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日々是よろずER診療の「産科医療」の事故・裁判・質・システムを考えるシンポジウムの聴講報告の記事を拝読しました。まずは、自ら敵地へ赴き報告してくださった、なんちゃって救急医先生の労をねぎらいたいと思います。本当にお疲れ様でした。
このシンポジウムで演者が
医療崩壊の原因を医師の低レベルのせいだと断言的に言った
そうなのです。
一部の医師に対して低レベルだと思ったのは彼女の正直な気持ちなのでしょうが、だからといって、医師全体が低レベルと決め付け、それが医療崩壊の原因になっていると断言するというのはいかがなものでしょうか。ここに出席していた人たちも、同じような意見なのでしょうか?
私が思うに、
医療崩壊を助長するのは、このような一方的な決め付けをする一般人です。
このように最初から「医師は悪者」という先入観をむき出しにしてくる患者さんとは、良好な患者ー医師関係は作れません。医療は信頼関係の上に初めて成り立つものです。そんなに医師が信用できないならば、はじめから医療行為を受けることをしなければいいのです。
前々回のエントリーでも書きました。
医師に誠意を求めるならば患者も医師に誠意を見せよ
と。私の言っていること、間違っているでしょうか?多くの医師からは賛同をいただきました。
わたしの大好きなブログ、心やさしい産婦人科医のなな先生のブログにあったお話。
http://blog.m3.com/nana/20070426/1
子宮頚部上皮内癌の診断をされ、セカンドオピニオンを求めて4つの病院を訪れ、円錐切除(子宮口をほんの少し切り取るという手術)を行ってがん細胞がないことが分かったら、「癌がないのにどうして手術したんですか」とクレームをつけた患者さん。
こういう患者はどういう結果になっても文句しか言われないのだろうと思います。
医師の立場からはできるだけ避けたい患者です。
手元に、医療崩壊ー立ち去り型サボタージュとは何かーの著者、小松秀樹先生の講演資料があります。その中に
不確実性の許容という項目があり、こんな例が挙げてあります。
「がんと私」読売新聞2006年6月16日掲載、本田真由美記者の記事 以下抜粋
「医療は万能ではなく不確実なものだ」
「間もなく4年になる乳がんの闘病生活を通じて、この言葉の意味がわかるようになった。」
「医療の限界を実感したのは、患者になってからだ。きっかけは最初の手術から半年で見つかった局所再発だった。」
「彼らは乳房全体でもすべてのがん細胞を取り切れない場合があること、標準治療がすべての人に効くかどうか分からないことーなど、人間の身体の複雑さや医療の難しさを、とことん説明してくれた。」
「延べ10時間は超える対話を通して、「現代医療も不完全で分からないことだらけ」ということを認識できた。」
対話した医師の方が、お疲れ様でした。
一人一人の患者が納得するのにそれぞれ10時間の説明を必要とするとしたら・・・!!
一般の良識ある方々には医療現場がどういう状況になるか容易にご想像がつくと思います。
この方は新聞記者ですから、文章を書くことを生業としているわけです。当然、日本語の理解力は高いはずでしょう。それなのに、10時間を超える対話でやっと、医療は不確実なものだということが理解できたというのです。
そのことに驚かされます。
もはや、この責任を医療現場に押し付けるのは無理、と小松先生は書いていらっしゃいます。
マスコミさんに、ぜひこういう啓蒙
つまり、医療は万能ではない、不確実なものだという啓蒙をお願いしたいのですが・・・。
医師叩きをしても日本のためにはならないということにそろそろ気付いて欲しいです。
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看護実践の科学5月号に
天国へのビザの書評が載りました。
もしこのブログをご覧になっている方の中に看護師さんがいらっしゃったら、チェックしていただけると嬉しいです。
p.105
”「なぜ この人たちは死ねないのだろう」
現役女性医師が尊厳死を問う”
