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2006.11.21 22:19 |  診療  |  映画 / 音楽 / 読書  |  その他(医療関連)  |  春野ことり  | 推薦数 : 0

8.訪問診療

「先生、よく来てくださいました。よろしくお願い致します。」

玄関先で、秀子は麻子を粛々と出迎えた。麻子は源次郎が過ごす奥の座敷へ通された。源次郎が座った位置から日本庭が見えるように、窓の方に向けて電動式ベッドが備えられていた。畳にベッドというのは一見不釣合いのようだが、在宅患者のお宅ではよくある組み合わせである。生活活動度の低下した患者が在宅で過ごすのに、ベッドは必需品である。元々、介護が必要になるという想定をせずに暮らしていた家に、突然介護用ベッドという代物が割り込んでくるわけであるから、アンバランスは致し方がない。しかし、これもまたおつな物であると麻子は思う。

「山脇さん、お加減はいかがですか。」

「痛いところも痒いところも無いんですが、ただ、食欲がない・・。」

源次郎の顔や身体からは、二週間前に診た時よりも確実に肉が削げていた。元々強面であったが、窪んだ眼窩や張り出した頬骨が、それを益々精悍なものにしていた。

こんな状態になると、多くの人は精神的に鬱状態になってしまうが、源次郎は気丈にも、座って出来る作業を見つけ出し、せっせと勤しんでいた。源次郎はちょうど、牛乳パックに和紙を貼り付けた、六角形の小物入れを製作中だった。秀子がきれいな和紙を色々と取り寄せているようだった。

麻子はひと通り、源次郎の診察を終えると言った。

「すごいですね。褥瘡も全然出来ていないし。奥さん、体位交換頑張ってみえますね。」

「ええ、もう夜中も二時間毎に目が覚めるように、体内時計がセットされてしまったようです。」

源次郎は少し苦笑いをしながら言った。

「私が家内を起こすこともあります。」

「まあ、いやだわ。先生にそんなこと告げ口して。」

秀子は夫を気遣い、努めて明るく振舞っていた。週一回、源次郎は入浴のために介護センターへ送迎バスで通所していたが、それ以外は秀子が二十四時間付きっ切りで介護をしていた。その疲労は計り知れないものだった。しかし、秀子はそれを臆面にも出さなかった。

「先生、こんな物を作ったので、また貰って下さい。」

源次郎はベッドの脇から、美しい和紙でできた鉛筆立てを取り出し、麻子へ差し出した。

「ありがとうございます。山脇さんはとても器用ですね。この前いただいた小物入れも、大切に使わせて頂いています。」

「まあ先生、ありがとうございます。」

 答えたのは秀子だった。

「よかったわね、お父さん。」

秀子は源次郎に呼びかけた。源次郎はそれには答えず、正面の窓の方に視線を移し、話題を変えた。

「ここからは、庭へ来る野鳥が見えるんです。色々な鳥がやってきて、面白い。」

「餌付けをしているんですよ。りんごなんかを小枝に差しておくと、野鳥がそれを食べにくるんです。何十年もここに住んでいるのに、この辺にこんなに野鳥がいるなんて、主人が家で療養するようになるまでは全然知らずにいましたわ。もっとも、鳥の名前はよく分からないのですけどね。」

秀子が朗らかに言った。源次郎が一喋ると、秀子がそれへの付け足しを十喋る。いつもそんな感じである。これは、源次郎が脳梗塞で言葉が少し話し辛くなってからの秀子の習慣なのであろうか。特に、源次郎が寝たきりになってからの秀子のお喋りには、源次郎の周囲を重たく覆う空気を少しでも明るくしようという、秀子の健気な計らいが感じられた。そして、それは、秀子自身を元気付けるためでもあった。

「そうなんですか。この辺りは環境がいいですね。」

麻子は窓の外の庭に目を遣った。緑の葉が、床屋に行きたてのようにきちんと剪定のなされた庭木に、今は野鳥の姿はなかった。それにしても、庭師の手を借りているとは言え、いつも手入れの行き届いた庭に、麻子は感心する。動けない源次郎の視界に常に入る庭だから、手が抜けないんですよと、以前、秀子は笑いながら言っていた。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4862230962/ref=sr_11_1/249-4503063-7813949?ie=UTF8

http://www.tokyotosho.co.jp/info/bun/s28.html

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2006.11.21 04:53 |  診療  |  映画 / 音楽 / 読書  |  その他(医療関連)  |  春野ことり  | 推薦数 : 1

