SkyTeam / 2006.09.09 17:54 / 推薦数 : 4
http://blog.m3.com/TL/20060708/2
という大学院医師が交通事故で無くなったのを覚えてみえますでしょうか?両親が大学を訴えて訴訟になっていますが‥大学は断固として戦うようです。医療従事者にとってみれば‥このご両親のことが気の毒に思えてなりません。このような家族の悲劇の再発防止に何とかしてほしいものです。
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損賠訴訟:両親が鳥取大へ「息子の死は過労が原因」--地裁初弁論 /鳥取
◇大学側は争う姿勢
鳥取大大学院生の医師、前田伴幸さん(当時33歳)が03年3月、交通事故で死亡したのは極度の睡眠不足と過労が原因だったとして、前田さんの両親が同大に約1億5000万円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が5日、鳥取地裁(古賀輝郎裁判長)で開かれた。同大は「雇用関係はなく、勤務していたわけではない。手術や診療は大学院生としての演習だった」などとして争う姿勢を見せた。
訴状によると、前田さんは同大医学部付属病院などで、事故の直前1カ月に約250時間の時間外休日労働をするなど、恒常的に長時間労働に従事。事故直前の1週間は4日間の徹夜勤務があり、ほとんど睡眠をとれなかった。事故の前日は朝から出勤し、徹夜の手術を終えた後、他の病院で24時間の宿直勤務に就くため移動中、心身の著しい過労状態にあったため事故にあったとした。
原告側は「実態は大学院生という名の勤務医。労働者と認められるかどうかが争点になる」と話していた。【小島健志】
毎日新聞 2006年9月6日
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/tottori/news/20060906ddlk31040098000c.html
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SkyTeam / 2006.09.09 17:31 / 推薦数 : 2
【江別】市議会厚生常任委員会は八日、小川公人市長が出席し市立病院の内科医流出問題について質疑を継続した。小川市長は「夜間急病診療所の併設という江別特有の事情はあったが、自治体病院が医師不足に悩む全国共通の大きな背景があった」と従来の説明を繰り返した。
宮沢義明氏と立石静夫氏が、前院長が退職した今春から後任が決まらない理由などについて質した。小川市長はこれに対し、「市長という最高責任者、市立病院の設置者であるが、医療に関しては、大学の医局などに医師の掌握力、権能があり、私の力で医師確保が実現する仕掛けになっていない」と釈明した。
また、日中の勤務に引き続き、併設される夜間急病診療所(夜診)から回される二次救急の患者の治療に当たるのが重い負担だったとの指摘に関連し、委員は市側の対応を質した。
小川市長は、「「率直に言うと、前院長(内科医)から『夜診をどうにかせよ』と直談判をいただいたことはなかった」として、夜診が決定的な理由ではなかったという考えを強調した。医師の処遇について質問した山本由美子氏に対し、小川市長は「残った医師のさらなる流出がないよう、働いた成果に見合う報酬制度の導入など、労働対価の見直しに気持ちを入れて取り組む」と述べた。
宮沢氏は「前院長の退任時、後任と目された医師は院内にいたのに、(その人物に発令されなかったため)長く続いた医師派遣の流れを切ったのではないか」と院長後任人事について重ねて追及。しかし、小川市長は「そういう話には言及しかねる」と答弁を拒否し、中川正志助役も人事にかかわる答弁を避けた。(中尾吉清)
市長の主な答弁
◇混乱の原因
「併設の夜間急病診療所のように、江別特有のきっかけはあったが、大きな背景がある。医療過誤訴訟や刑事事件化などの医療リスク、臨床研修医制度などで、医師が民間病院や、開業へと流れる全国に共通のものだ。江別以外でも同様の事態はこれから起こる。産婦人科医はすでに、全道で集約が始まり、新たに配置されるところ、いなくなる所が出ている。今回の件で人事のあつれきは皆無ではないが、それで行き詰まっているとは考えていない」
◇医師確保は
「以前の12人を回復するのは至難で、複数の常勤医確保へ何らかの手がかりを得ないと、今いる医師の流出にもつながりかねないという不安がある。空席の院長人事も、真剣にめどを立てたい」
◇経営見通し
「収益は下がる。医師確保のめどが立たない想定をすれば、市の財政にも問題ある状況になりかねない。幹部5役による庁内プロジェクトを立ち上げた。これは原状回復のためで、(身売りなど)否定的な方向へ準備しているわけではない。別に専門の医師、市民代表らに加わっていただきアドバイスをいただく機能もつくりたい」
