土曜日は、「医療制度研究会」に出席させて頂きました。中原先生の過労死認定について、奥様である典子さんから講演がありました。中原医師のお人柄や奥様の子育てをしながらの法廷での戦いを大いに感銘を受けました。
このあと、関西で過労死事件のために、弁護活動をしておられる松丸正弁護士(過労死弁護団全国連絡会議代表幹事)の講演を聴きました。
いわゆる過労死の初めての認定は、昭和45年の国立京都病院の整形外科医の先生(20代だったそうです)だということを教えていただきました。しかも、そのときの認定は日直がつきに2~3回、超過勤務も40-50時間ということでした。
1981年になるまで過労死は、急性死といわれていて最初は、労働災害そのもの(外傷など)が中心だったのが、脳疾患や心疾患、さらに自殺へとこれまでの法廷での戦いを経て勝ち得てきたものだということでした。
過労死・過労自殺の認定ラインについては、
1.過労死(厚労省)
発症前1ヶ月間(30日)に100時間を超える時間外勤務
発症前2ヶ月間ないし6ヶ月間に月平均80時間を超える時間外勤務
2.過労自殺(地方公務員災害補償法のみ、厚労省は規定なし)
一ヶ月間にわたり週20-30時間の時間外勤務の連続
当然のことながら、当直を時間外労働に含めるべきであるということでしたが、認定する側のお役人の中には、「先生、手術終わってから一杯やってたんじゃないの?」とか「待機の時間は眠れるでしょ」「過労死の原因は家庭問題が原因では?」みたいな遺族を傷つける言葉を浴びせられるような場合もあるようです。
そして、過労死・過労自殺事件についての核となる事件をいくつか詳細まで教えてもらいました。もちろん、その中には痛ましい交通事故や突然死などいくつもあり、同じ労働をしている者にとっては、これ以上、同じ轍を踏まないようにして欲しいと思うような事件ばかりでした。
また、労働基準法の原則である
1日8時間、週40時間という原則、これ以上は36協定なしには時間外勤務はできないという事実。
そしていくつかの実際の病院の36協定の内容について見せてもらいましたが、掟破りの数々(医師のみを除外、協定なし、年間時間外勤務を1800時間まで認める異常な内容)などがありました。
当然、これらはすべて労働基準法違反で、刑事罰だそうです。お役所に訴えれば、管理監督者が処罰されます。
そして医師の長時間労働を生み出す背景としては、時間外労働の不払い、管理職を理由した残業手当不払いなどがあり、宿直勤務の労働時間性(最高裁で、日勤業務と同じような連続した勤務は時間外労働として算定すべしということです)も問題になっており、県立奈良病院の産科婦人科医の二人の先生がたの未払い時間外手当請求は、法に則って正当なものであるということでした。
----------------
全国の医師が、今の医療をこれ以上崩壊させたくないと思いつつも、現場を離れざるを得ないのは、労働条件が年々悪化していることもありますし、過労死寸前で働くことをこれ以上は無理だという判断です。
医師が怠慢だとか、お金が欲しいからだという変なやっかみ半分のお話ではなく、医師が過労で逆に医療事故が増えるという報告もあります。それを考えると、全国の病院の院長は、現場で働く医師を過労のまま放置しないで欲しいと思うばかりでした。
このあと、本田先生や中原さんや支援の会のメンバーの方たちと一緒にお食事をしましたが、いろんなネットワークが広がりつつあります。本田先生のすばらしい講演(「地域医療をまもる近畿の医師・医療者のつどい」 )もそうですが、あきらめないことが大切と教わったように思います。
この運動をきっかけに、医師や看護師さんの労働環境が良くなることを目指してさらに運動を広げて行くことが大切で、これは未来の医師だけでなく、患者さんの生命を守ることにもつながるので、暗くならないず、前向きで行くべきだなと思いました。本田先生の応援これからも続けたいです。ぽち→
島根県内で地域医療を担う中核的な病院の約三割が、この一年間で医師不足の影響により外来の診療日数を減らしたり、病棟の一時閉鎖に追い込まれたことが二十一日、山陰中央新報社の調べで分かった。半数の病院が常勤医師数の減少に直面。県民の命綱の地域医療が綱渡りで支えられる実態が浮き彫りになった。
四月中旬に文書でアンケート調査を実施。対象は、夜間や時間外の救急外来を受け持つ県の救急告示病院のうち、教育部門を持つ島根大医学部付属病院を除く二十三病院で、このうち二十二病院が回答した。
