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最近、天国へのビザを読んでくださった方々から、続々と感想のお手紙やメールをいただき、お返事を書くのに忙しいです。有り難く、嬉しいことです。
先日、たける先生から、周産期終末期医療についての記事のトラックバックをいただきました。助かる見込みのない赤ちゃんに対する延命治療、難しい問題ですね。やはり、ケースごとによーく話し合って決めていくしかないのでは。
ところで、天国へのビザを読んでくれた大学時代の同級生(小児科医)から、お手紙をいただきました。その中に、小児の終末期医療について彼女の意見が書かれていましたので、本人の了承を得た上でご紹介します。
人の生死にガイドラインはなく、個々に異なっていて当然と思うのですが、医療側が臆病になりすぎている気がします。
小児科の立場でも、多くの死を目にしてきましたが、その都度思うことは、患児が人工呼吸器につながれ、死を待つこの時間は、家族、とくに両親がこの現状を受け入れるための時間なのだということです。
本人は苦しくて、決して望んでいないと思うのですが、患児を取り巻く周囲の人々は、1分でも1秒でもそばにいてほしいと強く望んでいます。しかし、1日、3日、1週間と、患児の苦しみを目にしていくと、「よくがんばった。もう頑張らなくてもいいよ。」と、その感情が変わっていくことがあります。そのために、患児は苦しいけれど、家族の受け入れのために、頑張ってくれているのだと思うのです。
老人の死と小児の死は大きく異なりますね。
というものです。
老人の死と小児の死はまったく次元が違いますね。
小児の死を目の当たりにするのは、医療者にとっても本当に辛いことと思います。本当に小児科の先生たちは大変だと思います。
最近は、老人の死さえ受け入れられない家族がいるのに、ましてや、かわいい我が子の死をすんなりと受け入れられる親がどこにいるでしょうか。その死が突然であればあるほど、大切な人であればあるほど、家族には受け入れがたいことです。
90歳の老人でも、家族から「できるだけのことをして、とにかく1日でも長く生かせて欲しい」と頼まれることがあります。本人は、それを本当に望んでいるでしょうか?しかし、私たちの立場では、家族からそう言われたら、言うとおりにせざるを得ません。
まして、小児なら尚更です。
しかし、終末期の延命治療が本人にとって辛く苦しいのは、老人でも、若者でも、小児でも、赤ちゃんでも、同じだと思うのです。
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