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ここのところテレビ報道をシリーズで批判してきた私ですが
今日は藤原紀香さんと陣内さんの披露宴のテレビ中継を見て感動してしまいました。
(と言っても、途中少しと最後の方を少し見ただけなのですが。)
陣内さんというお相手の方は今日初めて見ました。
格差婚と言われているそうです。(うーん、納得)
陣内さんが紀香さんに内緒で練習したピアノの弾き語りを初めて披露して、紀香さんが泣き、紀香さんがご両親への手紙を読み、みんなが泣き、
たとえこれがヤラセであったとしても
イイじゃん、イイじゃん!もう!
なんだか見ている方も幸せな気持ちになりました。
藤原紀香さんという人、外見も非常に美しいのですが、内面もしっかりしていて、とても素敵な方ですね。
このカップルには1,2年で破局なんてことにはなって欲しくないなあ、と思いました。
今日は幸せな気分でそのまま眠りにつきたいので、これでおしまい
どうか明日の朝になって「あの結婚は実はヤラセでした」なんてことありませんように (←疑い深いヤツだ)
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前回の記事にたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
せっかくなので記事にしちゃいます。
rinzaru先生からのコメント
ニュースとはそこにある事実を報道するのではなく、都合のいいように作られるのだということを、身をもって知っています。
私は学生時代、とある地方都市のテレビ局で報道カメラマンの助手のアルバイトをしていました。
助手といってもカメラを回すのではなく、三脚やビデオテープ、ライト、バッテリーなどを持ってカメラマンに付いて回る雑用係ですが。
そして当時その県では死者も多数出た火山の噴火があり、私も何度かその取材に同行していました。
火山の被害にあった地区は行政命令で立ち入り禁止となり、住民は仮説住宅での暮らしを余儀なくされていたのですが、噴火活動が沈静化に向かったある日、行政から日中のみの時間制限付きで立ち入り許可が出されました。
何ヶ月振りかで自宅に戻る住民の様子を取材しようとわれわれは出かけましたが、ディレクターの予想に反して地区には全く人が戻っていませんでした。火砕流や土石流をかぶった灰や泥まみれの家は到底住めない状態であり、またいつ突然噴火するかわからない不安もあって、立ち入り許可が出たからといって直ちに自宅を訪れる人はいなかったのです。
われわれは地区内を車でうろつきまわり、数時間後にやっと一人の男性が自宅玄関前にいるのを見つけました。男性は「家や家財道具がどうなってるのか見に来ただけ」「そりゃあ、自分の家に住みたいよね」みたいなことを言い、玄関に入っていく後ろ姿を撮影させてもらいました。
結局その時の取材ではその一人しか住民を見つけることができず、取材は終わりました。
そしてその日の夕方、全国版のニュース。
地区への立ち入り許可が出たというニュースのバックに被害にあった地区の映像が流れ、次に地区で見つけたただ一人の男性のインタビューが流れ、その後にその男性が自宅に入っていく姿が流れました。
そしてアナウンサーは言いました。
「住民たちは災害にもめげず、住み慣れた自宅に帰る準備を始めています」
このニュースを見ていた全国の人たちは、ああ、もうすぐみんな自宅に帰るんだなあ、という印象を持ったことでしょう。
そしてそれが真実ではないことを知っているのは、取材に行ったディレクターとカメラマンと私の3人、日本中でこの3人しかいないのです。
「立ち入り許可が出たからそれにふさわしいニュースにしたい」という思いから、ディレクターがニュースを作ったのです。
ニュースは事実ではありません。都合のいい内容に作られるのです。
大淀病院側も何か発言してくれ~~
沈黙してるとますます悪者になってしまうと心配してしまいます。
地方眼科医先生からのコメント
「やらせのないテレビなんてありえない」とは直木賞作家・故影山民夫氏の指摘です。影山氏は元々、放送作家をしていたのでテレビの裏側を知りうる立場にありました。先の指摘は、テレビの “やらせ” を問題視し題材として取り上げたアメリカ映画に対して、“何を今さら” といった意味を込めたコメントでした。
