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2007.04.25 01:00 |  診療  |  医療制度 / 行政  |  仕事 / 職場  |  春野ことり  | 推薦数 : 3

幸せな死に方とは

なんちゃって救急医先生が、不幸せをつくる心のエントリーをブログ日々是よろずER診療で取り上げてくださいました。まことにありがとうございます。

この「ある老人の突然死」について、私も同じように感じますので、自分の言葉でもまとめてみました。

 

家族の「死」を受容できない人たちが増えている。これは現場でとてもよく感じることです。 

この「ある老人の突然死」に出てくる85歳の男性はとても幸せな死を迎えたと思います

人の死に方には色々あることを、私たちは嫌と言うほど見て知っています。最期まで苦しんで、苦しんで死んでいく人。十年も植物状態で行き続ける人。ぽっくりと突然死んでしまう人。

「自分はぽっくり死にたい」

誰もが思うことでしょう。でも、現実にはなかなかそうはいきません。

 

救急の仕事はとにかく命を助けること。医師は蘇生に全力を注ぎます。中には、元通りに歩いて帰れるようになる人もいます。この時の喜びは医師にとって大変大きなものです。しかし、植物人間を作ってしまうこともあります。救急医にとって「植物人間になる可能性があるからはじめから蘇生をしない」ということはあり得ません。元通りの身体になれることを願って、医師は常に全力で蘇生します。結果的に助からなくても、植物状態になってしまっても、これはもう仕方がないことです。

 

不幸なのは、植物人間になったからと言って、水や栄養の供給を断り「死を選択する権利」が日本では認められないことです。

誤解のないように言いますが、私は植物状態の人たちの存在を否定しているわけではありません。植物状態になった家族を毎日毎日、大切に介護する姿は大変美しいものですし、大切にされている患者さんは幸せだと思います。

しかし、中には自分がそうなることを望まない人たちもいます。ところが日本では「死を選ぶ」という選択肢がないのです。自分で食事が摂れなくなっても無理やり胃に流動食を流し込まれて生かされなければならない。本人や家族が望む、望まないに関わらず。そのことが不幸だと言っているのです。

 

ちなみに、先日トラックバックしていただいた、オーストラリアで緩和ケアナースのHanaさんによると、オーストラリアでは、終末期、あるいは慢性植物状態の患者に人工的な栄養、水分の補給は家族と話し合って納得の上で中止することが行われているそうです。

 

そして、結果に対して医師は民法上、刑法上の罪に問われない
と法律に明記してあります。

日本でもこういう法整備がされない限りは、尊厳死は不可能と考えます。

 


 

今日、肺炎で入院していた96歳、認知症のおじいさんが、退院して行かれました。

肺炎はまだ治療の途中で、喘息症状も出ています。食事もほんの少ししか摂れていません。

しかし、お子さん達全員とお孫さん夫婦までやってきて、「おじいさんが帰りたがっているので、どうしても家へ連れて帰りたい」と私に言われました。

 

抗生剤の点滴をやめたら熱をぶり返しますよ。最悪の場合、自宅に帰った途端に急死という可能性もありますよ。その場合、私も病院も責任が持てませんよ。と、私は言いました。

 

「それでもいいです。自宅で死なせてあげられたら本望です」と。

そこまで言われるなら、私もお引き留めすることはできません。

往診に行ってくれる開業医を探しましょうか、と提言しましたが、それも断られました。

「おじいさん、よかったね。家に帰れるよ。先生、許してくれてありがとうございます」

そう言って、皆さんにこやかに帰って行かれました。

 

幸せなおじいさんだな、と私は思いました。

 

もし、今後、老人医療に高額な自己負担が発生するようになるなら、こういう家族が増えるのかも知れません。それはそれで、悲しいことです。このおじいさんの場合は、ある理由で医療費の心配は全くない方なので、医療費を惜しんで家に連れて帰るというわけではないことは明白です

<注:現在の日本では高齢者の入院費の自己負担額は上限が決まっており、低額で病院に預かってもらえて治療もしてもらえます。そのため、このように治療途中の老人を家に連れて帰りたいというご家族はめったにいらっしゃいません。実際は、治療が終わっても家に引き取ってもらえないこと(つまり社会的入院)が多いのです>

 

このケースはご家族全員がおじいさんの尊厳を尊重している素晴らしいケースだと、私は感じました。

 

本当に色々な家族、色々な人生、色々な死に様があります。

本人や家族が納得の行く死に方ができるって、幸せだと思います。

 

 

しかし、最近は「死」そのものを受容できない人たちが増えている、最近の医療訴訟のケースを見てもそう思います。それはとても悲しいことです。

 

 

 

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