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「先生!」
床上の彼女はうつろだった瞳をぱっと開いて、叫んだ。
「しばらく側にいて。寂しいから」
老女の乾いた口から発せられる言葉は、ねっとりと湿り気を帯びていた。
彼女がもっと元気だったころ、頻繁に見舞いに来て車椅子を押していた娘さんは、いよいよ母親が末期の床に伏せると何故か病院への足が遠のいた。回診に行っても娘の姿を見かけることはない。
「そばにいて」
老婆は看護師や介護スタッフに懇願する。しかし、スタッフには彼女に付き添ってあげる時間的な余裕がない。
ある年配の看護師が娘さんに「側にいてあげるとご本人も落ち着かれるようなので、なるべくついていてあげてください」と言ったのだそうだ。すると娘は「付き添いはできません」ときっぱりと答えたそうだ。
「痛くはない?苦しくはない?」
「痛くもないし、苦しくもない」
誰が持ってきたのか、病室には美しい花が飾ってあった。しかし、老女の視界には入らない。横を向くことさえしんどい。
壁にかけられた青い麻のジャケットは、もうすぐ主人を失うことを知っているだろうか。入院するときに着てきたジャケットに、彼女が袖を通すことは二度とない。
「あの人は口調がきついの」以前は病室を訪れると、よくスタッフの態度をこぼしていたが、いよいよそれもなくなった。
もうひと月以上、食事を口にしていない。抹消からの点滴が命綱。
痛みは麻薬の貼付製剤でコントロールされ、表情から苦痛は感じ取れない。
「足の浮腫みが退きましたね」
「そう?」
腹水でパンパンになったお腹がじゃまして、自分の足を見ることはできない。
「でも、もうだめだわ」
絶望とは程遠い穏やかな顔で言う。
「もうだめだと思うの?」
「そう」
そのとき、病室の窓からふわりと心地よい風が吹き込んだ。
「窓からいい風が入ってきますね」
「ええ、本当に」
老女の手首の脈を取った。何日後かはわからないが、近いうちにこの脈は打つことをやめる。その時が来るまで、心臓は全身に血液を送り続ける。懸命に。
「気持ちいい風ね」
風が気持ちいいと、末期の床で彼女は言った。その脈を取りながら、しばしの間、共に風を感じた。
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点滴作り置き事件について医師ブログとして言及しなければいけないと思う。
最初にこのニュースを聞いたときは、いったい何があったのか?と思ったのだが、だんだん真相が見えてきた。
点滴を作り置きして、余った点滴を翌日に回して使っていた。しかも常温で保存。土曜日に作った点滴を月曜日に使っていたという。それが真実であれば許されないことだ。
この問題に関しては、Dr.Iさまが口火を切っている。
私はこの院長を擁護しようという気は全く起こらない。
院長は「点滴の作り置きをするなと言ったが徹底できなかった」と話しているようだが、看護師が勝手にやったことだと言いたいのだろうか。知っていて黙認していたのであれば、その責任は重大である。厳しく追及するべきだと思う。
こういう事件は真面目に診療している医療機関にとって非常に迷惑である。
点滴をした患者がその後に気分が悪くなるということは実際に経験することだが、そのとき患者から「作り置きした点滴を打たれたんじゃないか?」という疑いの目で見られることは免れないであろう。
私は第3次試案に反対の表明をしているのだが、こういうケースまで免責にしろといっているわけではない。
akagama先生のところに、拙ブログにもいつもコメントをくださる鶴亀松五郎先生から紹介のイギリスでのガイドラインが載っているので、ここでも紹介したい。
英国の予期せぬ診療関連死への警察介入ガイドライン
診療中の「予期せぬ死亡」と「重大な障害」に関して警察介入のイギリス厚生省ガイドライン(2006年作成)
Guidelines for the NHS - Investigating patient safety incidents involving unexpected death or serious untoward harm
公式の医慮安全報告機関にあった医療機関からのリポートのうち、予期せぬ死亡による診療関連死あるいは予期せぬ重大な障害があった場合、(1)故意に患者に有害事象(死亡)を起こそうとした、(2)故意に患者の体に重大な障害を起こそうとした、(3)故意に安全な診療手技に従わずに無謀な治療をした、のいずれか3通りが強く疑われる場合は第三者の医療機関の代表と、公的な医療安全専門機関、警察の第三者が集まる調査チームが症例ごとに作られる。