私は報道番組の街頭インタビューを見ていて常々、思っていることがあります。例えば、ある事象に対して98人が賛成意見を述べ、残りの2人が異を唱えたとしても、少数意見の2人のインタビューの様子を報道してしまえば、あたかも世論は反対意見が大勢を占めているかのような印象を与えることも可能であるということです。実際には、そもそも、街頭インタビューそのものが仕込まれたことであることが、最近、発覚したわけですが。
で、今はネットという便利なものがあります。ブログや掲示板で、間に介在するものがない多くの人々の見解を直接、うかがうことが出来ます。ただ、問題となるのは、多くの人々が、既にバイアスのかかった情報をマスメディアからもたらされていることがあるという点で、そこらあたり、どの意見が真実により近いかを見極めるには、己のセンスが問われるわけですが。
私は日頃から、子供たちに “テレビ・新聞・雑誌はウソを報じるものである” と教えています。ちょっと極端な教育かな・・・とも思いますが、盲目的にマスメディアの報道を受け入れてしまう人間になるよりは、ずっとましだと思っています。
街の声とはテレビの声
地方眼科医先生のコメントにもありますが、テレビの街頭インタビューに登場する人物はヤラセでなく本物だとしても、誰の意見を取り上げるかは局側の裁量になります。ここで局の「主観」が入るわけです。「街の声」が民意を表すと思ってはいけません。何度も何度も同じ人物の同じ解答を繰り返すニュース番組の作り方には辟易します。
討論番組のわな
討論番組も危険です。例えば討論番組で「夫婦別姓」を取り上げたとします。賛成・反対の双方の論者を出席させるという、一応両論並記のルールを守っていると見せても、問題は出席者の人選にあります。もし番組の製作者が別姓推進の方向で番組をリードしたければ、賛成側にはルックスが良く弁の立つ人物を呼びます。一方別姓反対の側は、知名度はあってもイメージがよくない人物や弁の立たない人物を演者に選びます。こういう人選を行うことで、表面上は公平な番組を装いながら偏向番組を作ることは簡単にできてしまいます。
賢明な視聴者になりましょう
ミチバ先生のブログメディアリテラシーとクリティカルシンキングによると
>メディアリテラシーは,「メディアが形作る「現実」を批判的(クリティカル)に読み取るとともに、メディアを使って表現していく能力」のことです。(岩波新書『メディア・リテラシー』菅谷明子著2000年8月18日)
>EUや北米では,小,中,高校でメディアリテラシーの教育がなされているようで,日本は遅れているみたいです.現状では、自己学習でこのメディアリテラシーを磨かないといけないことになっていると思います。
日本の義務教育でもメディアリテラシーについて教えて欲しいものです。そうしないと益々日本はダメになるでしょう。
前回のエントリーで紹介した「偏なテレビの直し方」という著書には偏向テレビの暴走を止めるためには、手間を惜しまずに一本の抗議電話、一本の投書をすることだと書いてあります。今はメールという便利な手段もあります。
まず行動。何もしなければ、テレビの偏向を黙認することになるのだ。
と、著者が熱く語りかけたのは十年前のこと。十年たっても、未だ何も変わっていませんね・・・
変わっていないどころか、あるある大辞典などのねつ造番組も出て、益々暴走に拍車をかけています。
日本をよくするも悪くするもテレビ次第、、、言い過ぎではないと思います。
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手元に偏なテレビの直し方という本があります。
この本、副題に「日本をダメにした久米宏と筑紫哲也」とあります。10年前に出版された本ですが、偏向テレビ報道をめった斬りにしています。
先日、大淀病院提訴のニュースを見てこの本を思い出しました。以下、引用です。
映像はウソをつかないか
例えば、デモ隊とそれを取り締まる機動隊が衝突した時、カメラの位置がどちら側にあるかで与える印象は180度違うものになる。デモ隊側から撮れば正面に機動隊だけが映る。彼らのまさに戦闘に臨む鬼のような形相だけがブラウン管に登場すれば、視聴者は「無抵抗の市民に国家権力が牙をむいて襲いかかっている」と感じてしまうだろう。
勿論その逆もある。機動隊側だけから撮れば、今度はデモ隊が正面に映る。テレビの視聴者は無法な暴徒が乱暴狼藉の限りを尽くしているとみる。機動隊側から撮ればデモ隊は無法の集団と映り、デモ隊から撮れば、恐ろしい権力側の力の行使となる。
いずれもヤラセでも何でもなくまったくの事実でありながら、カメラの位置次第で、テレビの視聴者には正反対の効果を与えてしまうのである。
ではカメラのアングルが一定だったとしたらどうだろう?
