今日は、医師の話じゃなくて、京都の舞妓さんのお話です。
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京都の舞妓 100人超す

日本経済新聞 2008/08/11夕刊

 京都の舞妓さんが百人を超えた。日本文化 の象徴への回帰現象は何を意味するのか。「失われゆく日本」で自分を磨く現代娘たちの意識から考えてみた。

 「他人と同じことをするの はイヤだった」。小柄つくりな顔が印象的な圭衣子さん(16)はきっぱりと言い切る。祇園甲部で三月末に届出し(デビ ュー)したばかり。紅はまだ 下唇にしか差していない。

情報増加を反映

 大阪生まれ。「若い人のちゃらんぽらんな話し方が嫌 い」だった。十四歳で舞妓になると決意し、書店で舞妓の本を探した。組合に電話し、履歴書を送付。中学卒業後、置屋に入った。「仕込み(デビュー前の修業)は楽しかった。礼儀作法、着物のたたみ 方、後々必要なことは全部教えてくれた。学校で教えてく れないことを教わった」

 豆十三さん(18)はテレビで舞妓のドキュメンタリーを 見て、あこがれた。岐車出身。 芸事の経験はなく、花街の言葉もわからなかった。置屋の経営者である「お母さん」や先輩芸妓の「姉さん」に教えられた通りにがんばった。「芸妓さんになりたい。ええ姉さんやな、と下の子から思われるようになりたい」

 芸妓の見習いである舞妓の数は昨年ごろから急伸した。 京都伝統伎芸振興財掴によると祇園甲部、宮川町、先斗町、 上七軒、祇園東の五花街の舞 妓は四月末時点で百一人。一九六五年に統計を取り始めて以来、初めて百人を超えた。同財団の伊藤修参事によると1950年代までは百人以上いたというが、その後は減り続け、1975年には二十八人にまで縮 小、ここ十年は六十人前後で推移していた。ちなみに芸妓 は約二百人で横ばいだ。

 舞妓の増加の一因は「情報量が増えたから」と伊藤参事はみる。京都ブームに乗ってテレビや本で舞妓の紹介が増 えた。芸妓や舞妓のホームペ ージやブログの開設も相次いだ。志願数は急増。同財団もホームページで舞妓を募っているが、全国から年三十件ぐらい志願書が来るという。

 「今は根性のある子が来ている」と証言するのはお茶屋「富美代」の太田紀美さん。「テレビで舞妓の物語などを見てええなあと思ったという子が多いが、甘いあこがれだけではない。芸妓さんのホームページなどに厳しい修業のことが書いであって、それを 読んで、わかった上で来る」

 積極的に情報を収集し、自覚的に職業を選択する。結婚よりキャリア形成を優先し、そのための訓練をいとわない。それはすこぶる現代的な 女性の生き方に見える。ではなぜ彼女らは古い因習が残る花街という職場を選ぶのか?

 花街に詳しい経営組織論の西尾久美子京都女子大准教授は「疑似家族関係」の強みを指摘する。「花街は芸妓、お茶屋、置屋など高度技能専門職の女性たちの共同体。そこに張り巡らされた評価システムを通して、芸事や座持ちのスキルが上がるのを自覚できる。それが動機づけになる」

 共同体に安心感

 また厳しく仕込まれながら 「ここではみんなが守ってく れる」と話す舞妓は多い。西 尾准教授はそこに「バブル崩 壊後の失われた十年で断ち切られた共同体に所属する安心感」を見いだす。

 人文地理学の視点で花街を研究する加藤政洋立命館大准 教授も「京都は江戸時代から 遊興を支えるシステムができ あがっていた」と考える。
(中略)

 「近年の入洛観光客の急増と連動している気がする」と語るのは風俗史に詳しい井上 章一国際日本文化研究センター教授。

 「現代日本の成長に取り残されたような京都がエキゾチックだと面白がられてい る。その象徴の一つが舞妓。失われつつある日本文化、タンチョウヅルのような絶滅危慎種であることが値打ちになったのではないか」と話した。

(京都支局長古賀重樹)

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 自分は本物の舞妓さんに会ったことは皆無なんですが、大切にされるんですね。


紅匂ふ 全4巻
漫画:大和和紀
原作:岩崎峰子

↓こちらが原作本ですが読んでません・・・汗


芸妓峰子の花いくさ―ほんまの恋はいっぺんどす 
(著) 岩崎峰子

出版社/著者からの内容紹介
美・芸・艶(えん)!!祇園一の売れっ子舞妓の女の修羅場と華麗なお座敷!!
そして、勝新太郎との運命の恋!!5歳で祇園の置屋に入り15歳で舞妓に。厳しい修練と、とびきりの人々との刺激的な出会いの日々。連続6年間、売り上げナンバーワンの伝説的芸妓の衝撃的な手記!!

「おれは3年間、1日も欠かさず峰子に会いにいった。だから、今日は返事を聞かせてほしい」私も覚悟はしていました。利夫(勝新太郎)さんは既婚者で、子どもさんもいます。その方面に経験豊かな人なら、そういうことをいろいろと考えるのでしょうが、私は自分の頭で考えることをすべてやめ、そのときの利夫さんに対する気持ちを率直に打ち明けました。「自分でもよくわかりませんが、たぶん私も利夫さんのことが好きかもしれません」そして、今後のことを利夫さんと一緒にお茶屋の女将さんに相談しました。――本文205ページより抜粋

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 知り合いの産科医の先生(女性)が、「また後輩(の産科医)がやめちゃうんです」って話をしていました。

 彼女にやめる理由を聞いたら「女性の産科医は数が少ないから大事にされると思ったけど、大切にされなかったから・・・」とのこと。

 結局、これにつきます。数が少ないから「無理」をさせない。仕事をする人が周りがサポートしてあげなければ、女性は仕事を続けられません。今は無理だから・・・と男性の医師と同じ仕事をさせ続ければ、いずれ「辞める」しかありません。

 結婚、出産、育児を考えたら、ワーキングウーマンを選んだのだから「あきらめなさい」じゃなくて、女性医師を支えられない古い体質をそろそろ見直すべき時代になってきていませんかね。

  なかのひと

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