ただし、はじめから警察が介入して証拠部件を全て押収することはない。
この場合も第三者の医療機関代表、医療安全の専門機関、警察の3者合同で症例ごとに調査委員会を開き、解剖の結果や、カルテ(医療記録)、を基に故意または悪意による診療関連死かどうかを判定していく。
その結果、故意あるいは悪意である証拠があれば、警察の介入が起きる。
故意または悪意であると疑われても、調査の結果、そうでない診療関連死と判明すれば、警察が手を引く。
イギリスでは、第三者の医療機関の臨床の専門医と公的な医療安全の専門機関、と警察が、全ての資料を共有して合同で議論して、事件性があれば警察の介入となる。
解剖も全例行われ、この結果もチーム内で共有される。
つまり、医療従事者側にも、患者側にも公平で公正な方法を取っている。
WHOの医療安全の部局も、イギリスのやり方が良いと認識している(その後の、WHOの医療安全フォーラムでモデルのシステムとして紹介されている)。
日本の異常点を指摘すると。
日本の場合は、(1)はじめから警察が介入し、証拠物件を全て押収し、(2)警察(検察)の知り合いの医者にだけ意見を聞き、(3)検察独自で臨床の現場からかけ離れた診断基準で診療関連死が刑罰相当かを決める。
結論:
日本のようなやり方は、イギリスでも欧米でも間違った方式とされており、日本のような方式は先進国では異常である。
---------------------------------------
院長が「作り置き」を黙認していたのであれば、(3)故意に安全な診療手技に従わずに無謀な治療をした
に相当するのだろう。そうであれば警察が介入するべきである。
この事件では点滴作り置き以外にも、なぜメチコバールとノイロトロピンの入った点滴を1日百人もの患者に?
という疑問が浮かぶ。(報道が真実であれば)
Dr.Iさまがご指摘のように、薄利多売で、たくさん点滴をしないと利益がでないような診療報酬にも問題があるのかも知れない。それにしてもこの院長に私は同情できない。
また、点滴が大好きな患者さんがいるのも事実である。
恵比寿ガーデンプレイスには、↓こんな点滴専門店があるらしい。ぶったまげてしまう。
日々真面目に医療を行っている者にとっては、腹立たしい限りである。
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生まれて初めて、「女性自身」を買いました。
6月24日号です!!
シリーズ人間 p.76-82
福島県立大野病院事件が取り上げられています。
産科医療のこれから↓に、記事の全文が載っていますが( 注:削除されたようです 6/13)
ぜひ、買いましょう。そして、このページに付箋を貼って、病院やクリニックの待合室に置きましょう!
都会の産科医さまより、コメント
雑誌掲載記事の量が膨大ですので、
買うだけではどの記事が良かったかのフィードバックに
ならないそうです。
ですから、できればきちんと感想を送る、メールする等の処置も必要なようですので、よろしくお願いいたしますね。
女性自身
2008年6月24日号
2006年2月、福島県立大野病院の産婦人科医加藤克彦医師(40)が、帝王切開手術で患者女性が出血死した件で逮捕された。『医療ミス』が原因と疑われた事件だったが全国の医師は『医師側に落度はない』と、抗議の声明を次々に発表。また逮捕後、産婦人科を廃止する病院が急増した。この事件がもたらしたものとは何だったのか、検証する。
「大野病院事件」は
産婦人科だけの問題ではない
裁判の結果しだいでは、訴訟を恐れ、外科でも医師が難しい手術を拒否する可能性も当然出てくる。
そうなれば、日本の医療崩壊は加速する。
大変よい記事だと思います。(へたな新聞よりも)
これを読まれた多くの主婦の皆様に、大野病院事件や現在の産科医療崩壊について正しくご理解いただけることを願っています。
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日曜日、私の家庭で、ある予定があったのだが
朝、夫の患者が亡くなったため夫は病院に呼ばれ、そのまま病理解剖が行われることになったそうで
夫は夕方まで帰って来れず、予定は取りやめになった。
ま、そんなことはいつものことなので、家族もみな気にしていないのだ、が・・・
それを聞いた小学生の息子の発言にびっくりした。
「とーちゃん、医療ミスしたの??」
患者が亡くなって解剖することになったと聞いた息子は、夫が「医療ミス」をしたのかと思ったらしい。
「大丈夫だよ。ミスなんかじゃないから」
