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別の方からまた批判コメントをいただいた。
事情が分かっていらっしゃらないと。
前回、私はajisanさんに対して謝罪の気持ちを表明した。
しかし、私はajisunさんのことを誤解していたようだ。今回ajisunさんからもTBをいただいたのだが、ajisunさんのブログを読むと、また、今回コメントを頂いた方によると、ajisunさんは医療政策・医療倫理の専門研究者らしい。私のことを無知というのも仕方がない。私はALSの専門家でもなんでもない。ALSに関してはajisunさんの知識の足元にも及ばない。
そして、その方(ajisunさんではない)はご親切に、私にALSに関する本や、社会学の本を読むように勧めてくださった。まあ、時間があったら読んでみようと思う。
その方はこうも書いておられた。
医師だけが医療当事者ではないし、医療の専門家というわけでもない、という昨今の状況は、医師の皆さんにはいろいろと了解しがたいところもあるかとは存じますが、とりあえずご理解下さい。と
もちろん医師だけが医療当事者ではないことも、医師以外の医療の専門家もいることは承知している。
モジモジサンはご自身のブログで、まだ「ロックトインを地獄と表現することは侮辱だ」と怒っていらっしゃった。
あまり言いたくないが、それならこちらも言わせてもらおう。
ajisunさんのエントリーに「まじっすか?あほですか?尊厳死協会」というタイトルのものがある。そして、尊厳死協会の政策メンバーのことを「頭が悪い」と書いている。これは、侮辱ではないですか。
私は尊厳死協会の回し者でもなんでもないが、こういう書き方には不快を感じる。
他にも、特定のケアマネージャーのことをバカケアマネと書いている。
たとえば、家庭の中で「尊厳死協会ってほんとにバカ。」とか「あのバカケアマネが」などと言うのはかまわないが、医療政策・医療倫理の専門研究者がブログでこういうことを書くのはどうかと思う。
私はロックトインの状態を「地獄ではないでしょうか」と書いただけで、これだけの非難を受けた。
絶対にありえないことだが、仮に私が「尊厳死反対派の人は頭が悪い」とか「あほ」などとブログで書こうものなら、たちまちブログは炎上するだろう。
しかし、ajisunさんのブログは尊厳死協会のことを「あほ」とか「頭が悪い」と書いているが、炎上していない。
これはどういうことだろう。
やはり、議論をする上で、相手の立場をたとえ表面上だけでも尊重する態度は大切である。Tai-chan先生が言われるように、紳士・淑女でありたい。
正直言って、今はALSについて言及したことを後悔している。しかし、尊厳死の問題は、ALSに限ったことではない。
私は今日も朝から出勤するやいなや、肺癌の末期患者から「苦しい。なんとかしてくれ」と訴えられ、気管切開された重症肺炎の患者からは「死にたい、死にたい」と紙に書いて見せられた。私に何ができるというのだ。
その患者は、療養型病棟にいる。療養型病棟は包括医療なので、薬を使えば病院の持ち出しになる。薬価の安い抗生剤を使っていたが、肺炎が悪化したため高価な抗生剤に変えた。こういうことをしていると経営は悪化する。医師は治療をしなければ罪悪感に苛まれる。しかし、治療すれば経営は悪化する。ジレンマだ。厚生労働省は高齢者の医療費を包括にして、こういう責任を医師にすべて押し付けようとしている。
患者たちの話をゆっくり聞いてあげる間もなく、外来の開始時間になる。予約がみっちり入っているのに、飛び入りが、しかも説明に時間のかかる飛び入りが予約の人数と同じくらい来る。外来がやっと終わると今度は救急車が入り、その対応に追われる。