固定されているカメラの前で、デモ隊と機動隊が乱闘になったと仮定する。その一部始終を完全に放映すれば別だが、ほとんどの場合そうはならない。何故ならそこに編集作業が行われるからである。一本のテープを放送時間に合わせ、カットし放送作品とするこの作業の中にある種の主観が入る余地が出る。
ひとつの映像の中には、デモ隊が暴れまくり、機動隊が堪忍袋の緒が切れて取り締まるという状況があるかもしれない。
このケースではデモ隊が暴力的な行動に出たという原因があって、結果として機動隊が取り締まったという因果関係である。
ところがこの場合、前半部つまり原因の部分をカットして放映すれば、視聴者はどう感じるだろう。
テープのカットの仕方次第では、逃げまどうデモ隊を機動隊が力づくで押さえ暴行を加えているというシーンを放映することが可能となる。視聴者は前半の部分、つまりデモ隊の暴力行為を見ていないわけだし、もしデモ隊が武器を捨て去って逃げていれば、無抵抗で素手の市民を国家権力が踏みにじっているというように理解するだろう。そして当然の事ながら視聴者の同情はデモ隊に寄せられ、機動隊、ひいては国家に批判が寄せられるだろう。
これは極端な例かもしれない。しかし映像には、本来この種の危うさがつきまとう。(引用終わり)
*
テレビの医療訴訟報道のやり方は、この最たる例だと思います。亡くなった患者さんの映像を映し、遺影の前で嘆き悲しむ遺族を映す。そして「二度とこんなことが起こらないようにして欲しい」とか、「医師に命の大切さを認識して欲しい」だとか・・・。(怒)
そうして視聴者は「医者は悪者」という 認識を知らず知らずのうちに植えつけられます。医療機関を受診したときには何か自分に不都合なことが起こると「これは医療ミスではないのか」、「きっとあの薬のせいでこうなったんだ。医療ミスだ。医者なんて信用できない」と思わせるようになります。
視聴率1%は百万人です。
社会への影響において、テレビの力は新聞の比ではありません。一番売れている読売新聞で発行部数が1千万強だから、テレビの視聴率に置き換えれば10%に過ぎません。産経新聞の発行部数は約2百万だから、視聴率に置き換えればたったの2%です。
あのフジテレビの「カスペ!サイテー最悪病院にダマされないぞSP」 は視聴率14.7%
だったそうです。147万人の人が見ていたことになります。
↓以下は過去に私がこのテレビ番組を見た感想を記事にしたものです。おかげさまで推薦数を140以上頂きました。
http://blog.m3.com/Visa/20061212/1
仮に、テレビ局が悪意を持って毎日毎日こういう番組や上記のような報道を行ったら・・・
怖いですねえw
次号へつづく
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先日、奈良大淀病院の妊婦死亡事例で夫と長男が民事訴訟を提起したことをテレビのニュースで見ました。
その報道を見ていた私は、違和感を通り越して嫌悪感さえ抱きました。
どのような報道であったかは、↓こちらの座位先生のブログを見ていただくと詳細が書いてあります
http://zainomusou.blogspot.com/2007/05/blog-post_24.html
高崎さんの奥さんが亡くなられた事は本当にお気の毒です。小さな赤ちゃんを残され、父親だけで育てていかなければならない。赤ちゃんはお母さんに一度も抱かれることもなかった。それはそれはとても無念でしょう。
でも、それを医師の責任にするのは間違っています。
「真実が知りたいから提訴した」
と言っていらっしゃいますが、医師にも分からないことはあるのですよ。医師は神様じゃありませんから。人間の体の中で起こっていること、または起こったことを完璧に説明しろと言われても無理なんです。
テレビ局のやり方はいつもこうですね。
生前のビデオや写真を放映し、視聴者の同情を買い、いかにも「医者が殺した」みたいな感覚を視聴者に植えつける。
以前見たニュースですが、腸閉塞の診断が遅れて子供さんが亡くなり提訴したというテレビ報道。お子さんの写真の前で遺族が泣きながら 「お医者さんたちは命の大切さをもっと認識して欲しい!亡くなったらこんなに悲しむ家族がいることを分かって欲しい」と言っている映像を垂れ流していました。(あのー・・・医者が命の大切さを認識していないからその子は亡くなったのでしょうか。病気になったから亡くなったんですよね。)