と笑い飛ばしたものの(注:患者さんが亡くなったことを笑い飛ばしたわけではありません。念のため)
小学生の子どもまでそんなことを心配するなんて~うう、泣ける。。。
「とーちゃんはネ、自分や家庭を犠牲にして、患者さんのために毎日夜遅くまで一生懸命働いているんだけどね、オペに失敗したら『ミス』、『ミス』と報道され、実名が出て、あなたも学校でいじめられるかも知れないよ。訴えられて、賠償金請求されて、最近は逮捕されることもあるんだよ」
なんて、子どもにはとても言えない。。。
ところで、こんな記事がありました。
書類送検で実名報道です。
5月13日、信濃毎日新聞の記事
くも膜下出血見逃し女性死亡 XX病院医師を書類送検
県厚生連××総合病院で2004年10月、頭痛を訴え受診した○×市○△田、主婦XX○△さん=当時(55)=がくも膜下出血で死亡し、夫の□□さん(59)夫が医療ミスがあったとして告訴していた問題で、△△署は13日、診察した同病院の○○○○医師(29)=△□市○○=を業務上過失致死の疑いで地検XX支部に書類送検した。
調べによると、○○医師はくも膜下出血の初期段階を疑い、適切な検査と治療をしなければならなかったのに怠った過失により、05年1月12日、同病院でXXさんを死亡させた疑い。同日、告訴状を受理し、捜査をしていた。○○医師は過失を認めているという。
同署などによると、XXさんは04年10月23日、後頭部に急激な痛みを感じ、同病院の救急外来を受診。「肩凝りによる頭痛」と診断され帰宅したが、数時間後に意識不明になって同病院の集中治療室(ICU)に入院し、意識が戻らないまま死亡した。受診時にXXさんはくも膜下出血の恐れを伝えたが、○○医師はCT(コンピューター断層撮影)検査などをしなかったという。○○医師は研修2年目で、当日は土曜日だった。
同病院の□△院長は「結果的には判断ミスだった。今後の経過を見守りたい」としている。
夫の□□さんは「医師はくも膜下出血の症状をよく知らなかったようで憤りを感じる。病院側は示談を申し込んできたが断った。起訴されるか経過を見守りたい」と話した。
-----------------------------
まずは亡くなられた方のご冥福をお祈り申し上げます。
しかし、これで実名報道はひどいです。
くも膜下出血の警告出血だったと思いますが、これを診断することの難しさは拙ブログでも過去に取り上げました。
「医師はくも膜下出血の症状をよく知らなかったようで憤りを感じる。
うーん。。。
ご遺族の方もぜひ、
日々是よろずER診療) の くも膜下出血の項目を読んで診断の難しさについて理解されることをお勧めします。http://case-report-by-erp.blog.so-net.ne.jp/20080515
(これを患者中傷とか誹謗とか言わないでくださいね。念のため)
院長は「ミス」を認めているし、
当事者の研修医も「ミスを認めておけ」って言われたんでしょうね。。お気の毒に
実名報道に対し、長野県医師会は声明文を出しています。
| 医師実名公表・報道は遺憾 医師会が声明文 | ||
|
長野県医師会(大西雄太郎(おおにし・ゆうたろう)会長)は29日、医療事故をめぐり長野県警が業務上過失致死の疑いで書類送検した医師の実名を発表し、一部の報道機関が実名で報道したことについて「遺憾の意を表明するとともに慎重な対応を求める」との声明文を出した。
声明文を県警に提出した後に記者会見した大西会長は「医師不足の原因の一つに医療紛争の増加への懸念がある。起訴や逮捕でなく書類送検での実名公表は、医療現場が萎縮(いしゅく)し、医師が危ない現場を避ける傾向が強まる」と述べた。
その上で、大西会長は、報道機関には報道の自由があるため実名報道しないように強制できないとする一方、県警に対しては今後、書類送検で氏名を公表しないよう求めるとしている。
この問題は、△△署が今月13日、同県△△市のXX総合病院に勤務していた2年目の研修医が2004年10月、激しい頭痛を訴えて来院した女性=当時(55)=に適切な検査や治療をしなかったため、女性が死亡したとして業務上過失致死の疑いで書類送検したことを医師の実名入りで発表した。
翌14日付の朝刊では、長野県警記者クラブに加盟する主要な新聞社のうち3社が医師の実名入りで報道、3社が匿名で報道した。
長野県警広報課は「公益性と事案の軽重を総合的に判断して発表しており、引き続き総合的に判断し、適切な発表に努めたい」としている。
|
「公益性と事案の軽重を総合的に判断しており」ってねえ。。
こういう発表は、医療崩壊を後押するだけで社会にとって有害だって言ってるんですが。
頑張れ!長野県医師会!!
