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私が小説を描いた理由
それは、描かずにいられなかったから
天国へのビザは2部作です。第1部は医師を主人公として、自分の経験を元に創作をかなり交えてできあがりました。第2部は患者の家族の視点で、設定を近未来とし医療制度を現在と違う物にして描いてみました。
私の両親は健在ですので、自分はまだ肉親の看取りを経験していません。ですから第2部は最初から最後まで全くの想像の産物なのですが、主人公のモデルとなった人物は複数人います。
由美子さん(仮名)のお母さんは植物状態でした。由美子さんはお母さんにいつも付き添い、賢明に介護をしていました。由美子さんとお母さん、親一人、子一人の家族でした。由美子さんはお母さんの介護に専念するために、仕事を辞めました。由美子さんはまだ若かったのですが、結婚もせず、毎日毎日、お母さんの介護のために生きていました。
お母さんは意思表示ができません。でも、意思とは関係なく、顔の表情が笑ったように見えたり、不機嫌そうに見えたりします。由美子さんはそんなおかあさんの表情の変化を毎日観察し、やっぱりお母さんは意思がちゃんとあるんだ、と信じているようでした。
ある時、お母さんが重症の肺炎になりました。由美子さんは「できる限りの治療をしてどうか母の命を助けてください」と半狂乱になって懇願されました。お母さんには人工呼吸器がつけられ、保険診療で使えるせいいっぱい高価な薬剤が投与されました。数週間の闘いの後、人工呼吸器から離れることができ、お母さんは医学の力によって再び死の淵から甦りました。由美子さんは、元通り、少し笑ったり、怒ったりする表情のできるお母さんの姿に大変満足され、二人はまた違う病院へ移っていかれました。
この娘さんのお母さんを想う気持ちは、大変美しいものです。すばらしい親子愛と感じました。
でも、私は、お母さんはどう思っているのだろう、と考えました。お母さんは由美子さんが仕事を辞めて、結婚もせずに、自分の介護のためにすべてを捧げて生きることを望んでいるでしょうか。
自分がお母さんだったら、娘にそんなことはしないで欲しいと思います。私のことはいいから、自分の人生を生きなさい。そう思うでしょう。もしも、元気なときのお母さんが自分と娘の未来のこんな姿を見たら、どう感じるのでしょう。由美子さんは第2部、「残像」の主人公のモデルの一人となりました。
心が優しいから、真面目だから、お母さんのことをとても愛しているからこそ、生まれる悲劇だと思います。お母さんが意思表示をきちんとできる間に、自分がどんな最期を迎えたいかという事をきちんと示しておけば、由美子さんの人生もまた違う物になったのではないかと思います。
由美子さんはほんの一例にすぎません。このようなご家族の姿を見ていて、「残像」ができあがりました。描かずにはいられませんでした。
しかし、偉そうなことを分かったように書いている自分自身も、実際に親の最期を看取る時になったらどのように思うのかは分かりません。だから、自分の親にはLiving Will(不治の疾患などの際に、尊厳死を希望し、延命のみの治療を拒否する旨を表明した文書)を残して欲しいと思います。親自身のために、そして何より、残される私が苦しまないために。
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コメント
コメント一覧
いつもありがとうございます。 春野ことり
私が、最近、人の死ついて考えるようになったのは、先生もおわかりかもしれませんが、ある人が、夢も希望もなく、ただ死ぬ準備をするだけって言った言葉をきっかけに、すべての人が安らかに眠ることができたらいいなと思ったからでした。安らかにとは、どうしたらって考えてみると、やはり身近では、両親の死が先だとすれば、いずれ死を迎えるのもわかっていることだから、Living Willを知っておくことは、看取るもの、看取られるものもお互いに後悔しなくて済むことだと強く思いました。 Living Willによって、迷わず、ためらうことなく看取ることができるなら、看取るものにとっては、一生心残りをせずにすむと思います。 E
~Eさんコメントありがとうございます~
>Living Willを知っておくことは、看取るもの、看取られるものもお互いに後悔しなくて済むことだと
そうなのです。私が言いたいことはこれなのですよ。
本人がはっきり意思表示しておいてくれない場合、家族には延命を打ち切ることが罪悪のように感じて、延命中止できないことが多いのです。家族に決定を委ねるというのは酷なことなのです。後々も、あれでよかったのか、どうすればよかったのかと、家族を悩ませることになります。きちんと話し合いが行われていたり、書類として残したものがあれば、家族はどんなに楽か・・・ということが言いたかったのです。ご理解いただけて、とても嬉しいです。 春野ことり
母の時はお正月だったせいも有り家族葬でしたが、もっと簡単なのでいいねと言っています、余り知らない人に送られても嬉しくないしね、この辺も法律とかしきたりに縛られている。
~たぬくまぞうさん、コメントありがとうございます~
そうですか。たぬくまぞうさんのお宅では、延命の話よりも一歩先へ進んでいるのですね。お葬式について、本人がどんな式を望んでいるか、話し合うことは大切なことですね。 春野ことり
由美子さん(仮名)のお話は、小説よりも生々しいですね。
小説「残像」で描かれている世界は美しく、その美しい世界が長く続いて欲しいという気持ちになり、治療中止の是非についてことり先生とは違った考えを述べさせていただいたのですが、きれいごとだけじゃない現実を直視すると、Living willのような線引きが必要に思えますね。
~rinzaru先生コメントありがとうございました~
医療が進歩した今、人間は簡単に死ねなくなってしまいました。それがかえって不幸を招いていると思います。由美子さんのような例を見ていると、辛くなります。現実のお話の方が、小説よりも生々しいですね。 春野ことり
~そうですか。ところで射水の真相ってどうなんですか?情報不足でして。 春野ことり
~特集見てみました。まだ続くようですね。近いうちに取り上げてみたいと思います。
>m3で尊厳死といえば、何といっても先生が第一人者ですから・・・
そ、そんな~。第一人者なんて・・・おこがましくて、とても 春野ことり
~Eさん、いつも心優しいコメントありがとうございます~
迷惑だなんて、とんでもありません。尊厳死については人それぞれ考え方が違っていて当然ですよね。私は自分の考えを人に押し付けるつもりはありません。ただ、この由美子さんのような例は大変視野が狭くなっていると感じます。もっと広い視野で色々な角度から人の生死について考えることができたら、由美子さん自身ももっと楽になるのではないかなと思います。よければまたコメントくださいね。 春野ことり
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