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3月7日中日新聞 朝刊の記事 です
尊厳死の法制化を目指す日本尊厳死協会(理事長・井形昭弘名古屋学芸大学長)東海支部の研究班は、延命措置を止める際の医学的判断基準を盛り込んだ試案をまとめた。複数の医者の意見一致など3条件を前提に、がん、筋委縮性側索硬化症(ALS)、高齢者、救急医療などの病態ごとに、「不治」「末期」の状態を定義付けしたうえで、それぞれの中止条件を示した。
同支部は10日の常任理事会で承認が得られれば、試案を終末期医療の指針づくりを進める厚生労働省に文書で提出する方針。これを題材に法制化議論の活発化を期待しているが、意識が鮮明なまま全身が動かなくなるALS患者についても中止条件を定めたことで、安易に死が選択されかねず、議論を呼びそうだ。
試案ではまず「尊厳死」を「自らの傷病が不治かつ末期に至った時、健全な判断の下での自己決定により、いたずらに死期を引き延ばす延命措置を断り、自然死を受け入れる死に方」と定義。一般的な延命措置の不開始・中止の条件として(1)患者本人の意思表示がある(2)複数の医師の意見一致(3)尊厳ある生の確保と苦痛の除去が目的-とした。
さらに、がん、呼吸不全、心不全、腎不全、持続的植物状態、ALS、高齢者(脳血管障害など)、救急医療などに分けて「不治」「末期」の状態を定義した。
例えば、がんの場合は「化学療法や放射線療法などの効果が全くなく、腫瘍(しゅよう)の増大に歯止めがかからない」を不治、「苦痛を和らげるための処置が中心」を末期と設定。そのうえで、薬剤投与で有害な反応だけが明らかになった場合などを延命措置中止の条件に挙げた。
ただALSの場合は、現時点で根本的な治療法がないため診断時点では不治としたが、末期についてはさまざまな見解があることから「患者自身が判断すべき問題」として定義を回避した。中止の条件については「自発呼吸がゼロと判明すれば人工呼吸器の取り外しが容認される」とした。
以上
疾患ごとに延命の中止条件を定義付けたのは、画期的だと思います。
特にALS(筋萎縮性側索硬化症)について紙面で強調してあるので、一般の方のために解説したいと思います。
ALSというのは、大変恐ろしい病気です。
少しずつ筋肉が動かなくなっていき、次第に寝たきりになり、最後には呼吸も出来なくなります。ついには、眼球さえ動かせなくなります。しかし、意識は最後までしっかり保たれる、というのが特に恐ろしいのです。
研修医の時、大学病院にALSの患者さんが長期入院していらっしゃいました。私は主治医ではなかったのですが、点滴当番の時に病室を訪れると、人が来てくれた事が嬉しいようで、いつもニコニコしていらっしゃったのが印象的でした。その方もやがて呼吸ができなくなると、人工呼吸器をつけられました。人工呼吸器をつけていても、部屋を訪れると、嬉しそうにいつも微笑んでいらっしゃいました。しかし、やがて微笑むこともできなくなり、その後は部屋を訪れても、目を開けることもなく、話しかけても何の反応もない、外から見たら植物状態と全く変わらない状態となりました。しかし、ALSの場合は植物状態とは異なり、身体を動かすことが出来ないだけで、意識ははっきりしているのです。
自分だったら、気が狂うのではないかと思います。
しかし、この状態になってしまうと、気が狂っても、気が狂っていることを表現する術もないのです。
早く死なせて欲しい、そう思ってもそれを伝えることもできません。
地獄ではないでしょうか。
人工呼吸器をつけても、目を開けてニコニコしていられる間はいいと思います。しかし今の段階では一度つけた人工呼吸器を外せないので、目を開けて外界と接することができなくなっても、人工呼吸器はつけられたままです。
本人が「もう嫌だ!死なせて欲しい!」と、心の中で泣き叫んでいたとしても、誰にも聞き入れてはもらえません。
その患者さんはしばらくして、亡くなりました。
最期にどういう気持ちで亡くなって行ったのか、ご本人以外の誰にもわかりません。
さて、もしあなたがこの病気になったら、どうして欲しいですか?
この中止条件が定められたら、記事にあるように「安易に死が選択されかねない」ということになるのでしょうか?
高校生のときに読んだ筒井康隆のショートショートをふと思い出し、実家の本棚を探してみたら、見つけることが出来ました。
ウィークエンドシャッフルという文庫本の中にあった「生きている脳」というお話です。
病で死にかけているお金持ちの患者が、生き続けることを希望しました。医師は脳だけを取り出して培養液につけて保存しておく方法を提案しました。
「そのうちに脳の意志で操作できるマジックハンドも開発されるし、人工の発声器官もできる。視神経にレンズのついた電子光学的装置を取り付けることもできる。理論的には何百年も生きられる」という医師の甘い言葉に誘われて、同意した彼。
(以下、本文より抜粋)
麻酔が切れた後、激痛が襲った。すべての末梢神経を切断されたその痛みは、およそ今まで彼が経験したこともない激しい痛みだった。・・・(中略)・・・悲鳴をあげようにも発声器官はなかった。この世のものとも思えぬその苦しみを他人に伝える手段はひとつもなかった。彼はただ、痛みを感じ続ける存在でしかなかった。外見上、彼は培養液の中でのんびりと、安楽そうに、ひっそり静かに浸り続けている一つの脳である。
だがその脳が今、どのような苦しみを味わっているか、見る者にさえわからないのだ。
死んだほうがマシだ、と彼は思った。誰か私を殺してくれ、この培養槽をぶち壊してくれ。・・・だがその願いは誰にも届かない。今の彼には自殺の自由さえない。絶叫もできず、泣くこともできないまま、彼は苦しみ続ける。
いつまで続くのか。いつになったら終わるのか。
気の狂いそうな激痛の中で、彼はぼんやりと、医者の言葉を繰り返し、繰り返し思い出していた。
「理論的には何百年も」
「理論的には何百年も」
ALSの最期の状況に通じるものがありませんか。
同意してくださる方は推薦ボタンを押してみてください。
それでも人工呼吸器を外すことは殺人だからしてはいけないとおっしゃる方は、ぜひ天国へのビザを読んでみてください。