患者達一人一人の心の声に耳を傾ける時間もない。
そんな日々である。
こんなことは尊厳死反対派の人たちには関係ない話でしょうけれど。
最近、ブログを書くために、日常生活が侵されかけているので、しばらく休もうかなあ、などとも考える。
しかし、今日、高校時代の同級生から、嬉しいメールが届いた。
自分の住む地域の図書館に「天国へのビザ」を申請して置いてもらったと。
彼とは高校時代同じクラスだったが喋ったことはなかった。同窓会で20年ぶりに会い、私の本を買ってくれた。
「多くの人に読んでもらえるといいですね」
こちらから、図書館に申請してと頼んだわけでもないのに、本当に嬉しい。
それに、応援してくれるブロガー達もいる。
やっぱり、頑張ろう。
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dojinさんから再びトラックバックをいただきました。http://d.hatena.ne.jp/dojin/20070326#p3
この方は、前々回のブログ批判のエントリーで取り上げた、過剰で貧困な想像力という記事をトラックバックしてくださった方です。
正直、私は最初にこの方からトラックバックをいただいたとき、なぜ自分がこんなに非難されなければならないのか、全く分かりませんでした。でも、今回のTBで理解できました。
TBによると、dojinさんのご友人のajisunさんという方のお母さんは、ALSで、今まさにロックトインの状態との事。
それで、私が筒井康隆の架空の物語をロックトインの状態に喩え、「地獄ではないでしょうか」と赤字でしかも太線で書いた、そのことに対し、無神経で思慮が欠けた表現と感じ、憤慨されたようなのです。
実はdojinさんは、ご友人想いのやさしい心の持ち主だったのです。そのご友人の心情を思いやる気持ちが、私への怒りとなった、ということなのですね。
ロックトインの現状にいる患者家族の気持ちを考える配慮に欠けていたということが、「貧困」で「軽率」で「安易」ということだったのですね。
浅はかにも今、やっとわかりました。
私はajisunさんとdojinさんに不快な思いをさせてしまったことを謝罪しなければなりません。配慮に欠けていたと言われても仕方がないです。
dojinさんは「地獄ではないでしょうか」という言葉はことりさんが弁解するような中立的な「問いかけ」ではない。権威ある専門家である医師という立場から発せられた一つの断定であり、結論である。
と、書いていました。しかし、これは私なりの結論とはいえますが、断定とはいえないと断言できます。もしも「地獄です」と書いたら、それは断定ですが、私は「です」という言葉は使わず、「ではないでしょうか」と書きました。これは断定ですか?どう考えても問いかけではないですか。
まあ、こんな言葉尻を捕らえて揚げ足を取り合っても仕方がないことですが。
dojinさんはことりさんは個人的な死生観が、安易に一般化されて、それが公共政策として成立してしまうことの危険性に対してナイーブすぎる。とも書いていましたが、私は、自分が自分の死生観をブログで語ったところで、それが公共政策として成立させてしまう力があるとは、全く思いません。それは、dojinさんの私への過大評価に他なりません。そんな風に過大評価していただけるのは有難いことかもしれませんが、本を出版したといっても自費出版の本で、市場ではほとんど売れていませんので、どうかご心配なく。売れ行きが悪ければどうせ半年後には絶版になる本ですから。dojinさんのご心配は杞憂というものです。
それに、そんなことを言い出したら、誰も自分の意見や考えを言えなくなってしまうのではないですか?