で、このケースがどういう判決になったかということは、報道しないんですよね。
以前、割り箸事件というものがありました。http://erjapan.ddo.jp/details.html
私は子供に割り箸を持ったまま外を走らせていた親が悪いと思ったのですが、テレビは嘆き悲しみながら医師を非難する遺族の映像ばかりをお茶の間に垂れ流していました。この報道には全国の医師が嫌悪感を抱いたのではないでしょうか。この裁判、一審は無罪となりました。これで有罪になっていたら、医療崩壊はもっと早く進んでいたでしょう。
テレビの影響というものは本当に恐ろしいです。世論を形成する力は新聞よりも大きいのです。そのあたりをテレビ製作に携わる方たちがどの程度認識しているのか、常々疑問に思っています。
これに関しては後日続きを書きたいと思います。
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また終末期の人工呼吸器外しで医師書類送検のニュース
和歌山県立医大付属病院分院での人工呼吸器外しは昨年の2月に行われたようです。
射水市民病院での人工呼吸器外しが発覚したのは昨年の3月。その報道を見て病院側が、、「医療現場だけで判断できない。司法の判断を仰ぎたい」として同月28日、県警に届け出た、、
とありますが、なぜ今頃になって報道するのでしょうか。その辺りがよくわからないのですが。
↓murajun先生が「僕がその先生だったら・・」という仮定で面白い意見を述べていらっしゃいます。
やはり誰かがここまでしないと前に進まないのでしょうか。
勇気のある方はぜひやってみてください。
ところで、平成3年の東海大学安楽死事件(多発性骨髄腫の患者に家族の要望でカリウム製剤を静脈注射し死亡させた事件)を起こした医師は今どうしているのかという記事を、美容院かどこかにあった女性週刊誌で目にしました。それには、今は開業医として地域の患者さんたちから「大変いい先生」と慕われていると書いてありました。
asahi.comより
2007年05月22日
和歌山県立医大付属病院紀北分院(和歌山県かつらぎ町)で、脳死状態に陥った女性患者(当時88)の人工呼吸器を外して死亡させたとして、同県警が今年1月、50代の男性医師を殺人容疑で和歌山地検に書類送検していたことがわかった。病院側は女性の家族が延命治療の中止を希望したとして、「犯罪性があるとは考えていない」としている。
病院側によると、女性は06年2月27日、脳出血で同分院に救急搬送され、脳血腫を除去する手術を受けたが、出血が止まらず、28日午前4時前に呼吸が停止。主治医の男性医師が人工呼吸器を装着したが、同日午後5時ごろ、脳死状態と判断された。
約3時間後、家族から「最期のお別れができたので、これ以上は忍びない。延命措置はしないでほしい」と医師に依頼があった。一度は断ったが、再度要望を受けたため、個人の判断で「自発呼吸ができるかテストする」として呼吸器を外し、間もなく女性は死亡したという。
院内に医師の行為を問題視する意見が出たため、同医大は同年3月に調査委員会を設置。医師の行為は違法ではないとの結論を出したが、当時、富山県の射水(いみず)市民病院の患者7人が人工呼吸器を外されて死亡し、社会的な問題となっていたため、「医療現場だけで判断できない。司法の判断を仰ぎたい」として同月28日、県警に届け出た。県警は「呼吸器を外したことで死期が早まった」として、書類送検したという。
紀北分院の飯塚忠史・分院長代行は22日の記者会見で、「延命措置を打ち切ったのは家族の希望によるもので、犯罪性や過誤があるとは思っていない」と述べた。
人工呼吸器の取り外しをめぐっては、北海道立羽幌(はぼろ)病院で無呼吸状態になった患者の呼吸器を外して死亡させたとして、女性医師が05年5月に殺人容疑で書類送検され、嫌疑不十分で不起訴となった。射水市民病院のケースでは、富山県警が呼吸器取り外しと死亡との間に因果関係があるとみて捜査している。
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最近、個人的なことで大変感動することがあった。天国へのビザを30冊個人で買って図書館や学校に寄付したいという方が現れたのだ。