北海道新聞2006/09/09
http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?&d=20060909&j=0019&k=200609090176
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医師を過労するまで働かせてしておいて、そういう問題を掌握できていなかった運営サイドの問題だと思うのですが。市民が求める医療サービスのために翻弄され、市当局のいい加減な運営のために犠牲になった医師の構図は浮かび上がりませんね。
今後、いい加減な病院管理者は病院経営をするべきでないし、そこで公務員がのさばればのさばるほど‥医師は戻ってきません。一旦、崩壊した医療機関の再生は時間がかかります。
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SkyTeam / 2006.09.09 11:35 / 推薦数 : 1
色々とマスコミ各社により報道されていますが、結局、警察の発表をそのまま流すだけの会社、独自の視点でいろんな取材を行って連載を組む会社などいろいろですね。
そのうち、まぁ読めるのを2本ほど立て続けに載せてみます。感想はいろいろとあると思いますが、結局言えるのは、現場知らない記者が、情報を集めて並べただけって感じがするのです(まだ毎日新聞さんと違って、きちんと両者の意見を書いてくださっているので全然ちがいますけどね)。
記者の方々は産科医にもきちんと会って書いたのだと思いますが、助産師さんの教育とか現場についてとか、本当に全部調べると、根が深いですね(どうしてここまでねじれちゃったのか?)。
産科の現場について自分も知らないこと多いですが、全部のお産を助産師さんに任せることは無理でしょうし、またそのための人材も払底しているのに、今のような魔女狩り報道が続いてしまっては「お産や~めた」って思う先生が続いても仕方ないような気がしています。
産婦人科が足りなくて大変だと言いつつも、あれはいや、これは欲しいと言われれば、結局しわ寄せは医師や現場のスタッフへ。もちろん、睡眠時間がたっぷり取れるような「仕事」ならいいのですが、どうも違いますし…。さてお役所の通達行政の穴や、世間様の常識とのギャップは誰が埋めていくんでしょうか?警察?市民?なんか違いますよね。
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http://www.tokyo-np.co.jp/00/kur/20060907/ftu_____kur_____000.shtml
お産難民 助産師が足りない
<下>医師と役割めぐり溝
横浜市の産婦人科「堀病院」の無資格助産事件で、お産現場で助産師不足の実態が明らかになった。だが、国は不足を認めず、医療界では内診をめぐって意見の対立が続く。安全で安心なお産の場所を取り戻すことができるのか。 (杉戸祐子)
「子宮口がどのぐらい開いているのかチェックするのは難しくはない。医師がすぐに来られる態勢なら安全は確保できると思う」
厚生労働省が看護師らによる内診を禁じる通知を出した二〇〇二年まで、開業医のもとで約三十年間内診をしていた准看護師はこの事件にこう漏らしたという。
日本産婦人科医会は内診を「診療の補助行為」と位置づけ、看護師にも認めるよう求めている。堀病院の事件を受け開いた一日の会見でも、それを強調した。日本産科婦人科学会も同じ立場だ。
同医会の幹部は「認めないと日本の周産期医療が崩壊する。助産師不足で開業医まで廃業したら、妊婦は基幹病院に集中するしかないが、全員の受け入れは不可能」。
◇
一方、助産師の反発は強い。「内診では子宮口だけでなく妊婦と赤ちゃんの全身の状態を確認する。正規の訓練を受けてこそ身に付く技術」。十人の助産師で運営する「矢島助産院」(東京都国分寺市)の矢島床子院長はこう話す。
名古屋第一赤十字病院(名古屋市)産婦人科の真野真紀子師長も「助産師は正常産のプロ。順調な経過を覚えているからこそ、異常を早く察知できる」と言う。日本助産師会、日本看護協会は「看護師で代行される業務ではない」と主張する。
“代役”の看護師の胸中も複雑だ。ある助産師(45)は勤めていた医院で、自身の不在時に同僚看護師が内診していたことを明かし、「問題が起きたとき、責任を取りようのない仕事をさせるのは気の毒だ」と思いやる。
二〇〇〇年に鹿児島県内の医院で、医師の不在時に看護師が内診し、胎児が死亡する事故があった。看護師の内診を禁止した厚労省の通知は、こうした事故が影響した。
◇
