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2007.03.26 01:30 |  診療  |  医療制度 / 行政  |  仕事 / 職場  |  春野ことり  | 推薦数 : 5

尊厳死反対の方たちへ

前回、ブログ批判という記事を書きました。それは「批判」というよりは、「誹謗中傷」と言っていいものでした。誹謗中傷に当たる箇所は「過剰で貧困」、「安易」、「無知」、「軽率」などです。私はこのブログ主を特定して名誉毀損で訴えることもできる(?)のでしょうか。今度、知り合いの弁護士に聞いてみます。なーんて、考えてませんけど。

私はこの方からトラックバックを頂いてから、あえて2週間ほど間をあけて自分の記事で取り上げました。すると、24時間以内に、「尊厳死に反対する立場」の他の方からそれに反応するブログ記事のトラックバックとコメントが届きました。この前トラックバックを頂いた方のブログ仲間(?)のようです。(違っていたらごめんなさいね)。ということは、この方は2週間ほど、私のブログをこまめにチェックしてくれていたということでしょうか。それならば嬉しいです。

この方は、前回の方と違い、私を誹謗中傷するような言葉は用いず、「ことりさんという方の善意も疑う余地がない」と書いてくださいました。「だからこそこの問題は根が深い」とも

そして、賛成派に向けて共感を求めるだけでなく、尊厳死法制化に反対する言説のどこがおかしいのか、それこそ臆することなく批判して欲しい

とのコメントをいただきました。

そのブログ記事はこちらです。

http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20070325/p1

まず冒頭に、私のブログを偶然見つけてしまい、大変ショックを受けて哀しい気持ちになった。と書いてありました。

私は自分の書いた記事が読んだ人にショックを与えて悲しい気持ちにさせるとは思いもしなかったので、これを読んで、同じように大変ショックを受け、哀しい気持ちになりました。

モジモジさんはロックトイン(ロックトインとは、随意で動かせる身体部位が皆無になることで、外部とのコミュニケーションが一切とれなくなってしまうような状態のことしたら死にたいと思っていた人が、ロックトインした段階で「やっぱり嫌だ」と思い直すことは、十分ありえる話なのだ。もちろん、生きたいと思っていた人が「やっぱり死にたい」と思い直すこともあるだろう。しかし、いずれにせよ、事前の意思表明はあてにならない、ということは動かない。と、書いています。

確かにそうですね。人間の気持ちが時間を経ることによって変わることは当然あります。死にたいと言って自殺しようとした人が誰かに命を助けられ、その後何年か経って「あの時命を助けてもらって本当によかった。」と思うことはよくあることでしょう。誰も「死にたいやつは死なせておけ」なんていうことは考えません。事前の意思表示はあてにならない、ということはわかります。

しかし、私がALSだったらという仮定で想像力を働かせると、私だったらロックトインの状態で「まだ生きたい。どうか人工呼吸器を絶対に離さないで!」と思うことは、あり得ないと思います。だから、自分の場合は、事前の意思表示を尊重していただきたいです。モジモジさんはご自分がこの状態になっても「まだ生きたい」と思う可能性があるとお考えでしょうか。

1万人に一人くらい、と書くと、またフィールドワークもなく勝手な想像をしてと言われそうなので、百歩譲って百人に一人くらいそう思う人がいたとします。しかし、ロックトインの状態では「意思が変化した」ということを伝えることはできません。意思が伝えられないのであれば、どうしようもないです。意思を伝える手段を持っていた時点での意思が尊重されるでしょう。

モジモジさんのご意見は、ロックトインになる前に「ロックトインになったら人工呼吸器をはずして欲しい」と意思表示していた人たちも、もしかしたら「やっぱり死ぬのは嫌だ」というように思い直しているかもしれない。だから、すべての人がロックトインの状態になったときに、人工呼吸器をはずしてはいけないということなのでしょうか。では、「ロックトインになったら死にたい」という意思が変わっていなかった場合、その人の人権は無視されることにならないのでしょうか?お答えいただけるとありがたいです。