その方は私の知り合いでも何でもない。お顔も存じ上げない方だ。この方がどこでどうやって拙著を手にされたのか、私は知らない。初めて見ず知らずのこの方から出版社宛てにお手紙を頂いたのは、このブログを始める前のことだ。何度か書簡のやりとりを行う中で、今回のお申し出を頂いた。驚きと感謝の気持ちでいっぱいである。
彼女からの手紙にはこうあった。
「私はもう○歳。心身の衰えを感じるようになりました。先日、骨髄バンクのドナー登録をしようとしたところ、輸血したことがあるからと断られました。献血もできません。人の役に立てないということは情けないものです。
私も次の世代の人たちに何かを残したいと思います。少しのお金で出来る事なので、どうか協力させてください。」
「天国へのビザ」が図書館や学校に配る価値がある物なのかどうか、私にはわからないのだが、このような方がいらっしゃるのは大変有り難いと思う。何か人のために、社会のためにできることはないかと考えることは素晴らしいことである。自分のことしか考えない人が増えている日本では特に際立つ、奇特な心を持った方だと感じた。別に私の本を買ってくれるからではなく、人のために役に立ちたいと思う心が素晴らしいと言っているのである。
最近、他の医師たちのブログやそれに寄せられるコメントを読んでがっかりすることが多くなってきたのだが、こういう奇特な心に触れて、何か救われたような気がした。
話は変わるが、今日、仕事を終えて子供達の待つ実家へ行くと、母がテレビの前で怒っていた。何を怒っていたのかというと、若き警官が殉職した愛知県長久手町の籠城事件で、犯人が出てきた時にそれを迎えた警察官が「出てきてくれてありがとう」と言ったのだそうだ。それを聞いた母が「人を殺した犯人に向かってありがとうとは何事だ!」と怒っていたのである。
仲間の警察官を1人殺し、1人半身不随にした犯人。周辺住民を恐怖に陥れ、生活を麻痺させ、社会に多大な迷惑をかけた犯人に対し、「ありがとう」という言葉はたしかに相応しくないが、この警官は「お願いだから出てきてくれ。お願いだからこれ以上被害を出さないでくれ」と心の中で願い続けて職務に当たっていたのだろう。だから犯人が出てきてくれて本当に有り難かったのだろう。
「罪を憎んで人を憎まず」
すごい言葉だと子供のときから思っていた。自分が被害者だったら、犯人が憎い。罪とそれを犯した人を切り離して考えることはできないだろう。被害が大きければ大きいほど。
犯人に「ありがとう」と言った警察官は奇特な心の持ち主なのだろう。
しかし、これを聞いて母のように怒る人間もいるのである。奇特な心を持ち合わせない人間にはとても理解できないことのようだ。
最近のドクターコールの話題。医師の反応は様々だ。「絶対に応じない」「寝たふりをする」「白衣を着ていないときは医者じゃない」などという意見もあった。
自分なりの根拠を持ってそう言っているのであれば、それはそれでいいだろう。
しかし、自分が道路を歩いていて引ったくりに遭った時、近くに非番の警察官が歩いていてそれを見ていたとしよう。「自分は今日は非番だから」と見て見ぬ振りをし、犯人を追いかけようとしなかったらどうだろうか。「白衣を着ていないときは医者じゃない」と言う人にその警察官を責めることはできないだろう。悪いのは日頃から犯人を追う訓練を受けてその能力を持ち合わせながら見て見ぬ振りをした警察官ではなくて、ひったくりを行った犯人なのだから。
しかし、自分にとって損なことはしない、こういう考えが正当化されどんどん広まっていったら、世の中はとんでもないことになる。
非番の時でも周りに困った人がいたら助ける、当たり前のことだと思うが、これからは「奇特なこと」になるのだろうか。
潔く生きるか、卑しく生きるか
一度しかない人生、どう生きるかは自分が決めることだ。自分は潔く生きたいと思う。
管理人が攻撃的、不快と感じるコメントは一切掲載いたしません。
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評判のコンサートに行ってきました。
お笑いクラッシック 杉ちゃん&鉄平←公式ホームページ

小さな子供がいるとコンサートなんてなかなか行けませんが、子供OK、途中にトイレ行きたい放題!という嬉しいコンサートでした。
童謡、アニメソング、CMソングなど、クラッシックと融合させて、違和感ないところがすごいです。トークも面白い!