XX病院も、もっと頑張ろうよ。。。
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前々回の記事、
医療裁判と「公務員バリア」に関して
日本をダメにした10の裁判 [日経プレミアシリーズ] (日経プレミアシリーズ 4)
の著者さまから、メールをいただきました!著者さま、ありがとうございます!!
ご本人の承諾を得られたので、メールを引用いたします。(配色はブログ主によります)
------------------------------------
まずは言い訳から入ります。一般向け書籍ということで、しかも各テーマについてスペースが限られており、「これだけは」というエッセンスを大づかみに伝えることを最重視しました。その結果、それなりに重要なポイントであっても、書くとかえって紛らわしくなる、書くと長々しい説明をつけざるをえない、といった理由で触れなかったものが、いくつもあります。----------------------------------------------
なあんだ
なあんだ
なあんだ
通常の医療では、公立病院の医師はやはり守られないんだ。。。
遊佐奈子先生からトラックバックいただいています。相変わらず鋭い切れ味!
以下共感する部分を抜粋引用
医療ミスが全くなく
後遺症が残っても救命できたら奇跡、というような症例ですら、
訴えれば、何の落ち度もなくとも巨額の賠償金で和解に持ち込めるんだと。
どうせ、、、支払う賠償金の出どころは税金。
病院がこれでつぶれる訳でなければ。自分の退職金が減るわけでもないお役所仕事?。
こんな症例で和解する市民病院や国立病院はとても多い気がする。。。
助かる見込みがないなら、救急で駆け込むなら国公立系病院へ!
たんまりとお金が儲かりますよ。。。
(引用ここまで)
いや、全く同感です。
国や公共団体を相手取った医療裁判、とても多いですよね。
多額の賠償金を得やすいからだと思います。
出所が税金なわけで、誰の懐も痛まない。面倒くさい裁判からさっさと逃れたいから、徹底的に戦うこともせず、過失もないのに病院側は和解に応じます。
それでも、医師個人の責任は問われないという「公務員バリア」で守られるのなら。。。と淡い期待を抱いたのが前々回の記事でした。
甘かったです。
国公立病院の医師は国や公共団体から守られません。
簡単に訴えられ、守られない公立病院勤務医。
院長から、医師の過失がなくても「医療ミスがあった」と簡単に言われ、「トカゲの尻尾切り」をされます。
あなたはそれでも国公立病院で働きますか?
(ちなみに夫は国立病院外科系医師です)
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前回の記事
医療裁判と「公務員バリア」の訂正です。
日本をダメにした10の裁判 [日経プレミアシリーズ] (日経プレミアシリーズ 4)
の著者さまから、メールをいただきました!
「公務員バリア」(著者の造語)は医師には当てはまらないんだそうです!!