は本書帯の言葉ですが、2編の小説形式で書かれた本書は、”尊厳死”をテーマに現代と近未来という、医療制度の異なる背景を元に編みこまれています。
その1「天国へのビザ」は内科医師として働く麻子が医療の現場で真摯に患者に向き合う中で、・・・・・・(省略)
第2部は・・・・・・・・(省略)
小説でしか語りえない重いテーマが収載されている一冊です。
内容省略してすみません。あらすじがばれてしまうので。
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前回のエントリーで96歳の老人が家族の「家へどうしても連れて帰りたい」という、たっての希望で退院して行ったことを書いた。そうは言っても、どうせすぐに戻ってくるだろうと私は高を括っていたのだが、
なんと、退院した翌日には違う病院に行き家族が入院させて欲しいと言い、入院になったそうだ。その病院の医師からそちらでの経過を教えて欲しいという連絡が入った。
騙された、と思った。
一族郎党が集まり「おじいさんが家に帰りたがっているからどうしても願いを聞き入れてあげたい」と私に懇願したのは、ウソだったのだ。始めから違う病院に入院させようという計画だったのだろう。
患者から裏切られることは度々経験するが、こんな大勢で演技をされて騙されたのは初めてだ。非常にいやな気分である。
こんな手口を使わなくても、転院したいなら転院したいと言ってくれればいいのである。何が不満だったのか、なぜ転院したかったのかはよくわからない。(好意的に考えれば、無理に退院させたもののやはり家では看れないと気づいたが、すぐに同じ病院に入院するのは恥ずかしいので違う病院に行ってみたとか?)
前回の記事では伏せておいたが、この老人は生活保護受給者なので、医療費の自己負担はない。彼の生活費、検査費、治療費、すべて公費から賄われている。そもそも、生活保護受給患者に病院を自由に選択する権利はない。役所の許可なく勝手に医療機関を変えてはいけないことになっている。しかし、現実には、生活保護受給患者の中には自由にドクターシヨッピングを行っている者もいる。
一方、医者はと言えば、診療を拒否する権利は認められない。いかなる患者であっても、例え殺人犯でも、治療費踏み倒しの常習犯であっても、診療を拒否することはできない。
ちまたでは治療費の不払いが病院の経営を圧迫している。それでも、払ってもらえないかも知れないと思いながらも、診察を拒否することはできないのである。さらに悲しいことに、そんな患者であっても医療側にに落ち度があれば訴えられる可能性があるのだ。
日本の医療は崩壊しようとしている。当たり前だと私は思う。
「もう、やってられない」
最近、多くの医師が思うことである。
なぜかというと、誠意のない患者が増えたから。これが一番の原因ではないかと私は思う。医師はお金儲けがしたくて医師になったわけではない。お金が目当てなら医者にはならない方がいい。医者の収入なんて、その労働の対価としては屁のようなものだ。
労働に見合わない賃金での過酷な勤務を強いることで、日本の医療を支えてきた医師たち。そんな医師を支えてきたものは、自分の仕事に対する誇り、ではないだろうか。しかし、最近は結果次第で医師は犯罪者に貶められる。患者が死ねば「医療過誤じゃないのか」と勘ぐられる世の中。医師はもはや患者から感謝される仕事ではなく、恨まれるだけの仕事に変化してきている。
医師らの誇りがずたずたに打ちのめされるような、数々の訴訟、理不尽な判決!もはや医師の仕事は誇りの持てる仕事ではなくなりつつある。
医師に誠意を求めるならば、患者も医師に対して誠意を見せて欲しい。そう思う。
先日もブログに書いたが、日本全国ヤブ医者マップなるものをヤフーが公開している。患者の独断と偏見で好き勝手に、しかも匿名で(!!)病院の悪口を書き、それを全国に公表するという劣悪なものである。
これを真に受けて病院の評価をしようという一般人がいるかと思うと、ぞっとする。
誠意のない患者には、医者が誠心誠意を尽くしても伝わらない。
私が医者になった時、先輩医師からはこう言われた。「患者さんに誠心誠意を尽くせば訴えられるなんて事は、まずないから」