暴走族を取り締まるパトカーの音をバイオリンとピアノで実演、CDには入れられなかったマル秘アニメソングなど、楽しめました~!!
今日のコンサートの売り上げは、スマトラ沖地震で被害に遭った子供達に義援金として寄付されるそうです。
楽しい音楽とトークが聴けて、寄付もできる、一粒で二度おいしいコンサートでした。
ちゃっかりCDにサインをしてもらい、一緒に写真も撮って頂きました。
実はピアニストの杉ちゃんは義弟の同級生です。
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昨夜、23歳の警察官 林一歩巡査部長(注:昇進して警部になられました)が殉職されました。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
9ヶ月の赤ちゃんのお父さんでもあり、ご家族のご心痛はいかばかりかとお悔やみ申し上げます。
実は、私の父も警察官でしたので、このニュース、他人事とは思えません。
かつて父は機動隊長を務めたこともありました。家族としては、殉職という可能性を、常にではなくとも覚悟していました。機動隊は事件や暴動が起こったときは大変な危険に晒されるので、早く任期を終えて欲しいと思っていました。
身の危険に晒される事もなく無事に警察官を退職した父は、今は町内の自治会長をしています。今ではちょっとボケの入った、どこからどうみても「普通のおじいさん」です。
さて、警察官の娘だった私、子供の頃から親が警察官ということはあまり知られたくありませんでした。
なぜって、世の中には「医者が嫌い」という人がいるように 「警察が大っ嫌い!」という人がいるからです。
学校のクラスの中には犯罪者や暴力団員の子供がいるかもしれないし、親が警察官だと分かったらそういう子供たちにいじめられるかもしれないとか、余計な心配もしました。
だから大きな声で「お父さんの職業は警察官」なんて、言えなかったのです。
世の中「医者が嫌い」という人より、「警察が嫌い」という人が絶対に多いのではないでしょうか。
警察官だって、安い給料で世の中のためにせっせと働いています。医者の給料が安いって言ったって、警察官より遙かにいいです。(あ、でも、退職金とか恩給とかは医者よりしっかりしてます)
警察官の収入では子供を私立の医学部なんてとても行かせられません。だから私は大学受験のとき、滑り止めは受けませんでした。
学校はすべて公立。進学塾にさえ行った事がありません。(なんて安上がりな子供だったのでしょう。)
本当は都会の大学に行きたかったけど、下宿代のかからない地元大学へ進学しました。(というより、都会の国公立大学の医学部は難関なので入れませんでしたと言うのが正しいか)
子供の頃、父に遊んでもらった記憶はほとんどありません。
父を含めた家族で旅行に行った想い出もありません。
父は生真面目な性格なので、「いつ要請があるかわからないから」と、休日に遠出することもありませんでした。
休日は昇進のための試験勉強ばかりしていました。
家庭を顧みなかった父。母の口からは今でも父への恨み節ばかりが出てきます。
警察官の娘でよかったこと・・・「うーん?」ですが
警察官の娘でよくなかったこと
悪いことできません。(しませんが)
不良になれません。(なりたくありませんでしたが)
万引きできません。(当然です!)
品行方正が求められます。(うーん・・?)
