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2007.01.05 14:14 |  診療  |  仕事 / 職場  |  その他(医療関連)  |  春野ことり  | 推薦数 : 3

蘇生

年末、iPodに入れたミスチルのベストアルバムを聞きながら、大掃除(というか、いつもの掃除に少し毛の生えた掃除)をしていました。

その中に、私の好きな歌で蘇生という歌が入っていました。

  何度でも何度でも僕は生まれ変わっていける~

という希望的な歌で、蘇生=生まれ変わること という解釈で歌詞に使われているようですが、医学的には、蘇生をしても生まれ変わることはありませんうまくいって蘇生前と同等、最悪の場合、植物状態です。

蘇生して、すっかり健康な体になってくれればいいのですが・・・。

 今のご時世では考えられないのですが、研修医の1年目の時、関連病院の当直のバイトに行かされました。夜中に透析患者が心不全になってやってきました。救急車で来院するやいなや、私の目の前で呼吸が止まりました。看護婦さんがすかさず、挿管セットを私の目の前に突きつけました。

私は心臓バクバク、足はガクガクでしたが、挿管は成功し、その患者さんは息を吹き返しました。これが、私の初めての蘇生の成功例です。

1週間後に、またその病院へバイトに行き、そーっと病室を覗いてみると、その患者さんは何事もなかったかのように、ベッドに座っていました。私は「やったー!」と、自分の手で人の命を助けた喜びに勝手に浸りました。しかし、今思うと、その患者さんは蘇生しても、透析を続けていかなければならないことに変わりなく、患者さん自身も息を吹き返してよかったと思っていたのかどうか、本人に聞いてみないとわかりません。もしかしたら、あの時死んでしまえばよかったと思われていたのかも知れません。

蘇生しても医者の自己満足だけに終わることも、結構あるように思います。

 

92歳の老人(認知症もなく、大変しっかりした方です)が骨折で入院していました。夜中に痰がつまって窒息し、当直医は慌てて挿管して人工呼吸器をつけました。その老人は元々肺結核の後遺症で片肺を手術されており、呼吸機能は低下していました。人工呼吸器からの離脱を何度か試みましたが、すぐに低酸素血症となり、離脱は不可能と思われました。約半年間、老人は人工呼吸器をつけられていました。意識はずっとはっきりしていました。「こんな状態なら死んだほうがまし。牢獄に入っているより辛い」と、いつも紙に書いていました。

本当にお気の毒に。92歳という高齢でこんな状態なんて、もし自分だったら耐えられない。と私は思っていました。

しかし、半年後、老人は人工呼吸器から離脱できたのですすごい回復力です。

復活した老人は車いすを自分で運転して、病院の廊下を走り回っていました。ただし、気管切開といって、喉に穴は開いたままです。

 ある日、私は聞きました。また痰がつまって呼吸が止まったら、人工呼吸器を希望しますか?

老人の答えは 「希望する」でした。

半年間、あんなに辛かったのに、喉元過ぎれば熱さを忘れてしまうのです。元気になった喜びのほうが強かったということでしょう。

 

しかし、老人は92歳であることに変わりありません。また肺炎になりました。抗生剤をしばらく投与すると、よくなります。が、やめるとまた熱が出る、という状態を繰り返しています。

不死身に見えた彼にも、やはり寿命はあります。いつかは終わりが来るのです。

 

いつまで戦えばいいのでしょう・・・。

終末期医療に答えなんてないのです

 

 

 

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