しかし、今ではそれを言った医師も自分の間違いに気付いて、考えを変えているはずだ。
医療はいつのまにかサービス業になった。
私の勤務する病院では、数年前からスタッフに対し、患者の名前は「様」をつけて呼ぶようにと指導し始めた。今では徹底的に「○○様」「申し訳ございませんでした」と言葉遣いの指導がされている。
毎朝仕事を始める前、スタッフらは「患者様中心の医療サービスを行います。」と病院の理念を音読させられている。
医療は患者のためのものであることに間違いはないのだが、「患者中心の医療サービス」と言う言葉は誤解を招く。今では患者中心という意味を履き違える患者が続出している。患者は我が儘放題である。毎日のように当直明けのナースから、患者から受けたひどい罵詈雑言について聞かされる。看護師のことをまるで召使いや下僕のように思っている患者がいかに多いことか。
義務を果たさず権利ばかりを主張する人間が増えている。日本全体がおかしくなっている。
くどいがもう一度言おう。
医療者に誠意を求めるならば、患者も医療者に対して誠意を見せよ。
あー、すっきりした。
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参考ブログ:
東京女子医大人工心肺事件で不当逮捕され、無罪となった先生のブログ↓
紫色の顔の友人を助けたい(不当逮捕された大野病院産婦人科医の公判傍聴記を書いていらっしゃいます)
天使のような産婦人科医なな先生のブログより
冒涜(尊敬する医師が業務上過失致死で書類送検されたことを嘆いていらっしゃる記事です)
「やぶ医師のつぶやき」Dr.I先生のブログより、
加古川AMI 衝撃の事実急性心筋梗塞で亡くなった患者の家族が訴訟を起こし、医療側が負けました。医師にどんな過失があったのか全く理解出来ません。
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なんちゃって救急医先生が、不幸せをつくる心のエントリーをブログ日々是よろずER診療で取り上げてくださいました。まことにありがとうございます。
この「ある老人の突然死」について、私も同じように感じますので、自分の言葉でもまとめてみました。
家族の「死」を受容できない人たちが増えている。これは現場でとてもよく感じることです。
この「ある老人の突然死」に出てくる85歳の男性はとても幸せな死を迎えたと思います。
人の死に方には色々あることを、私たちは嫌と言うほど見て知っています。最期まで苦しんで、苦しんで死んでいく人。十年も植物状態で行き続ける人。ぽっくりと突然死んでしまう人。
「自分はぽっくり死にたい」
誰もが思うことでしょう。でも、現実にはなかなかそうはいきません。
救急の仕事はとにかく命を助けること。医師は蘇生に全力を注ぎます。中には、元通りに歩いて帰れるようになる人もいます。この時の喜びは医師にとって大変大きなものです。しかし、植物人間を作ってしまうこともあります。救急医にとって「植物人間になる可能性があるからはじめから蘇生をしない」ということはあり得ません。元通りの身体になれることを願って、医師は常に全力で蘇生します。結果的に助からなくても、植物状態になってしまっても、これはもう仕方がないことです。
不幸なのは、植物人間になったからと言って、水や栄養の供給を断り「死を選択する権利」が日本では認められないことです。
誤解のないように言いますが、私は植物状態の人たちの存在を否定しているわけではありません。植物状態になった家族を毎日毎日、大切に介護する姿は大変美しいものですし、大切にされている患者さんは幸せだと思います。
しかし、中には自分がそうなることを望まない人たちもいます。ところが日本では「死を選ぶ」という選択肢がないのです。自分で食事が摂れなくなっても無理やり胃に流動食を流し込まれて生かされなければならない。本人や家族が望む、望まないに関わらず。そのことが不幸だと言っているのです。
ちなみに、先日トラックバックしていただいた、オーストラリアで緩和ケアナースのHanaさんによると、オーストラリアでは、終末期、あるいは慢性植物状態の患者に人工的な栄養、水分の補給は家族と話し合って納得の上で中止することが行われているそうです。