大人になってからは、
「スピード違反で捕まったんだけど、お父さんの力でなんとかならない?」
「なりません!!あきらめてください!」
(実際は「あ、聞いとくわー」とか言ってました)
日ごろあまり親しくないのに、こういう時だけ「なんとかしてくれ」と言い寄ってくる人たちがいたのが、困ったものでしたネ。
高校卒業後に警察大学校へ入った父ですが、実は医学部を受験して落ちていたらしいです。
私が医学部に入学した後、母から聞いたのですが、母が昔のアルバムを整理していたら、父の医学部の受験票が出てきたそうなのです。母もそれまで知らなかったと言っていました。
医学部に落ちて警察官というと、なんだか脈絡のないように思えますが、母いわく「経済的事情で浪人はさせてもらえなかったから、給料のもらえる警察学校へ行ったのよ」
でも私は(父は人のためになる仕事がしたかったのよね~)と思いました。
警察官は医者よりも危険な職業ですね。医者が患者から逆恨みされて殺された事件もありましたが、警察官ほど危険ではないでしょう。
ただし、医者は過労死する危険性があります。これは殉職みたいなものなので、国が遺族への補償をきちんとすべきでしょう。
世の中のために命を張って働いて、国民から嫌われる職業・・・警察官も大変な職業です。
ではまた
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先日、日経メディカルによるアンケートで「ドクターコールに応じますか」というものがあった。758人中、「応じる」と回答したのは34%だった。私はバカなので、最初この記事を目にした時、この34%の数字を「少ない」と感じた。しかし、Atsullow-s caffe 先生が私と異なる見解でこのアンケートについて3回に渡り考察されていた。
私がアンケートを受けたらおそらく「応じる」と回答しただろう。実際に名乗り出るかどうかはその場になってみないと分からない。しかし、多分、名乗り出るだろうと思っていた。上記のブログを読むまでは。
多くの医師が「応じない」と回答した理由は「過失があった時に医療過誤責任に問われる可能性があるから」だそうだ。私は、そんなバカな、善意で名乗り出ているのに過失責任を問われるなんて、そう思った。しかし、Atsullow先生の記事を読み進めるに従い、「バカなのは自分だ」と思った。そして、大変悲しい気持ちになった。最近の理不尽な医療訴訟の数々、大野病院事件などの警察の介入を見る限り、「医師の善意が踏みにじられている」のは自明である。今の日本を生きていくには、そこまで考えて行動しないといけないのだ。
十年くらい前のことだが、1人で東京の学会へ出かけたとき、白昼に東京駅でうつ伏せに倒れている若者がいた。私はとっさに「大丈夫だろうか」と思い、その人に近づいていった。しかし、その時、異様な光景を目にした。周囲の人たちが、全くその倒れている若者を気にかけることもなく、スタスタと通り過ぎていたのである。
気分が悪くて倒れているのか、意識はあるのか、ただ寝ているだけなのか。浮浪者にも見えない。私はその若者に近づき、そーっと様子をうかがってみた。息はしているようだ。声をかけようかどうか、迷った。一緒に「この人大丈夫ですかねー」と、気に留めて立ち止まってくれる人がいないだろうかと、周囲を見回してみた。しかし、通行人は多いのに、皆、足早に通り過ぎるだけであった。私は空恐ろしさを感じた。自分の住む地方ではあり得ないだろうと思った。「東京って、怖いところだ」
これだけ周囲の人から無視されるということは、この人はいつもこの時間に東京駅で寝ている「常連さん」なのだろうか、と思った。声をかけようとしている自分のことも周囲の人たちからは「バカだなあ」と思われているのに違いない、そう思えてきた。しばらくウロウロして思考を巡らした後、私もその場を立ち去ったのだから、人のことは言えない。
最近、特急列車の中で女性が強姦されているのに、乗客が見てみぬ振りをして誰も通報すらしなかったという報道があった。これも、最初に聞いたときは「なんていうひどい話だ」とやりきれなかった。しかし、通報しなかった乗客たちの心理を想像してみると、電車の中でそういう行為をする変態趣味のカップルと思ったのかもしれない。まさか、電車の中で強姦しているなんてあり得ない、止めに入ったら自分が何をされるかわからないし、通報しても自分がバカを見るだけだ、こう思ったのではないだろうか。十年前の東京駅での自分の行動を考えると、乗客たちを非難できない。
飛行機や新幹線の中で、「具合を悪くされたお客様がいらっしゃいます。医療関係者の方がいらっしゃいましたらお知らせください」というアナウンスが流れたとき、「応じる」と回答したのは34%、「わからない」が48%。
