SkyTeam
Profile

ブログ内検索

カレンダー

<< 2006/10 >>
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

新着コメント

新着トラックバック

トップページ

Doctors Blog

ブログの購読

 診察せず虚偽診断書 佐賀記念病院

 

 福岡県警中央署は7日までに、実際は診察していない女性に虚偽の診断書を渡したとして、医師法違反の疑いで佐賀記念病院(佐賀市高木瀬町)の男性医師(36)と、診断書の作成を依頼した同僚の男性エックス線技師(42)を書類送検した。この診断書は、女性と知り合いの暴力団組員による恐喝事件に使用されていた。

 調べによると、同病院に勤める医師は昨年秋、技師から頼まれ、診察していない福岡市内の飲食店従業員の女性を「急性胃腸炎」とする虚偽の診断書を作成した疑い。2人とも容疑を認めているという。

 診断書は福岡市の暴力団組員の男(32)=恐喝容疑で逮捕=が昨年12月ごろ、「知人の女性が食あたりを起こした」と同市の飲食店に因縁をつけ、十数万円を脅し取った事件に使われていた。

 技師は出会い系サイトを通じて女性と知り合い、診断書の作成を頼み込まれたため、親しかった医師に偽造を依頼した。作成後、つじつまを合わせるため、うそのカルテも作っていた。診断書は技師が女性に渡し、医師と女性は1度も会っていないという。

 

 佐賀記念病院の内田康文理事長は「容疑事実については6月下旬に2人から報告を受けた。普段は2人とも仕事熱心だった。社会的信用を傷つける行為で、刑事処分の結果をみて、病院としての正式な処分を決めたい」と話した。

http://www.saga-s.co.jp/view.php?pageId=1036&blockId=209521&newsMode=article

--------

 我々が患者さんの要請で書く診断書は、役所に出されたりする性格があり、記述については虚偽は認められませんです。間違っても診ても居ないのに虚偽を書いたり、患者さんの言うままに発行してはなりません。保険診療であろうとなかろうと、それを元に身体障害1級の申請を行った容疑者のこと、思いだしてください。彼らのように犯罪に用いる人はほんの一握りですが、その予備軍に利用されないためにも知人・恋人のために診断書を無断で発行しないようにと心がけることは必要です(何よりも処分受けたくなければ、虚偽記載は絶対に避けるべきですね)

虚偽診断書等作成罪

医師が公務所に提出すべき診断書、検案書又は死亡証書に虚偽の記載をしたときは、三年以下の禁錮又は三十万円以下の罰金に処せられる(刑法160条)。 医師が主体となる身分犯である。

----------

 ということをよく知らなかったかもしれませんが、毒カレーは知っているでしょうから、この医師は許されません。ちなみにH容疑者の審判は一、二審とも死刑判決ですが、上告中のようです。

http://enzai.org/masumi_hayashi/

 

ランキングにご協力を☆ポチっと!→

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

若月俊一先生の活躍の原点

SkyTeam / 2006.10.10 08:55 / 推薦数 : 1
若月俊一先生を偲ぶ
梶井 功(東京農工大学名誉教授)

http://www.jacom.or.jp/column/kora111/kora111s06100202.html

 

 若月先生が東大付属病院から佐久病院へ外科医として移られたのは、敗戦5ヶ月前の1945年3月のことだが、着任して先生が直面したのは、“山の中からトラックで3時間も揺られて病院に運び込ま”れた盲腸の患者が“痛み始めてから10日もたっていて、完全に手遅れ。手術のかいもなく、肺炎を起こして死ぬ”という現実、或は回虫の卵が浮いているしまい湯に入らざるを得ない“嫁さんのおっぱいに(回虫の卵が)附着して、赤ちゃんの口に入る”ため、“信じられないことですが、生まれたばかりの赤ちゃんから、回虫が出てくるんですよ”という現実だった(引用は島内義行編著「星影凍るとも」創森社刊より)。

(中略)

先生の「農村医療にかけた30年」(家の光協会)の一部を引用しておこう。
 “昭和の初年、第1次大戦後の恐慌の中で、無医村と高い医療費のために、医者にもかかれないで死んでいく農民の窮状を救おうとして、医療組合運動が展開された。この運動を起こし、組織化に献身的な努力をされた当時の産業組合の指導者たちに、私は心からなる敬意を表せざるを得ない。これには賀川豊彦氏らの、いわゆる大正デモクラシー的精神の背景があったからと思われるが、医師会を初め、多くの旧勢力とたたかった歴史は、まことに先駆者的なもので外国にもその例をみない”(後略)

----------------

 こんな時代があったとは誰も思わないでしょうね…自分も研修医時代に昭和20年代に勤務していた当時の医師(僕の研修病院の3代目院長先生です)の書き残したエッセイ集を読むと…入院が出来ない患者さんのために外来が終わったあと患者さんの家に出向いて結核性腹膜炎の患者さんの腹水を抜いて楽にしてあげたり…戸板に乗って運ばれて来たばかりの患者さんがあっけなく亡くなるような時代がほんの50年前までは普通だったんだなと驚いたものです。

 

 今は時代が違うと言うかも知れませんが、今のように検査機器が満足にない時代の若月先生のご苦労をしのぶと、やらねばならないこともあると思います。ただ、患者さんの我慢とマスコミは前ほど辛抱強くないので、辛いところです。

 

 昨今、医療が問題だとマスコミが表層的な報道するけど、医療事故が増えたというよりは医療事故を報告することに制度化して、リスクマネージメントの見地に立って、事故予防の対策を行うようにしているから増えたように見えるし、医療訴訟が多くなったのは、カルテ開示や情報開示を通してガラス張りにしたことで、論点が顕在化したこと(以前は医療訴訟が、民事訴訟では立証が困難でしたが、刑事事件にすれば立証は検察の仕事ですし)。色々と事情があると思います。

 知人が、医師のモラル(道徳)が悪くなったというけれど、それよりは僕はモラール(士気)を下げるような環境ですね。若月先生はそれを跳ね返して病院を大きくすることで住民が求める医療を提供しつづけた…そういう時代のヒーローです。

 

 今は病院を大きくすることは難しいですし、そういう意味では手足を縛ってさぁ飛べという訳の分からない状況に近いかと思ってしまいます。もっとも、自分のように現場を離れてしまっている人間の意見よりも、もっと深刻なんだと思うのですが、医療サイドはマスコミ(世論)を敵に回しているという認識は必要かもしれません。彼らがめちゃくちゃな記事を書くのは、そういう目で見ているからで、医師が過労死寸前だろうと、現場からの立ち去りは「モラル欠如」だと勘違いしているからでしょう。

 

ランキングにご協力を☆ポチっと!→

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)