そして、結果に対して医師は民法上、刑法上の罪に問われない。
と法律に明記してあります。
日本でもこういう法整備がされない限りは、尊厳死は不可能と考えます。
今日、肺炎で入院していた96歳、認知症のおじいさんが、退院して行かれました。
肺炎はまだ治療の途中で、喘息症状も出ています。食事もほんの少ししか摂れていません。
しかし、お子さん達全員とお孫さん夫婦までやってきて、「おじいさんが帰りたがっているので、どうしても家へ連れて帰りたい」と私に言われました。
抗生剤の点滴をやめたら熱をぶり返しますよ。最悪の場合、自宅に帰った途端に急死という可能性もありますよ。その場合、私も病院も責任が持てませんよ。と、私は言いました。
「それでもいいです。自宅で死なせてあげられたら本望です」と。
そこまで言われるなら、私もお引き留めすることはできません。
往診に行ってくれる開業医を探しましょうか、と提言しましたが、それも断られました。
「おじいさん、よかったね。家に帰れるよ。先生、許してくれてありがとうございます」
そう言って、皆さんにこやかに帰って行かれました。
幸せなおじいさんだな、と私は思いました。
もし、今後、老人医療に高額な自己負担が発生するようになるなら、こういう家族が増えるのかも知れません。それはそれで、悲しいことです。このおじいさんの場合は、ある理由で医療費の心配は全くない方なので、医療費を惜しんで家に連れて帰るというわけではないことは明白です。
<注:現在の日本では高齢者の入院費の自己負担額は上限が決まっており、低額で病院に預かってもらえて治療もしてもらえます。そのため、このように治療途中の老人を家に連れて帰りたいというご家族はめったにいらっしゃいません。実際は、治療が終わっても家に引き取ってもらえないこと(つまり社会的入院)が多いのです>
このケースはご家族全員がおじいさんの尊厳を尊重している素晴らしいケースだと、私は感じました。
本当に色々な家族、色々な人生、色々な死に様があります。
本人や家族が納得の行く死に方ができるって、幸せだと思います。
しかし、最近は「死」そのものを受容できない人たちが増えている、最近の医療訴訟のケースを見てもそう思います。それはとても悲しいことです。
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ピッツバーグ内科研修医先生のブログで知りました。
全国ヤブ医者マップ
これはひどい!
m3の掲示板でも話題になっているはずと、チェックしてみたら、やはりスレッドが立っていました。
あっけに取られて、言葉もありません。
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患者さんと関わるうちに、色々な家族模様が見えてくることがあります。 100人の患者さんがいれば、100通りの家族背景があります。
そのうちの、とても不幸な一例を紹介します。
レイコさん(仮名)60歳
自宅で急性心筋梗塞となり、地元の基幹病院へ救急車で搬送されたときには心肺停止。直ちに蘇生術を施行され命は取り留めましたが、蘇生後脳症のため植物状態となってしまいました。
基幹病院での入院が長期になったため、当院へ転院していらっしゃいました。
家族構成は、ご主人と息子さん、しかし、息子さんとは絶縁状態とのことでした。
レイコさんのご主人はせっせと毎日病院へ通い、レイコさんの傍らで、スタッフにあれこれ毎日苦情を言いました。
事あるごとに前の病院と比較し、
「この病院はダメだ。」
と言いました。スタッフたちもご主人の要求の高さに疲れ果てていました。
レイコさんが転院してきてから、何週間か経ったある夜、レイコさんの病室で、レイコさんの手を取り、目に涙をいっぱい浮かべている若い男性がいるのに、看護師のA子が気づきました。A子ははっと思い当たりました。
「あなたは、もしかして・・・息子さん?」
すると若者は
「父には僕が来たことを絶対に内緒にしてください」
「どうして?絶縁状態と聞いているけれど・・・」