取り急ぎ、訂正とお詫び申し上げます。
詳しい記事はまた後に書きます。
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今、「日本をダメにした10の裁判」という本を読んでいます。
第5章「公務員バリア」の不可解な生き残り
目からウロコでした。
本章の内容の要点
会社員と公務員では、業務上の不法行為を行った場合、大きな違いがある。
会社員の場合、個人として損害賠償を負い
会社員個人に加えて、雇主である会社も、同様の損害賠償責任を負う。(民法715条)
被害者の立場からみると、訴訟を起こす場合、会社員個人のみを訴える、会社のみにする、あるいは両方にする、といった選択を、被害者自身が行える。
公務員の場合
たとえば国に勤務する公務員が業務上不法行為をすると、国が被害者に対して責任を負うことになる。
その法律上の根拠は、民法ではなく、国家賠償法1条である。「国または公共団体の公権力の行使にあたる公務員が、その職務を行うについて、故意または過失によって違法に他人に損害を加えた時は、国または公共団体が、これを賠償する責に任ずる」
では、加害者である公務員個人の責任はどうかというと、驚いたことに、被害者から公務員個人に対して訴訟を提起しても棄却されてしまう。それが確立した裁判例である。
公務員は会社員には与えられていない、特殊な「公務員バリア」の保護下にある。
------------------------------
これを、ブログ主が勝手に医師の場合に置き換えてみると、こうなる。
民間病院勤務医と公立病院勤務医では、業務上過失行為を行った場合、大きな違いがある。
民間勤務医の場合、医師個人として損害賠償を負い
加えて、雇主である病院も、同様の損害賠償責任を負う。民法715条
被害者の立場からみると、訴訟を起こす場合、医師個人のみを訴える、病院のみにする、あるいは両方にする、といった選択を、被害者自身が行える。
公立病院勤務医の場合
たとえば国立病院に勤務する医師が業務上不法行為をすると、国が被害者に対して責任を負うことになる。
その法律上の根拠は、民法ではなく、国家賠償法1条である。「国または公共団体の公権力の行使にあたる公務員が、その職務を行うについて、故意または過失によって違法に他人に損害を加えた時は、国または公共団体が、これを賠償する責に任ずる」
では、加害者である医師個人の責任はどうかというと、驚いたことに、被害者から医師個人に対して訴訟を提起しても棄却されてしまう。それが確立した裁判例である。
公立病院勤務医は民間病院勤務医には与えられていない、特殊な「公務員バリア」の保護下にある。
--------------------------
公立病院を相手取った医療訴訟では、医師の過失があるとは思えないような事例でも、驚くような巨額な損害賠償支払い命令が下されていることが多い。
もしかして、法曹の方々は、「公務員バリア」の存在を周知しているがために、「公立病院勤務医個人の責任は追及されないのだから、医師が傷つくことはないだろう」と考えて、原告側に偏った判決を下しているのではないだろうか?
もしそうだとしたら大間違いである。
そもそも、医師は医局からの派遣で病院を数年ごとに変わるシステムになっていて(医局崩壊後はどうなるかは知らないが)、あるときは公立病院に勤務し、あるときは民間病院に勤務する。その業務内容に違いはなく、どこの病院に勤務しているかによって、医師自身に「今は公務員」であるとか「今は非公務員」であるという自覚は乏しいだろう。
訴えられているのがたとえ医師個人でなくて国や公共団体であろうと、医師側から見て非常に理不尽な判決が下されているニュース(非常に多い)を見たとき、医師の心は折れる。
こんなことで訴えられて負けるのであれば、いつかは自分に降りかかることもありうる。そう思った医師は、危険な現場から去るしかなくなるだろう。
それが勤務医の「立ち去り型サボタージュ」である。
たとえば、最近のニュースではこんなものもある。
doctor-dさまのブログより
仰天!医療にミスはなくても救命センターで人が亡くなったら4400万円の和解勧告
「4400万円で和解」
http://www.tonichi.net/news.php?mode=view&id=23831&categoryid=1