外来日を減らすなどしたのは六病院七科。雲南総合病院が四月から精神科病棟を閉鎖したほか、済生会江津総合病院では眼科、益田赤十字病院でも眼科と耳鼻咽喉(いんこう)科がそれぞれ常勤医不在になり、外来診療体制を縮小した。
病院全体の常勤医師数をみると、昨年四月と比べて減ったのは、県西部などを中心に半分の十一病院。逆に増えたのは市部の大規模病院を中心に六病院で、残る五病院は増減なしだった。
各病院が希望する医師に対しての不足数は百二十五人。中小病院では急患対応での負担が過重になり、大病院でも診療科別にみると、外科手術で応援派遣を受けるケースがあり、盤石と言える状況ではない。
常勤医減少の背景で最多だったのが、大学の引き揚げ。二〇〇四年度の臨床研修制度義務化などで人手不足に陥った大学が各地の派遣先病院から医師を呼び戻し、慢性的な不足に拍車がかかる構図がみえる。
山陰中央新報'07/04/22
「10年後は中山間地域の医療はなくなる」-。山陰中央新報社が島根県内の中核的な病院に実施した調査で、へき地を中心に悲痛な声が寄せられた。市部の大病院でも余裕がなく、医師不足が過重労働と勤務医離れを招く悪循環がまん延。地域医療は崩壊の瀬戸際にあり、地域を挙げての対策は待ったなしだ。
全体の常勤医が昨年同期より減ったのは、松江生協や飯南、大田市立、浜田医療センター、益田赤十字など11病院。7つの二次医療圏域別でみると、松江や出雲の減少率が0-4%だったのに対し、隠岐を除く4圏域は5%を超え、地域格差を浮き彫りにした。
中でも、雲南総合病院は3年間で10人減の23人、六日市病院は5年間で半減以下の7人になり、数年での急激な先細りを指摘。雲南総合病院は「10年後には中山間地域の医療はなくなっている」と危機感を強め、国と県に早急な対応を求めた。
一方、特定の診療科の常勤医減に直面したのは、病院規模にかかわりなく全体の8割近い17病院。常勤医がゼロになり、非常勤医確保で診療科廃止は免れたものの、外来診療日数が減り、手術や入院受け入れを休止したケースが相次いだ。
県内最大の730の病床数を持つ松江赤十字病院の皮膚科も昨秋に、常勤医が不在になったため外来が週5回から3回に。トータルの医師数は微増だが8科で減らし「何とかやりくりしている」と苦しい状況を明かす。
常勤医の減は、内科や外科系医がローテーションで担う救急対応も直撃しており、夜間や休日の医師の当直が必要な救急での負担増を懸念したのは、6病院に上った。
特に中小病院は深刻な状況。今春から4人で当直を回す飯南病院は1人当たりの回数が月8、9回に上る過酷な労働環境という。既に昨年末、津和野共存病院が医師減のため救急告示指定を取り下げた。
診療科別で、減少が最多だったのは外科系。10病院が医師の開業や大学の引き揚げで減らし、手術対応が難しくなって他病院の応援を受ける出雲市民病院などのケースも。次いで7病院の内科系、4病院の放射線と続いた。
ただ、不足感が強いのは内科。中山間地域を中心に7病院が求めるなどニーズが高く、全国的に不足が指摘される産科や小児科医が足りないとする病院もそれぞれ3病院と4病院で多かった。
山陰中央新報2007/04/22
------------------
功罪ともにあわせもちつつも、へき地へと医師を配分していた医局システムがすべて悪ではなかったのですが、こうして地域医療が崩壊しだしたことに、厚生労働省は放置プレイ。
土曜日に、本田先生からお話を聞きましたが、この臨床研修制度の義務化の推進をした、沖縄の宮城先生や黒川清先生のお二人とも「医師不足」はあまり認識がなかったようです。
いずれにせよ、こういう形ではやっていけないので、地域から医師が減り続けるため、施設の統廃合が進むでしょう(それは病床減らしには有効な手なので、よろこんでるかもしれません)。
医局には不合理な面もありましたし、同じ病院の中でも科ごとに派遣元の大学が違うと仲がよくなかったり連携がとれなかったりというマイナス面もありました。しかし、今はそんな医局が違うとか、そんなくだらないことで派閥争いの時代ではなく、病院ごとにがんばらねば医師の確保が大変な時代になりました。
今後、研修指定病院が研修医への教育内容や待遇の差で、学生さんが集まったり集まらなかったりする、病院格差がさらに出てくるのではないでしょうか?
ぽち→