 

  以下に、共同通信の記事を引用します。筒井康隆のショートショートの引用は確かに想像でしかありません。しかしこの現実にあった事例について、モジモジさんがどういうご感想を持たれるのか、ぜひ聞かせていただきたいです。

 

『間に合わなかった。もっと早く話していれば...。北里大東病院(神奈川県相模原市)の荻野美恵子(おぎの・みえこ)医師(46)は、あの事件の前に、彼に伝えたかった言葉がある。

 *   *   * 

 2001年秋、神経内科外来の一室。中村久志(なかむら・ひさし)さん(仮名)は、病気が進行し、ほとんど動かせなくなった大柄な体をベッドに横たえ、思い詰めた顔で荻野医師に切り出した。首にあけた穴から人工呼吸器のチューブが伸びていた。

 「今からでも呼吸器を外したい」

 バス運転手だった久志さんを異変が襲ったのは前年、36歳の時。息苦しさが募り、別の大学病院で01年春に筋委縮性側索硬化症(ALS)と診断され、すぐに呼吸器をつけた。「つければ生きられる」と説明されたからだ。

 ALSは全身の筋肉が動かなくなる難病だ。機械で呼吸はできても、いずれは目の動きまで止まり、意思疎通もできなくなるかもしれない。

 初対面の荻野医師に、久志さんは前の病院への不満や病気の恐怖を訴えた。ほおを伝う涙を、手足を動かせない息子に代わり母の泰子(やすこ)さん(62)=仮名=がぬぐった。

 荻野医師は何度も言い聞かせた。不自由な体でも前向きに生きる患者はたくさんいること。呼吸器を外せば外した人が殺人罪に問われかねないこと。「病気を嘆くより、生きることを考えよう」

 自宅で泰子さんの介護を受け、3カ月おきにショートステイ(短期入院)する生活が落ち着くと、久志さんは気力を取り戻した。パソコンを口で操作して友人とメールを交換。泰子さんらと温泉旅行にも行った。

 しかし、04年春には指も口もまったく動かなくなり、パソコンの楽しみも奪われた。「死にたい。呼吸器を外して」。残された目の動きで文字盤の文字を示し、再び訴えるようになった。

 泰子さんは診察のたび、荻野医師に手紙を渡した。「『おふくろ、もう限界だよ』と涙をぽろぽろ流します。私が連れていくしかないのでしょうか」。文面は深刻さを増していた。

 荻野医師は2人を励ます一方、胸の中である考えを温めていた。患者は呼吸器をつけるかどうか選択できても、外す選択はできない。だが「治療の自己決定権」を根拠に、彼が主治医の私に取り外しを求める訴訟を起こしてはどうか—。

 次の入院を9月1日に控えた8月半ば。荻野医師は「入院したらゆっくり話そう」と久志さんに声を掛けた。裁判になれば病院を去ることになるかも。それでも、一緒に頑張ろうと決めた。

 8月26日夜。泰子さんは自宅で久志さんの呼吸器を止め、包丁で自分の手首を切った。翌朝、荻野医師の携帯電話が鳴った。当直医からの緊急連絡。「久志さんが亡くなりました」

 「何で!」。全身の力が抜けた。自分にも3人の娘がいる。母が子の命を絶つなんて。「お母さんにやらせてしまった」。一命を取り留めた泰子さんは7日後、殺人容疑で逮捕された。

 *   *   * 

 人工呼吸器をつけて命をつなぐか、遠くない死を選ぶか-。家族の重い介護負担を案じ、呼吸器をつけないALS患者は多い。全身の機能を奪われる絶望に、一度つけた呼吸器を外してほしいと訴える人も。日本での装着率は約2割。厳しい選択を迫られる患者たちの声に耳を傾けた。

 

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