色々考えると自分も「分からない」に入ってくる。しかし、ドクターコールにそ知らぬふりをする事も、良心に反する。救命道具がなければ何もできないことは分かっている。自分の無力を思い知らされるだけかも知れない。しかし、自分が医師であれば、応じなければならないのではないか。たとえ後で過失責任を問われる可能性があったとしても、それを理由に「応じない」というのは、良心が痛まないのか。目の前に困っている人がいたら助ける、これが人間ではないのか。医師としてというより、人間としてどうなのだろう。
逆にもし自分が機内や列車の中で倒れたとしよう。ドクターコールのアナウンスに誰も応じてくれなかったら悲しくなるだろう。医者がいるのに来てくれないなんてことは考えたくもない。
私のブログに「自分は騙すよりも騙される人間でありたい」というコメントをくださった方がいた。私はこの言葉にハッとさせられた。現代の日本人に欠けているものはこれではないだろうか。国民全体が、自己保身に傾きすぎている。「騙されること」を恐れすぎているのではないか。
医師も国民の一部である。国民全体が「自分の身がかわいい」と思うのと同じ加速度でもって、医師も「自分の身がかわいい」と思うようになっているのではないだろうか。
私自身は今までドクターコールに出会った経験はない。しかし、今後そのような機会があったら迷わずに応じる「人間」でありたい。そう思った。
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大学時代の親友が皮膚科クリニックを開業するので、昨日は内覧会に行ってきました。
彼女とは、女同士なのですが、男友達というような感じ(あっ、失礼)
昔の医学部女子は勤勉な人が多かったのですが(今は違うと言う話をよく聞きます)、他の女子学生たちのように真面目に前の方の席で講義に出てきちんとノートを取るタイプではなかった私達。大学時代の成績は下から数えた方が早かった。(えっ?それは私だけ?いっしょにするなって?ごめん、ごめん)
しかし、そんな私達も今は母親になり、仕事も頑張っています。
どちらかと言うと、学生時代真面目で成績優秀だった女性の方が子供ができると家庭に入ってしまう気がするのは私の偏見かも知れませんが、仕事と育児を両立させるのにはある程度のいい加減さも必要ではないかしらん、と思うのです。
何でもきちんきちんとやらないと気が済まない完璧主義の性格だと、両立はきついでしょうね。
子持ち女性が仕事を続けるために必要なのは
少々のことは気にしないアバウトさ と、
多少のことにはめげない図太さ
これですかね・・
子供に十分手がかけてあげられない、子供が不憫、シクシク、うじうじ
なんて言っていたら、やっていられませんもの。
話は逸れましたが、その点とっても豪傑な(注:褒めてます)親友Mからは学生時代、いつもパワーをもらっていました。
そのMが、
「内覧会で人が集まるから、『天国へのビザ』の展示即売会をやろうよ」
と言ってくれましたので、ご好意に甘えて、医院の処置室を借りて本を並べさせていただきました。(感謝です!)
ゾロゾロ、住民たちが見物にやってきました。本の前を素通りする人たち、足をちょっと止めて本を一瞥して立ち去る人たち、
「あらー、なあにこの本?」
と興味を示す人たち・・・。様々でした。
「まあ、あなたが書いたの?この本」
「院長のご友人?」
「へー、あなたもお医者サンなの?」
「どこの病院にお勤め?」
「すごいわねー。で、どんなお話なの?」
と、本を手にとってパラパラ
・・・
で、根掘り葉掘り質問されて、褒めちぎられて、買ってくれるのかと思ったら
「じゃ、ありがと」
と、買わずに立ち去るおばさんたち・・・・!!!
何人かいましたが、こういう人は必ず中高年女性です。
新院長Mも、住民たちから質問攻めに遭っていました。
「皮膚科って何してもらえるんですか?」
という質問から
「この子のアトピー診てもらえますか?」
「このイボ、取れますか?」
「ここにこんな物ができたんですけど、これは何ですか?」
院長Mの前に次々と自分の皮膚をさらけ出す住民たち。
「どうやって治療するんですか?」
「原因は何ですか?」
「何に気をつけたら・・・」
もー。内覧会というより、無料診察会じゃん!!
でも、院長Mはとっても親切に対応していました。
で、こーいう、タダで自分の皮膚を診てもらって色々聞いていこうという人たち、ほとんど女性ですね!!
やっぱり、おばさんです。(オープンしたら絶対来いよ!by ことり)
おばさんたちは図太い!
と、改めて感じた一日でした。
(そーいう自分も、もうおばさんですが・・・ シクシク)
ところで、腰の曲がったおばあさんの3人組が、一人一冊ずつ「天国へのビザ」を買ってくださったのが大変印象的でした。
老婆1 「えっ、なになに、どうしてこの人たちは死ねないのだろう」
老婆2 「ワシら、もう死なんならんで、こりゃ買って読まにゃあかん。ほれ、アンタも買いんせえ」
老婆3 「なんかええ事が書いてあるかのう」
いい事が書いてあるといいですね・・・

開業も何かと大変なご時世ですが、きっとうまくいくでしょう
彼女なら・・
健闘を祈る!
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