7.訪問診療の患者

源次郎は麻子が研修医のときからずっと診ている患者である。元来、糖尿病を患っていた源次郎だが、脳梗塞で半身麻痺を来たした際、大学病院へ入院した。このとき主治医になったのが麻子だった。努力家であった源次郎は、熱心にリハビリを行い、ほとんど麻痺が残らないまでに改善した。その後、麻子が公立総合病院へ赴任すると、源次郎はそれに付いてきて、麻子の外来へ掛かり続けた。麻子は源次郎の血糖値を適正にコントロールするために、外来で採血などの検査を行い、薬を調節した。そんな折、自覚症状は何もなかったが、麻子が一度腹部の検査もやっておきましょうと、腹部のエコーを勧めたところ、その検査でたまたま腎臓癌がみつかった。源次郎は総合病院の泌尿器科へ入院し、手術を受けた。気付かずにいれば手遅れになるところだった。

癌が見つかったことは偶然以外のなにものでもなかったのだが、源次郎は必要以上に麻子に感謝の意を表わした。麻子が今の病院へ移ると、源次郎もまた麻子について病院を変えた。総合病院と今の病院は比較的近かったため、麻子について来た患者は他にも少なからずいた。しかし、研修医時代からずっと関わっている患者は、源次郎ただ一人だった。自分を慕って付いてきてくれる患者がいることは、医者冥利につきた。

脳血栓と腎臓癌を克服した源次郎であったが、どういう理由か、病魔は彼に安息を与えなかった。今の病院へ変わってから間もなく、源次郎の両足の感覚は麻痺し始め、次第に歩けなくなった。脊髄に腫瘍が出来たのだった。それは良性のものか悪性のものか、皆目わからなかった。脊髄という場所では組織を取って調べることも出来ず、そのまま様子を見るしかなかった。МRI画像で脊髄の中に浮かび上がる、三×一㎝の小さな出来物の存在が、源次郎の脳から下半身への指令や、下半身から脳へ感覚を伝えるその流れを、完全に遮断してしまったのだった。もはや、源次郎は自分の意志で下肢を動かすことは出来ず、腰から下の部分に関しては、痛みや触覚さえ感じることはなくなった。便意も尿意もなくなったため、源次郎はオムツをあてがわなければならなかった。それら排泄物は、自分の関与しないところで勝手に出ているのだった。気位の高い源次郎にとって、それはどんなに辛い仕打ちだっただろう。

歩けなくなってからは入院していた源次郎だが、症状が固定すると、退院して在宅療養することを望んだ。このような患者が在宅で過ごすには、家族の献身的な協力が不可欠だ。自分で身体の向きを変えられない源次郎は、誰かが二時間毎に身体の向きを少しずつ変えてあげないといけないのだ。それ以上同じ姿勢で動かずにいると、たちまち褥瘡(床ずれ)ができてしまうからだ。

源次郎の妻、秀子は献身的な女性だった。源次郎が自宅へ帰って療養すると言えば、それはもう山脇家の決定事項となった。

麻子は、最近になって、どんな妻を持つかもその人の人格の一部であると思うようになった。それまで一家の大黒柱であった夫が、介護が必要な状態になったときこそ、妻の本性が出る。献身的に介護する妻もいれば、夫を施設や病院へ放り込んで、世話は他人任せという妻もいる。言葉が上手く話すことができなくなった夫を、人前でけなす妻もいる。それは、今まで家庭を顧みなかった夫への恨み辛みの結果かも知れないし、もし夫に全く非が無ければ、そんな妻を娶ったという事は、人を見る目がなかったと言うしかない。

秀子は源次郎の前で、決して愚痴をこぼすことなどない、貞淑な妻だった。それは、源次郎が妻の尊敬と愛情を受けるにふさわしい男性であることと、秀子の人格がすばらしいことと、二つの要素により成立していると麻子は思った。

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