「実は・・・」
若者は事情を説明し始めました。
息子さんはレイコさんから溺愛されて育ったそうです。
その息子さんが、恋に落ちました。「結婚したい」とご両親に紹介した女性は、9歳年上で3児の母。
ご両親は猛反対しました。
息子さんはそれでも結婚すると言い張ったそうです。
言い争っている最中にお母さんが倒れ、救急車で運ばれて植物状態に・・・。
息子さんは泣きながら話を続けました。
「僕のせいなんです。母がこんなことになったのは僕の・・・うう・・」
お父さんは息子さんがレイコさんに逢うことを許しませんでした。前の病院から転院してくるときも、「絶対に息子に転院先は教えないように」と言い残してきたそうです。
息子さんは、自分の足でせっせと色々な病院を探し、やっとお母さんを見つけたそうです。
息子さんが結婚したいと言った女性とは、その後別れてしまったとのことです。
何ともお気の毒な・・・
でも、何よりお気の毒に思うのはお父さんの心です。
レイコさんは当院での入院が長期となったため、また違う病院へ転院していきました。
特に治療が必要な状態ではないので、介護施設に入所したほうがよいと思うのですが、
「急変したときに最高の治療をして欲しい」
と望むご主人はレイコさんを施設に入れることなんてどうしても受け入れません。
今の医療制度では、長期入院の患者さんは3ヶ月で退院していただかないと病院は採算が取れません。病院に入院を続ける以上、3ヶ月ごとに病院を転々としないといけないのです。
レイコさんのご主人は最後まで病院のスタッフに文句を言っていかれました。
そして、
「もし息子が訪ねてきても、絶対に転院先は教えないでくれ」
と言い残して・・・。
何とも悲しいお話ではないでしょうか。
ご主人がレイコさんのことをとても大切に思っていらっしゃるのは間違いないと思います。レイコさんのことを大切に思うがゆえにスタッフに対して文句ばかりが出てしまうのだと思います。レイコさんのことを大事に思うばかりに息子さんのことを許せないのだろうと思います。
しかし、これではレイコさんも息子さんも、そしてご主人自身も不幸なままですね。
そのことに早く気付かれるとよいのですが・・・
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日頃ほとんどテレビドラマを見ないのですが、今日は夫が子供たちをスーパー銭湯に連れて行ってくれた間に、何気なくついていたNHKの医療ドラマを見ました。
病院のチカラ~星空ホスピタル~
菊川怜さんが主演です。今回は第3話でした。
ちょっとした子供の熱や腹痛で頻繁に救急車を要請するシングルマザー。いかにもありがちです。
菊川怜扮する女医さんが
「救急車をちょっとのことでむやみに呼んではいけない」と
剥きになって説教していました。
見ていてなんだか、若い頃の自分を思い出しました。(容姿は似ても似つけませんが、あっ、言わなくても当然か)
説教されても「やーね。あーこわ」と言って、少しも反省しない母親(こういう患者もありがち)
そして、母親は子供を病院に置いて自分は遊びに行ってしまいます。
うちの病院は小児科がないのでこういうことはありませんが、老人を病院に預けっぱなしにして引き取らないご家族はたくさんいらっしゃいます。
菊川怜が当直の日、その母親が腹部の激痛に襲われます。しかし、自分の子供のときはすぐに救急車を呼んでいたのに、自分のときは救急車を使わずにタクシーで来院。
卵巣のう腫の茎捻転、腹腔内出血で、夜間緊急オペになりました。
かっこよくオペ着姿を決めて、執刀する菊川怜。
(あれ?この人、産婦人科医?え?さっきは訪問診療していたので内科医かと思ったけど、何科の医者?)
何科の医者かわからなかったので、ホームページを見て調べました。天才的ERドクターと書いてありました。
(ERドクターって、婦人科のオペも一人でやっちゃうのかー。へー。さすが天才ですな)
そして、術後、回復した患者に
「私が以前むやみに救急車を呼ぶなと言ったから、救急車を呼ばずにタクシーでいらっしゃったのですね。しんどかったでしょう。申し訳ありませんでした」
と謝罪していました。
そう来るか!!