誤解があるといけないので申し上げますと、私は尊厳死を皆に勧めようという意図で小説を描いたのではありません。あとがきにも書きましたが、お年寄りでさえも「自分の死をどう迎えたいか」について明確な意思表示を持ち、事前に家族とそのような話し合いをしている人があまりに少ないと感じるため、少なくともある程度の年齢になったら自分がどういう最期をとげたいかということを自分自身で前もって考えて欲しい、そういう想いで描いたものです。だから、自分はとことん延命して欲しいという人がいても、結構なんです。でも、「尊厳死したい」という人が「したくない」という人たちに合わせないといけない現在の状況には疑問を感じます。
ajisunさんの日記も読ませていただきました。涙が出ました。当事者にとっては本当に辛い事だと思います。
私はこれまで、自分だったらという仮定で意見を言ってきました。しかし、これが自分の親だったら、と言うと、少し考えが違ってくるかも知れません。
もし、自分の親がALSだったら、私ならば、ロックトインになる可能性を辛いけれど親に話します。その上で、親にどうしたいかを聞きます。親は人工呼吸器をつけないで欲しいと言うかも知れません。人工呼吸器をつければもっと生きられるのに、人工呼吸器をつけない選択をするということは、家族にとっては本当に辛いことです。
もしも人工呼吸器をつけ、ロックトインになる可能性を本人に告げることなく、本人の意図を事前に確認することなく、ロックトインの状態に突入してしまった場合、ご家族のご心痛は察するに余りあります。
ajisunさんの置かれている状況はまさにそうなのでしょう。
ajisunさんは、悩み苦しんでいらっしゃる。それはロックトインになったお母さんがどんな気持ちでいるか分からないからですね。ajisunがお母さん想いのやさしい方だからこそ、悩み苦しまれるのです。
ajisunさんは、お母さんはきっと生きていたいと思っているはずだと、そう思おうとしていらっしゃる。そこへ、ロックトインの状態を「地獄」と表現しているブログを目にした。
当事者の気持ちも知らないで、勝手な想像をするな!!
と思われた。そうなのですね。
お怒りはよく解ります。もしも私が医師という職業についていなくて、ajisunさんと同じ状況だったら、同じように思うかもしれません。
しかし、こう言うのは本当に過酷なのですが、それは現実から逃避していることにはなりませんか。
お母さんの気持ちは誰にもわかりません。「生きていたい、生かせてくれてありがとう」と、ajisunさんに感謝しているかもしれません。ajisunさんはきっとそう思いたいのでしょう。それはよくわかります。
しかし、「もう嫌だ、死なせて欲しい」と思っているのかも知れないのです。お母さんが今の状態を地獄だと思って生きているのなら、そう想像しただけで、ajisunさんの胸は張り裂けそうになったかもしれません。
私はajisunさんや、また同じ状況に置かれている人達に対し、本当に残酷なことを言っています。それはよくわかっています。
しかし、現実から逃げないでしっかりと見据える事も大切ではないでしょうか。
医者は、時には癌の患者さんに告知をしなければなりません。
昔は治る見込みがなければ本人に告知することなど考えられませんでした。しかし、ここ10年くらいでその傾向は変化し、今ではほとんどの場合、本人に告知をするようになってきました。
患者さんに癌だと告げるなど、本当に嫌な役回りです。
しかし、本人も家族も真実を知る権利があるのです。
たとえ医者が真実を言っても、患者さんの中には自分が期待するような回答が出ないと、医者を逆恨みする方もいます。ajisunさんがそうと言っているわけではありませんが。
いずれにせよ、ajisunさんの気持ちを深く傷つけてしまったことを、私はお詫びしなければいけrません。
しかし、これまでに述べた自分の考えが間違っているとは思いません。
dojinさんは私はことりさんとの議論の仕方を間違えた。トラックバックももらえなかったし(泣)、もう修正不可能だろう。大変残念であるが、自業自得である。と書いておられました。
確かに、いきなりああいう挑発的な書き方をされると、議論する気にはなれませんでした。でも、修復は可能です。もちろん名誉毀損なんて冗談で書いたことです。
お互いに少し理解しあえてような気持ちがして、嬉しいです。dojinさん、ajisunさんのことについて教えていただき、ありがとうございました。
でも、ajisunさんは私のことを、もはや許してはくれないでしょうか・・・
天国へのビザ の中の後編は、アルツハイマーの母親の死にまつわる娘の心の葛藤を描いたものです。私は、勝手ながらajisunさんの姿をこの主人公に重ねてしまいました。
しかし、ほとんど売れていませんので、このままだと間違いなく絶版です(泣)。だから、私がこのブログで書いていることの社会的影響なんて、本当に心配ご無用ですよ
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