡くなると、民事訴訟を起こされます。しかし、これは施設や病院の責任でしょうか?人間は歳を取ると、嚥下能力が劣り、物が食べられなくなります。どんなに介護者が気をつけていても、食べ物が気道に入り、窒息することはあります。これは自然の摂理であって、食事を食べさせた人間の責任ではありません。しかし、それを理解しない人が増えたため、窒息を医療側の責任とし、賠償金を請求し、医療者が支払いを言い渡される判例をよく目にするようになりました。もちろん、このような訴訟を起こすのはごく一部の人です。しかし、こういう判例がある以上、医師は対応策を取らなければなりません。嚥下能力の劣った老人に食事をさせないこと。胃に直接管を通して、そこから流動食を流し込む。そうすれば、誤嚥や窒息の危険性はかなり軽減できます。老人は「食べる」という生きる上で大変重要な「楽しみ」を奪われます。それでも生きなければならないのです。本人にしたら本当に辛いでしょう。悲しいことですが、今の老人医療は本人のためのものではないのです。
医療の目的は「人を死なせないこと」ではなく、「人を苦痛のない状態で生きられるようにすること」だと思います。でも、末期状態の患者の人工呼吸器を外して「殺人」と糾弾される現在の日本、そのような医療を実現できる医師はどのくらいいるのでしょうか。
小松秀樹先生の言葉を拝借すると「日本人は死生観を失った」のです。遺族側が、死を受容できないことが様々な紛争をこじらせています。今の日本人にとって大切なのは、「死を受け入れること」です。それができなければ、ますます医療崩壊は進むことでしょう。
参考図書 医療の限界 小松秀樹 著
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研修医1年目の時代を共にした医局の同期から、天国へのビザ の感想の電話をもらった。年間250~300冊の小説を読むという彼(すごっ)
「おもしろかった。文章表現はプロの書いた小説に比べたら洗練されてはいないが、内容がいい。
第2作は描くのか」
今のところ頭にないと答えると、いきなり
「描けよ!」
は・・?
「お前が医者をしていて矛盾に思うことはこの程度じゃないだろう!もっと描け!」
ひ・・・
「いや、こんな才能をここで終わらせたらもったいない。磨けばもっといいモノが描けるぞ」
ふ・・・
「ところでもうひとつ気になることがあるが」
へ・・・
「旦那とうまくいってないのか?」
ほ・・・!?
いや、だって、あれはフィクションであって、主人公の家庭が円満だったら小説として面白くないので・・・
「そうか。だったらいいが」
いやー、辛い時代を共にすごした同期とはありがたいものですな。夫婦仲まで心配してくれて・・・
続きが読みたいとはよく言われますが、
「矛盾に感じるのはこの程度じゃないはずだ」と言われたのは初めてで、夫婦仲を心配されたのも初めてで新鮮だったので記事にしてみました。
ところでこちら↓ 天国へのビザの音声紹介をいただいています。
医療ポッドキャスティング ご興味のある方は是非聞いてみてください。
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ある国の、ある自治体には、100歳の誕生日を迎えるとお祝い金として100万円が支給されるという制度がありました。
その自治体に住民票を持つ、99歳の寝たきり老人が、ある病院に入院していました。
その老人は100歳を目前に、肺炎になりました。
家族は、「100歳になるまでは、なんとしてでも生かせて欲しい」と医師に言いました。
医師は家族の希望に沿い、できる限りの治療をしました。
高い薬を使い、人工呼吸器をつけ、1ヶ月の医療費は100万円を超えました。
そうして、老人は人工呼吸器をつけられ、意識のない状態で100歳を迎えました。
家族は100万円を手にしました。
家族の医療費の負担は数万円でした。
家族は言いました。
「おじいさんが100歳まで生きられて本当によかった。本人も満足していることと思います」 ・・・と。
*
一方、ある国では寝たきり老人の治療費は、家族がほぼ全額負担しなければなりませんでした。
ある寝たきり老人が肺炎になりました。
家族は医師に言いました。
「こんな状態で生きているのはかわいそう。何も治療はせず、早く楽にしてあげてください」
医師は家族の意向に従い、何も治療をしませんでした。
この国では寝たきり老人の治療をしなくても、家族から訴えられるということは絶対にありませんでした。
ほとんどの家族は治療を拒みました。そして口々に言いました。
「本人もこんな状態で生きていることを望んでいませんから。これでよかったんです」 ・・・と。