うーん、一般人から見た理想的な医師の態度って、こういうのかー・・・と考えさせられました。
こういう医師像を理想とされると、かなり辛いですねー。
菊川怜が「やたらと救急車を呼ぶな」と患者に言ったのは正論です。誤りではありません。しかし、結果論として、自分がそう言ったせいで患者が重篤な状態のときにも救急車を呼ぶのをためらって手遅れになったら、医師は謝罪をしなければならないのでしょうか。
自分を振り返ってみると・・・
やはり、日頃よく患者さんに謝っています。
多いのが、外来で待たされたというクレーム。こっちも一生懸命手早くやっているんですがね・・・。
「お待たせしてすみません」
とよく言っています、私。
事務手続きの手違いで待たされたと怒っている患者さんにも
「こちらの手違いでお待たせしてすみませんでしたねー」
と、謝ります。すると患者さんも(医者が謝っているんだから、ま、許してやるか)というような感じで、怒りが収まるようです。
若い頃は、(私は悪くないのに何で謝らなくちゃいけないの)と思っていましたが、もう、最近は謝罪の大安売りです。
謝ることで患者さんの気持ちが収まってくれるのなら、そんな簡単なことはないと考えられるようになりました。
たとえば、自分の処方した薬で副作用が出てしまった場合、「どんな薬でも起こりうることなんですけど」と付け加えた上で「結果的にこんな目に合わせてしまって申し訳なかったですね」と、謝っています。
医師の中には、「謝ることは自分の非を認めることになるから、絶対に患者に謝ってはいけない」という人もいます。
しかし、どんな理由であっても、医療行為によって患者さんが受けた有害事象に対し謝ることは、患者と医者の間の溝をそれ以上深めないためには有効な手段ではないかな、と思うのです。
ま、考え方は色々あるかも知れませんが
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余談:ところで、この菊川怜扮する女医さん、東京の病院でERドクターをやりながらキャバクラ嬢もやっていたそうです。「どちらも一生懸命やっていた」と・・・。(あり得ない・・・。さすが超人的天才ERドクター。)
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ー患者と医者の間には大きくて深い河が流れているー
医師に良心があるないにかかわらず、患者側と医師側とでは、その世界に大きな隔たりがある。その世界のギャップの大きさゆえ、お互いが問題にしているもの、お互いが望んでいるものについてすれ違いが起こり、それが質の高い医療の提供や、望ましい患者ー医者関係に対する大きな障害になっていることは否定しがたいのである。
以上、医師アタマ(医学書院)からの引用です。
天国へのビザ を読んでくださった一般の方(医療関係者以外の方)からお手紙をいただくようになり、このような深い河をより実感するようになりました。
以下、一般の女性からいただいたお手紙の一部抜粋です。(年齢などは多少変えてあります)
私事ですが、昨年かわいがってくれた祖母が他界しました。8年前からガンを抱えていたのですが、年齢や部位などを考慮し、手術すれば逆に命が短くなると判断し、やめました。その結果、ずっと自宅で好きなことをして生活し、88歳まで生きました。
亡くなる1ヶ月半前、呼吸困難で病院に運ばれ検査の結果、全身転移でした。脳の放射線治療を勧められましたが、それに耐えられるだけの体力がないし、余計に苦しませるだけだと判断し、即答で断りました。すると、病院側は、治療しないのであれば退院してください、と。今の世の中、こんなものなのでしょうね・・・。
*
お手紙からは、「治療しないなら退院してくれ」と言われたことに対し「病院は冷たい(=担当医は冷たい)」と感じていらっしゃるようにお見受けします。
しかし、これは日本の医療の現況では仕方がないことなのです。
放射線治療のできる病院というのは数が限られています。
おばあ様が入院されたのは大規模な病院だったと思います。大きな病院ではベッドが空くのを待っている患者さんがたくさんいますから、治療をしないのであれば、治療を受ける人のためにベッドを空けなくてはいけません。
この場合、医師の言葉が足りなかったために「こんなものなのね・・・」とがっかりされたのかも知れませんね。しかし、医師も(特に大病院の医師は)多忙を極めていて、ゆっくりと時間をかけて説明することが出来ない事が多いので、ご理解をいただけたらと思います。何も、医師も意地悪な気持ちで言っているわけではないのです。
幸い、このおばあ様を受け入れてくれる病院が見つかり、最期は病院で眠るように昇天されたそうです。
他に、男性の読者からのお手紙にはこんなことが書いて有りました。(年齢は微妙に変えてあります)