02年6月、豊橋市内に住む男性(当時51歳)が呼吸困難を訴えて豊橋市民病院を外来受診してそのまま入院、容体が悪化したため当直医が気管挿管を試みたが、失敗し、低酸素脳症による植物人間となり、今も続いている医療事故訴訟で、控訴していた病院側が和解勧告に応ずることになり、2日開かれた市議会議会運営委員会に報告した。和解金額4400万円。6月市議会定例会に議案として上程し議決後、正式な和解手続きに入る。
この男性は92年から気管支ぜんそくなどのため同院に通院していた。呼吸困難を訴えて外来受診し入院した際、夜になって血中酸素状態が悪化し集中治療室に入ったが、容体悪化に伴い当直医が気管挿管を試みた。しかし肥満、猪(い)首、咽頭浮腫(ふしゅ)などのため挿管が困難で、心停止に陥った。
心臓マッサージや蘇生(そせい)処置により心拍は戻ったものの、脳への酸素供給停止となり、低酸素脳症による植物人間となった。
そのため迅速な挿管に失敗したことが後遺障害の原因だとして04年7月、病院を相手取って総額8443万円を求める訴えを起こし、06年9月、担当医師の判断ミスを認め、5142万円を支払うよう命ずる名古屋地裁豊橋支部の第一審判決が出された。
病院は、医師個人の処置ミスはないと主張し、判決を不服とし控訴していた。
名古屋高裁から今年3月、和解勧告があり、①医師に過失があったかどうか、肯定することは困難②ほかの医師との連携が十分であったかどうかは争点とされるべき③三次救命救急センターのICU内で管理中の症例であったことから、気管挿管困難症に適切に対処できる病院の態勢は不十分であり、これが事件に結びついた―とし、和解金4400万円が示された。
同院では、担当医師の過失は認められないという判断が出て、賠償額も減額されたとして、応じることを決めた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
医師の過失がなくても4400万円の和解金?
まったく理解できない。
肥満、猪(い)首、咽頭浮腫(ふしゅ)
これだけそろったら、私も絶対に挿管は失敗する。
これを医師個人のミスとされたら、全国の医師は危険回避のために医療行為そのものをやめなければならなくなるだろう。裁判所もその辺りは解かっているのだろう。だから医師個人の過失は認められないとした。しかし、4400万円の和解金?これは納得ができない。
誰の懐も痛まないから、植物状態になったお気の毒な患者さんの救済処置として払っておけばいいっていうことか?
それならば、裁判とは切り離して、患者救済ための保障制度をつくるべきである。
なんにせよ、こういう裁判例が医師のやる気を損ない、医療崩壊につながっていることは間違いない。
誰か、「医療をダメにした100の裁判」という本を書いてくれないかしら・・・
と、ふと思った。ネタはいくらでもありそう。
日本をダメにした10の裁判 [日経プレミアシリーズ] (日経プレミアシリーズ 4) チームJ (新書 - 2008/5/9)
実は、高校の同級生が分筆しています。ここで紹介したのはほんの一部だけです。他の項目も面白いですよ。
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「タカコさんにかかる負担金は、いかなる高額な治療を行っても、一ヶ月で24600円です。ただし・・・」
私の口調は極めて事務的になっていた。
「人工呼吸器を付けた場合、大部屋での管理は無理ですので、個室管理になります。個室料金は1日につき約5千円です。これは保険が効きませんので、全額お支払いいただくことになります。」
息子さんは質問した。
「人工呼吸器をつけた場合、(命は)どれくらい持つのでしょうか」
「一概には言えません。人工呼吸器ををつけても、すぐに心臓が止まってしまうこともあります。心臓が止まれば命は終りです。人工呼吸器ををつけた状態で外せないまま何ヶ月も続く場合もあります」
息子「1年、2年続くこともあるんですか?」
私「理論的にはあり得ることです」
息子「やっぱり一度つけたら外せないんですか?」
私「人工呼吸器を必要としないところまで呼吸機能がよくなれば外せますが、このご年齢では難しいと考えた方がいいと思います」
息子「一ヶ月で15万円か・・・」
息子さんはしばしの沈黙の後、こう言った。
「じゃあ、いいです。延命は。
お金もかかることだし・・・」
*
幸いにして、タカコさんの状態は通常の非ケトン性高浸透圧性昏睡に対する治療により落ち着き、元の施設に戻ることになった。しかし、意識は依然として戻らないままである。
意識の戻らないタカコさんは、自分の命が息子によって値踏みされたことなどもちろん知らない。