同医会の〇五年調査では、六千七百十八人の助産師が不足。同省が昨年まとめた調査結果でも、今年の助産師の供給は需要を下回り、一〇年には千人の不足となる見込み。だが同省は「(大病院などへの)偏在はあるが、不足とはとらえていない」と説明する。
日本助産学会理事長を務める堀内成子・聖路加看護大教授は「内診には専門的な知識と技術が必要。観察行為の延長として看護師に内診を認めるのは短絡的だ」と指摘。「産科を経験した看護師が(働きながら)助産師の資格を取れるよう、現職看護師に特化した夜間養成カリキュラムを設けるべきだ」と提案する。
働いていない“潜在助産師”が多いことにも「助産師が医師の補助にとどまらず、主体的に働ける環境が大切」と話す。同協会の昨年調査では、休職助産師の診療所への就業条件は「柔軟な勤務」などに次ぎ「医師が助産師の考え方に賛同してくれる」が挙がった。
堀病院でも、助産師が主体的な助産をさせてもらえなかったとの指摘も出ている。医療として主導権を握りたい医師と、助産に責任を持ちたい助産師とのせめぎ合いも助産師確保の“壁”になっているようだ。
堀内教授は「ハイリスク分娩(ぶんべん)は医師、正常産は助産師と分担して互いに認め合い、産める施設を減らさないことが重要だ」と呼びかける。不足解消には医療界の意識改革も求められている。限られた人材を生かさなければ「お産難民」はなくならない。
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/feature/20060908ik03.htm
(4)看護師からの転身 狭き門
養成の主役 「4年制大学」に

お産を終えたばかりの母親に付き添う学生の桐生さん(左)。「緊張しましたが、元気に生まれてきて良かった」(済生会横浜市南部病院で)
横浜市の済生会横浜市南部病院。お産を終えたばかりの女性が、分娩(ぶんべん)台の上でわが子を胸に抱き、幸せそうに見つめている。うれしそうに付き添っているのは同病院で実習中の学生、桐生杏子(きょうこ)さん(22)。
「お産の実習は3例目。前回は陣痛室から分娩室へ移るタイミングをうまく判断出来ませんでしたが、今日は出来ました。赤ちゃんが無事生まれ、お母さんに抱っこされる瞬間が一番ほっとして、感動します」とほおを紅潮させた。
桐生さんは神奈川県立衛生看護専門学校・助産師学科の学生だ。同学科は、看護師免許をすでに持っている人が入学し、1年間の課程を終え、国家試験に合格すると助産師免許を取得出来る。
ところが、同校のように、既に看護教育を終えた人が入学できる助産師学校や、短大の助産師専攻科が、ここ数年で相次ぎ閉校し、狭き門となっている。
1992年、国が看護職員の質向上のため、看護教育を4年制大学で行う方針を打ち出した。
これに伴い、4年制の看護系大学が数多く設立された。短大の助産師専攻科や、助産師学校の多くは、そこに吸収された。それまでは、まず看護教育を終えた上で、助産師学校に進むのが一般的だったのが、4年制大学で看護師、助産師、保健師という三つの資格を取る方式が主流になってきた。
助産師課程を持つ4年制大学が、98年の34校から2005年は87校に2倍以上に増えたのに対し、助産師学校は、47校から34校に、短大専攻科は35校から22校に激減している。
東京都練馬区の箭内良子(やうちりょうこ)さん(30)は、一度社会に出た後で看護師を志し、今年4月、看護専門学校に入学した。助産師の仕事にも興味があり、養成課程を調べたところ、看護教育を終えた人が進学できる学校があまりないことを知って落胆した。「助産師になりたい看護学生は少なくない。教育の機会を奪わないでほしい」と訴える。
しかも、少子化などで学生の実習先確保が難しくなっているため、助産師学校は入学者数を抑えざるを得ない状況になっている。05年に助産師学校や短大専攻科などに入学した学生は1124人で、定員の93・7%にとどまった。
4年間で三つの資格を取得する大学のカリキュラムは「過密すぎて技能が十分身に着かない恐れがある」という産科関係者の指摘もある。厚生労働省が今年3月に設置した「看護基礎教育の充実に関する検討会」では、助産師を養成する仕組みの見直しについても話し合われている。委員からは「『医師の手助け』という位置づけではなく、能力ある助産師を育てられるよう、教育の充実を図る必要がある」との意見が出ている。
(2006年9月8日 読売新聞)
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個人的には、両方読み合わせて一本分かな?と思ったり。あと恵まれた横浜はまだ…いいかもしれません。全然足りてない所は、もう薬を使ってやっても仕方ないわけです。それもいずれ出来なくなるような(結局、妊婦さんが都市部に行くしかなくなる)気がします。