私の妻は30年前、30歳の若さで胃癌で亡くなりました。妊娠中に食事が摂れず、嘔吐が続きましたが、産婦人科医はつわりだと言って検査をしませんでした。出産後に検査をしたら、胃癌とわかり、すでに手遅れでした。その後主治医になった医師の事は感謝していますが、その産婦人科医のことは今でも恨んでいます。
*
これも、医師にとってはきついです。30歳の若さで胃癌で亡くなった奥さんは大変お気の毒でしたし、出産して間もない奥さんを亡くされた辛いお気持ちは察するに余りあります。
しかし、妊婦さんが食事が摂れなくて嘔吐していても、普通はつわりだと考えます。妊娠後期までずっと症状が続けばおかしいと思うかも知れませんが、妊娠後期に胃カメラを行い母体や胎児に悪影響を及ぼす可能性を考えると、普通はあまり検査はしないのではないでしょうか。たとえ、妊娠後期に胃癌が見つかっても、進行ガンであれば手遅れには違いありません。
こういうお手紙を拝見すると、訴訟まではいかなくても、医師の立場から言うと「やむを得ない」ことで、医師に対して恨みを抱いている患者さんは、結構多いのではないかと感じます。
最近の訴訟を見ていると、医師の立場からは「それは仕方がないでしょう!!」と叫びたくなるような理不尽なケースがたくさんあります。
医者って患者さんから感謝されることもあるけれど、恨まれることも多い職業なのですね。
私も知らず知らずのうちに患者から恨まれているのではないか・・・そう思うと悲しくなってきます。
天国へのビザ を多くの方に読んでいただいて、患者さんと医師の間の深い河を、少しでも浅くすることができたら・・・と思います。(えっ、逆に河を深めるんじゃないかって?いえいえ、そんなことは・・・。ま、試しに読んでみてください)
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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ずっと前のエントリー子供をバイリイガルに育てる方法
英語教材についてのつづきです。
かなり間が空いてしまいました。
2年くらい前になりますが、英会話にコンプレックスを持つ私は、子供には英語の早期教育を!と考え、英語教育本を読み漁りました。
子供は英語でしつけなさいー朝起こしてから夜寝るまでのお母さんの口ぐせ400 戸張 郁子著
普通の子供が普通にやってバイリンガルになる世界初の英語習得法 CD付 鵜沢 戸久子著
子供をバイリンガルに育てる超右脳英語法 七田 眞著
今日からはじめる英語環境づくり ワールドファミリー編
など
で、一番参考になった本がこれ↓
子どもをバイリンガルに育てる方法 木下 和好著
表紙には、親がしゃべれなくてもこの方法ならできる!と書いてあり、期待を持ちながら読みました。
著者自身、小学生の頃に英語に目覚め、日本にいながら自力で英語を習得した方法が書いてあり、子供だけではなく、大人の英会話習得にも役立つ情報が満載です。
息子さんはアメリカ留学したばかりの頃、「日本人がそんな英語をしゃべるわけがない」と、日本人留学生だと信じてもらえず、トラブルになったくらいの完璧なバイリンガル。
二人のお子さんを、日本にいながら完璧なバイリンガルに育て上げるために取った方法とは
(1)家では夫婦で徹底的に英語を話す
ただし、お子さんは日本語で受け答えをするので、親子間で2ヶ国語を話すことになったとのこと。お子さんにとってはヒアリングの訓練になる。すごいのは、お子さんから「友達が遊びに来ているときは恥ずかしいからやめて」と言われても、無視して英語を話し続けたというところ
(でもこれは親がしゃべれないとできないじゃないか。うそつき!と思った)
(2)英語の本の音読を毎日30分やらせる。
スピーキングの訓練のために毎朝出勤前の30分、英語の音読をさせる。これも、すごい
(3)小学生のうちに一人でアメリカへ留学させる。
うーん、これもちょっと普通の家庭ではできない
というわけで、この本は
ここまでしないと日本にいながらバイリンガルに育てるというのは無理なのね・・・ と悟った、という意味で参考になりました。
ガクッ
完璧なバイリンガルになる必要はないけれど、そこそこ英語の話せる日本人にはなって欲しいと思い、英語教材を色々買ってはみたものの、今ではその教材もすっかりホコリを被っています。
一応子供たちを英会話教室に通わせてはいるものの
「今日は何習った?」と聞くと
「んー、忘れた~」と言われ続け、
最近は何を習ったかを聞くこともしなくなりました。
まー、
あとは本人次第、ということで・・・すっかり教育熱も冷めてしまっている私です。