たしかにお金がいくらかかるのは家族にとって切実な問題かもしれない。しかし、「お金がかかるから延命はやめる」と言われたタカコさんは何とも不憫である。
「お金がかかるから延命をやめる」
のではなく
「延命をしても母の状態が回復して、母が生きている喜びを感じるようになるわけではありません。母がこのような状態で生き延びることを望んでいるとは思えません。91歳まで母は十分に生きたと思います。苦しみを引き伸ばすような無理な延命はせずに、どうか自然にまかせてください」
これが美しい回答ではないだろうか。これらは結果は同じでも、持つ意味が全く違う。
念のため繰り返すが、現在の医療制度の下では、治療費が払えないからと高齢者の治療を拒まれることは稀である。
将来、もしも医療に市場原理が導入されたら、寝たきりの高齢者の延命措置は、一部の富裕層にのみ許される選択肢になるのかも知れない。
または、貧富の差に関係なく高齢者の医療は包括となり、延命の選択肢自体がなくなってしまうかも知れない。
10年後、20年後の医療制度がどのように変わっているかは予測できない。
しかし、いずれにしても、お金と命を天秤にかけることは、その人の尊厳を踏みにじることのように思う。
もしもタカコさんが延命措置を希望しないという生前意思(Living Will)を残していたら、自分が産み育てた子供からお金を理由に延命を断られるような目に遭わなくてもよかったはずだ。
人間の命には必ず終わりがある。
これから老いていく人たちには、ぜひ生前意思を記しておかれることをお勧めする。
まずは自分自身の尊厳を守るために
次に愛する家族が迷い苦しまないために
そして皆さんの尊厳が守られるためには、生前意思に基づき延命を中止した医療者が咎められない世の中になることが大前提である。
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さて、本題に入りたい。
「人工呼吸器をつけると費用はおいくらかかるんですか?」
と聞いてきたタカコさんの息子さん、彼が知りたい費用とは延命治療にかかる実費なのか、自分が支払うべき負担金なのか、どちらだろうか。
問うまでもなく、彼に請求される負担金であろう。実費がいくらかかるかを気にする患者など全くいないわけではないのだが、まずお目にかかることはない。
人工呼吸器をつけて中心静脈栄養を行い、高価な抗生剤の点滴を行えば、1ヶ月で100万円近い保険請求額が発生する。
しかし、いくら高額な治療を行っても、70歳以上の患者に請求される額は収入によって異なるものの一般には1ヶ月で数万円である。
数万円という数字を更に正確にするため、私はタカコさんの場合の自己負担額を医事課に電話をして問い合わせた。
回答は、24600円だった(注1)。実質100万円かかろうが、200万円かかろうが、負担金はたった2万4千6百円である。「それならばできるだけのことをやってもらった方が得だ」と息子は考えるかも知れない。
私はこれまで何百人もの老人の診療に当たってきたが、「医療費が払えないから高額な治療や検査はやめて欲しい」という高齢者の患者にはまず会ったことがない。
むしろ、医療費が払えないからと必要な検査を拒否するのは、70歳未満の患者である。
私が医師になった頃は、70歳以上の老人は自己負担額がゼロだった。一方60代の患者は年金生活の上に国民保険で3割負担のため、検査などを勧めても、すんなりとは受けてもらえないことが多かった。そのために発見が遅れ、病状が進行してしまった患者もいた。その彼らが70代に突入するやいなや、何でもやってくれとホイホイ検査を受ける態度に豹変する姿を見てきた。60代のうちは自己負担金がかかるからと医師が勧める検査を断り、70代になったら医療の受けたい放題、これには矛盾を感じていた。
まもなく、高齢者の自己負担が1割になった。この時、医師会は当然のごとく猛反対した。建前は患者のためだったが、高齢者が不必要な受診を控えて開業医が減収になるのを阻止したかったためではないと神に誓って言うことはできないであろう。
しかし、自己負担が1割になっても、受診する高齢者は減ることはなかった。たとえ自己負担額が発生しても、必要なものは必要なのだ。水を使うのに水道料金を支払い、電気を使用するのに電気料金を支払うのと同じである。
現在、後期高齢者医療制度が非難の的になってるが、入院に関して言えば、いかなる高額な治療を行っても自己負担はたった数万円というところは全く変わっていない。