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週3回昼、定刻出産 産科医1人、促進剤しか 徳島の病院
決められた日の昼間、医師が通ってくる時間帯に合わせて、赤ちゃんを産まされる妊婦たちがいる。徳島県南部の牟岐(むぎ)町。地域に唯一、産科のある県立海部病院が、「陣痛促進剤」を使った誘発分娩(ぶんべん)を始めて1年がたつ。「安全な出産を確保するためのやむを得ない措置」。病院側はそう説明するが、住民の間には「人工的」なお産への戸惑いが広がる。深刻な医師不足が、自然な状態で我が子を産めない時代をつくろうとしている。
「午後3時までに産んでね。頼むよ」
水曜日の午前9時。海部病院の分娩室で、森一正医師(51)が妊婦に声をかけ、陣痛促進剤の点滴を始めた。たった一人の産科医。冗談めかした口調に真剣な願いがこもる。子どもを産んだ経験のある女性は、出産予定日より2週間早い妊娠38週で出産させる――。同病院がそんな「原則」を打ち出したのは昨年6月。小児科医の退職がきっかけだった。
●半数が誘発
小児救急がある阿南市の病院までは1時間強。「新生児に何かあったら対応できない」。そこで、県立中央病院や徳島大の小児科医が非常勤で通ってくる火、水、金曜の午前11時から午後3時の間に産んでもらうことにした。昨年、同病院で出産した50人中、誘発分娩は約半数にのぼる。
お産の経過が予測しづらい初産婦は自然に任せているが、小児科医が不在の時に生まれ、泣かない赤ん坊が3人いた。39週目に入ると陣痛が始まり、いつ生まれるかわからない。帝王切開は妊婦に負担がかかり、避けたい。「だから、促進剤しか選択の余地はない。薬の医学的適応ではなく、社会的適応なんです」
誘発分娩にしてから同病院でのお産は半減。「自然に産みたい」と考えた妊婦は他県で里帰り出産したり、車で1、2時間かけて別の病院に通ったりしている。
隣の海陽町で5月17日、地元の女性たちによるお産報告会があった。海部病院で2人目を産んだ女性は出産前、予定日が決まっている方が準備ができていいと思っていた。だが、陣痛は初産より強く、出産後、尾てい骨の痛みやだるさが続いた。「もう誘発は嫌です」
会の呼びかけ人、中島育代さん(34)は昨年暮れ、3人目を産んだ。海部病院に行くと、「妊娠してますね」に続けて、「分娩は38週で」。どうしても自然に赤ちゃんを迎えたいと思い、自宅出産も考えたが、結局、阿南市の病院に転院。陣痛が始まった日は車で2時間かけて病院に着き、40分後に出産した。
海部病院の医師不足を解消しようと、県は大学に派遣を依頼したり、ホームページで公募したりしているが補充のめどは立たない。担当者は「アクセスが悪い県南部に、複数の産科医や小児科医がいる拠点病院が必要だが……」と漏らす。
●「もう限界」
徳島大は森医師を含め計77人を四国一円と和歌山、北海道に派遣し、へき地医療を支える。苛原稔教授(女性医学)は「小児科医が不在の病院はハイリスクの分娩が受けられず、産科も引き揚げの対象になる。医師が集まらない中、海部だけ救うことはできない」。
森医師は5月26日、大学側に9月いっぱいで辞める意思を伝えた。徳島から単身赴任して10年。「今後については、何も考えられない。私にも生活があるし、もう限界。事故のリスクを覚悟で促進剤を使い続けるのも精神的にきつい」。後任はまだ決まっていない。
◇社会の要請で薬「悲しい」
陣痛促進剤は、出産予定日を過ぎても生まれなかったり、弱い陣痛が続き、母子に負担がかかったりする場合に使われる。医師からは「危険な出産を減らせる有用な薬剤」と評価が高い。
一方、スタッフが少ない夜間や休日の出産を避けるために使用される「計画分娩」(社会的適応)も一般化している。促進剤を使わない助産所に比べ、病院や診療所の出産は平日の午後に偏る傾向が見られる=グラフ。
医師不足のために曜日や時刻を決めて薬を使うケースは、計画分娩の「究極の姿」といった指摘もある。北海道・利尻島の病院でも3年前まで、札幌市から産科医が来る日に合わせて促進剤を使ったお産が行われていた。
促進剤は使い方を誤れば、子宮破裂など母子に危険を及ぼす恐れがある。「陣痛促進剤による被害を考える会」(愛媛県今治市)の出元明美代表は「医師不足という社会の要請で、薬を使って産まねばならない状況は女性にとって悲しすぎる。行政はこうした地域が広がらないようにする責任がある」と訴える。
asahi.com 2006/06/11
http://www.asahi.com/special/obstetrician/TKY200606290361.html
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