前者の「100歳を迎えたら100万円支給」というのは、私の住む近隣の自治体で本当にあった制度です。(現在は廃止されたかもしれません)
これらはかなり極端な例ですが、前者は現在までの日本式医療、後者はアメリカ式医療と言っていいでしょう。小説「天国へのビザ」の第二部「残像」で描いた世界は、後者の設定になっています。
命とオカネの関係は、実際こんなものです。
つづく
(今日はかなりブラックですが、厳しい突っ込みコメントは勘弁してくださいね)
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ずっと以前に外来で診ていたNさんに再会した。Nさんは他科へ入院してきたのであるが、混合病棟でNさんの名前を見つけた私はその病室を訪れた。
Nさんは末期癌でやせ細り、変わり果てた姿になっていた。今まで大きな病院で癌の治療を受けていたが、入院が長期になり、治療方法もないため、私の勤務する病院へ転院してきたのだった。この病院で死を迎えるために。
Nさんは病室を訪れた私の姿を見ると、大変喜んでくれた。
「先生はもうこの病院にはいらっしゃらないかと思っていました。またお会いできて嬉しい。本当に嬉しい」と何度も何度もおっしゃった。
Nさんは癌の告知をされていなかった。良性の腫瘍が見つかって、放射線治療を受けていたと私に話した。体調が悪く、食事が食べられないのは放射線の副作用だと思っているようだった。
私はNさんとしばらく会話をすると、「また覗きますね」と言って病室を出た。Nさんは「お願いします」と深々と頭を下げた。
翌日、再びNさんの病室を訪れた。Nさんは窓の方をむいてぐったりとしていて、とても辛そうに見えた。思わず私は
「Nさん、えらいの?(注:この地方の方言で「しんどい、辛い」という意味)」と聞いた。
Nさんは向こうを向いたまま、
「えらいに決まっとるやろ。そんなこと聞く方がどうかしとるわ」
とはき捨てるように言った。
私はNさんの態度の豹変ぶりに一瞬ぎょっとした。そして、少し傷ついた。
「ごめんね。胸の音を聞かせてくださいね。」
私はNさんに謝ると、向こうを向いたままのNさんに後ろから手を回して、Nさんの胸に聴診器を当てた。
Nさんはそっぽを向いたままで
「ふん、そんなもん当てて、分かるんかい」
と言った。
どうやら、Nさんは私を看護師と間違えているようだった。私はNさんに自分だということを悟られないように、そのまま黙って病室を出た。
別の日、私は再びNさんの病室を訪れた。Nさんは今度は正面を向いていて、私を見るなり
「ああ、先生。私はもうだめです」
と言った。
「えらいんやね」
「ええ、えらい・・」
Nさんは「もう私はだめだ、だめだ」と繰り返し言った。私はそれを聞いてあげることしかできなかった。
ずっと一人で生きてきたNさんは、今も病室で一人で病気と闘っている。
もう一人、思いがけない再会をした患者さんがいる。
Mさん。
Mさんも私の外来に通院していた患者さんだ。脳出血を起こし、救急車で高次救急病院へ運ばれ、手術を受け、状態が落ち着いたため私の病院へ移って来た。
Mさんは私の顔を識別できない。
もう二度と声を聞くこともない。
いつも一人で、ベッドの上にいる。置かれた姿勢そのままに、目をしっかり見開いて・・。
無力さを しみじみ感じ 夏は過ぐ ことり
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明日、私の命はありますか?
明日、自分が生きているという確証はない。
明日、大地震が起きるかも知れない。
火事で焼死するかもしれない。
交通事故で即死かも知れない。
致死性不整脈で死ぬかもしれない。
通り魔に刺されるかもしれない。
または、診察中に患者に刺される事だって、ありうる。
明日自分の身に何が起こるかなんて、誰も知らない。
前回の記事を書いていて、ふと思った。
民香さんは亡くなる前日、明日に自分の命がなくなるなんて、夢にも思わなかっただろう。
彼女の血のつながった子供たちも共に亡くなった。
「民香が生存したという証を残したい」とご両親は仰ったそうだ。
民香さんが日頃何を考えて生きていたのかは、周囲の人の証言から推察するしかない。
たとえ日記を記していても、家が焼けてしまったのでは日記も残らない。
それを考えると、ブログというのは大変便利なツールである。
たとえ家が燃え尽きてしまっても、ブログは残る。
自分がこの世に確かに存在したという証を世界に残すことができる。
さあ、あなたもブログをはじめてみませんか
えっ?もうやってる?余計なお世話って?
失礼しました。
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