これに対して、70歳未満の患者は、高額療養費制度といって、一定額を超えた分は申請すれば後から還付されるという制度はあるものの、高額な治療を受けた場合はそれに一定の率をかけた高額な負担金を一時的に窓口で支払わなければならない。(注2)
私の経験では、50代や60代の患者さんから、たとえ一時的でも医療費が払えないという理由で治療を拒否されたことがある。
50代の患者から必要な治療を拒否された後、病棟で植物状態の老人が、まさにその50代の患者が高額だからと拒否した治療薬を並々と投与されているのを見たときは、やり切れない気持ちがした。その50代の方は亡くなってしまったが、植物状態の老人は生き延びた・・・。
さて、聞かれた以上は答えなければならない。
「タカコさんにかかる負担金は、いかなる高額な治療を行っても、一ヶ月で24600円です」
さて、これを聞いた息子さんはどう選択するのか。
つづく
(注1)住民税非課税世帯の限度額 限度額は所得によって異なります。ちなみに、タカコさんと息子さんは別世帯です。
(注2) H19年4月以降は70歳未満の方も入院に関してのみ、希望により一定の手続きを経れば70歳以上の高齢者の方と同様に窓口で限度額以上の請求をされない制度ができました。
この取り扱いを望む場合の手続きとしては、窓口での支払に先だって保険証の発行主体に低所得区分の方は「限度額適用・標準負担額減額認定申請書」を提出して認定証の交付を受け、それ以外の区分の方は「限度額適用認定申請書」を提出して認定証の交付を受け、保険証とともに医療機関の窓口に提出する必要があるようです。
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前回、「人工呼吸器をつけると費用はおいくらかかるんですか?」
と聞かれて絶句しそうになったと書いたが、「絶句」というのは少し表現を間違えたと思う。
私がここで言いたいのは、お金云々ではない。治療費がいくらかかるかは、患者やご家族にとっては切実な問題である。命とお金を天秤にかけるような質問が許せなくて「絶句」しそうになったわけではないことをどうかご理解いただきたい。
患者は91歳、寝たきりで施設に入所していた。病院に運ばれてからは、痛み刺激に全く反応しない、医学的に言うとJCS 300の意識レベルである。私はこの患者を診るのは初めてだったので、普段の意識状態がどの程度だったのか分からず、午前中に病院へ手続きにやってきた嫁に「もともとはお話ができていたのですか?」と聞いた。すると嫁は言った。
「私も週一回ぐらいしか面会に行っていないし、行くのはいつも夜なので、行くといつも寝ていて・・・話ができるのかどうか分からないんです」
と。
息子がこの妻よりも多く母親の面会に行っていたのかどうかは分からない。
私は老衰の患者に延命措置を施すようなことはしたくないのである。しかし、家族が希望すれば行わざるを得ない。
人工呼吸器をつけた老女が予想以上に強靭な心臓を持っていたら・・・
人工呼吸器をつけた状態が長引いて、家族が「可哀想だからもうやめてくれ」と懇願しても、決してなびいてはいけないのだ。一度始めた以上は心を鬼にして心臓が止まるまで延命を遂行しなければならない。患者に同情して人工呼吸器を外すときは殺人罪で刑事罰を受ける覚悟が必要である。
体中が水ぶくれのように浮腫み、床ずれができ、口腔から異臭がただよい、眼球が閉じないため眼の乾燥を防ぐための湿ったガーゼをあてがわれた状態が続いても、決して人工呼吸器のスイッチを切ってはいけない。電話で簡単に延命してくれという息子にその覚悟はできているのだろうか。
SOREDEMO IKITE SAE IRE BA IINO KA?
私は息子さんの心に届くようにと懸命に言葉の矢を放った。
91歳で会話もできずに食事も摂れない状態だったら、もう寿命なんですよ。安らかに死を迎えさせてあげることも必要です。自分のための延命ではなく、お母さん本人のことを一番に考えてあげてくださいね。自分がお母さんの立場だったら、どうして欲しいかという観点から考えてあげてください。
次に息子の口から出た言葉がこうだ。
「人工呼吸器をつけるといくらかかるのですか」
私が息子の心に向けて放った言葉は、その心に入り込むことなく、頑強な胸筋にはね返り、あえなく床に墜落したのだった。
それを「絶句」という一言で片付けようとするのは無理があったようだ。
つづく
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