うちの子供は英語どころか、学校の宿題をやらせるだけで大変。今思い返すと、あー、2年前はまだ子供に夢を持っていたのねー、と・・・
ま、あんまり子供に期待しないことです
(なんだか期待はずれの内容で失礼いたしました)
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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まずはこちらを
とりあえず、今年はPTAの役員に選出されなかったので、心配事ひとつクリアーです。ホッ。
以下、4月14日時事通信より
本人のみ意思確認0.8%=家族の意向優先半数近く-末期がん治療現場・厚労省4月14日15時31分配信 時事通信
|
4月15日、中日新聞にはこのニュースについてこう書いてありました。
松島准教授(厚生労働省研究班主任研究者・東京医科歯科大学)は「医療現場では、患者本人の意思が二の次にされており、国の指針は実態に即しているとは言えない。患者の意思が尊重されるように現状を変えるには、医療従事者に対する研修を充実させるなどの対策が必要」と話している。
この先生が本当にこうおっしゃったのかどうかはわかりません。私は新聞記事のインタビューを信用していませんので。言ってもいないことを書かれる事はよくあります。(自分も経験あり。参照記事ついに天国へのビザが新聞記事に)
以下、私見を述べます。
患者の意思が尊重されるように現状を変えるために必要なのは、医療従事者の研修ではありません。
変わる必要があるのは、患者家族の意識、マスコミ、司法です。
末期癌で余命が短いと宣言されていても、それを受け入れられないご家族がいらっしゃいます。
「入院してからどんどん悪くなっている!」 (癌ってそういうものなんですよ)
麻薬製剤を処方しようとすると
「死期が早まったら責任取ってくれますか」 (そう言われても困ります)
患者さんの意識レベルが低下してくると
「もう一度話をすることはできないんですか!」 (お気の毒ですが、それは無理です)
末期癌と分かっていても、家族の死を受け入れられず
「なんとかしてください!!」
と、ヒステリックに叫ぶご家族がいらっしゃいます。
愛する家族が亡くなるというのは辛い事です。
感情的になるのもわかります。
でも、敵意にも似た感情を剥き出しにされると、医師は身の不安を感じます。
医療者への敵意を生み出す背景には、昨今の医療者を悪者とする偏った報道があります。
こういう医療への不信感むき出しのご家族に遭遇することがしばしばある以上、患者の意思がたとえ文書に残されていても、それを尊重してあげたくても、医師は家族の意向を無視するわけにはいかないでしょう。
亡くなった患者さんは「自分の意思を尊重してくれなかった」と医師を訴えることは絶対にありません。
しかし、家族からは「死を早めた」と訴えられる可能性があるからです。
過去にも記事にしましたがhttp://blog.m3.com/Visa/20061203/1
最期の機会奪った損害賠償として、たとえ癌が死因であっても医療側が訴えられて負ける判例が出ているようでは、
患者の意思よりも家族の意思を尊重せざるを得ないのではないでしょうか。
以前もおかしな国日本の終末期治療で、同じ内容の記事を書きました。
2月19日の毎日新聞の記事では
松島助教授は「中小規模の病院ではスタッフも少なく、意思確認のために患者本人の精神状態に普段以上に配慮したり、患者と家族の希望が異なった場合に対処する余裕がないのではないか」と分析している。
と書かれていました。こちらも医療者の配慮不足と言っているのは同じですが、中日新聞と読んだときの印象はかなり違います。
今回の中日新聞の書き方には
「患者の意思が尊重されないのは医者が悪い」と言っているようで、大変悪意を感じます。
こういう報道はやめていただきたいです。
「患者の意思が尊重されるように現状を変えるには、国民全体、マスコミ、司法が死に対する認識を改めないといけない」
そう思います。
以下に、日々是よろずER診療のなんちゃって救急医先生からいただいた「天国へのビザ」のレビューをもう一度ご紹介します。
今の医療の中では、
人工呼吸器のスイッチを切れば
有無を言わせず
「殺人者」
として逮捕される。
果たして、そんな世の中でいいのだろうか?
ぜひ、多くの人にこの本を読んでほしい。
この本を読めば、誰もが、冒頭の呼吸器の話は
「どこかおかしい」
と感じてくれるであろう。
世の中が「医療」に対するひいては「生命」に対する考え方を、変えていかないと
今の医療崩壊はとまらない・・・
私はそう確信している。
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