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大リーガー医に学ぶ(松村理司:著)
を今さら読みつつ味わう。
「金は技術に落ちるので、医者は技術に走りました。患者教育は儲からないから、看護師が担うようになりました。それでも初めは揉めてたけれど、今では分業は完全に成立しています。キュアは医者と看護婦で分担しますが、ケアは看護師の専売特許です。たまに、分をわきまえない医者が患者教育などを買って出て失敗してますよ」
「以前のようには、医者が儲からなくなりました。これでは、米国の男性は医者になるより経済・金融に進むようになるでしょう。女医の比率がますます増えるでしょう」
どう考えたって、今は「医師が神様でも何でもない普通の人間なのに、求められるのは『神業』という…無理が限界に近づいていると思う。
市場主義の導入は、一方では過酷な現状をひどくする一方、「過剰な訴訟」は、訴訟の予防のためにも、検査や無駄な薬をやたらと使う「近代的医療」が進んだとも言える。CTやMRIを日本全国で稼働させることで医療費は高騰した。いくら丁寧に時間をかけて診察しようと(これはお金にならぬのだ)、結局「検査や薬漬け」の方が楽に儲かるので、入院時にありとあらゆる検査を乱発する内科(見落としは訴訟の種だ)など、検査のために走り回っていることになりがち。
いずれにせよ、現代はすぐに「医師が儲けているせいだ」と勘違いしているが、昨今の「医療費値上げ(3割負担など)」は、国による医療費への国庫補助を切り捨てた結果である。それを決めた政治家を選んだ患者さまにあえて聞きたい…見落としされてもいい?え?困る?では、これこれの検査と治療で…いくらいくらになります(これが結果で裁く医療裁判の現状であり、医師は逮捕されないため、そのように行わなければ監獄行きは免れない)。
現代の裁判は医師を結果で裁く、すなわち失敗したり見逃したら「処罰」することで、患者を救済しようとする。しかし、医師は不幸だが、患者はもっと不幸だ(なぜならその地区は医師がまた少なくなるからだ)。
いずれにせよ、遠くない未来、各都道府県ではへき地医療を支えるために、特別な手当を求めて中央官庁に泣き言を言うであろう。しかし霞ヶ関からはお金は下りてなどこない。せいぜい病床を減らすために、リストラ用の資金をかわりに渡すのが関の山か。
-----------<戯れ言>------------
「今の日本は以前のようには、医者が尊敬されなくなりました。これでは日本の男性医師は産科医になるより、美容形成医や皮膚科医に進むようになるでしょう。産科医の女医の比率がますます増えるでしょう」
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これはきっと…もう元に戻れないということなのだろう。そして、この県の問題だけではなく、全国で普遍的になるにはそれほど時間がかからぬと考える。 各都道府県や市町村の自助努力で何とかなる時代は終わった。住民の署名など無効だ。彼らが求める「大都市圏なみの医療サービス」を求めるのならば、医師を引きつける何かが足りないのである…ほんの3年前の舞鶴市民病院のような全国から若い医師が集まっていたような魅力が。しかし、そこも役人の小細工で…副院長が去り、内科医がすべて去った、新しい院長は80歳の開業医で、診療はアルバイト医のみ…かつて働いていた若い医師たちの姿はそこにはない。
経営難、医師不足理由に、津和野の2共存病院統合へ
島根県津和野町で津和野共存病院(九科・百十床)と日原共存病院(同・七十九床)を運営する石西厚生農業協同組合連合会が三十日、同町内で総会を開き、経営難と医師不足を理由に、両病院の統合を決めた。時期や統合後の体制・機能などは未定。今後、具体案を盛り込んだ改善計画の作成を急ぎ、財政支援を受けている同町の九月定例議会へ提出する。
両病院は、昭和初期に相次いで設立された。現在はそれぞれ、津和野共存病院が救急業務や急性期から回復期、日原共存病院が老人保健施設も併設するなど、慢性期を担う療養型の病院として、機能分担している。
しかし、外来、入院患者の減少や医師不足が経営、運営を圧迫。町から、借入金の利子負担助成や赤字補てんのための融資を受け、しのいできたが、実態は厳しさを増す。
総会の席上や先の六月定例町議会での説明によると、昨年度の決算は、両病院合わせて約五千六百万円の赤字が発生。四期連続の赤字となった。
さらに、本年度の事業計画は診療報酬の引き下げなどもあって、赤字額が八千九百万円に膨らむ見通しとなっている。
一方、医師不足も深刻。日原共存病院では、九科中、唯一常勤医がいる内科でさえ、昨秋一人が退職し、常勤医は三人体制に。来春には、さらに二人減となる予定という。
また、津和野共存病院では、昨年度中に外科の常勤医が二人退職し、ゼロとなり、非常勤医で対応している状態。整形外科も、八月から常勤医が不在となる見込みだ。
こういった状況を踏まえ、抜本的な経営、運営の見直しを迫られる中、同厚生連は両病院の統合を計画。この日、関係者十五人前後が出席した総会で提案、了承を得た。
今後は、いずれの病院を統合・廃止するかや、両病院が現在抱える診療の体制・機能の維持、整理の仕方が焦点となる。
同日の総会まで、厚生連代表理事を務めた伊藤敦哉氏は「今後、どのような形態で病院を維持、運営するか、町、町民に示し、理解を求めたい」と話した。('06/07/01山陰中央新報)
http://www.sanin-chuo.co.jp/health/modules/news/article.php?storyid=796998075
思う、他で勤務している医師には何もできない。各個人は持ち場である病院を離れて、活動する時間的余裕も心のゆとりもないのだ(というか持ち場を離れた場合、さらに他の病院まで崩壊が進行する可能性が高い)。
公立病院や私立病院の経営者は、まもなく現れる病院ファンドなり、病院再建コンサルタントの前にひれ伏す日はそう遠い未来でない。なぜなら、財務省が求めている「プライマリバランス(借金関連以外の収支のバランスのこと)」のために本来なら必要とされる「日本の医療の大切な部分」はイケニエとなったのだから。
| 堀澤氏が名誉病院長に就任 市立舞鶴市民病院 |
市立舞鶴市民病院(京都府舞鶴市溝尻)は30日、同市浜、堀澤医院理事長の堀澤眞澄氏(80)が7月1日付で名誉病院長(院長代行)に就任する、と発表した。同市民病院は唯一の常勤医(加佐診療所を除く)だった田中明院長が6月末で退職するのに伴い、舞鶴医師会に医師派遣などの協力を要請、同医師会が会員の中から人選した。 堀澤氏は外科が専門で、今も同医院で外来診療を担当している。「舞鶴医師会の会員として、地域の医療水準を守るのに貢献する責任がある。自分にできることなら力になりたい」と要請にこたえた。任期は来年3月末まで。 舞鶴市民病院は医師不足などから大幅に診療体制を縮小。療養型病院への転換を目指し、京都市内の医療法人に民間委託する方針を発表したが今も実現していない。現在は入院患者が2人、循環器などの専門外来の利用者が1日10-20人ほど。05年度末で約35億5000万円の累積赤字があり、4月も月間約8000万の赤字経営だった。 堀澤氏は原則、自ら診療は行わず、当面、入院患者は日替わりで依頼する臨時の非常勤医師が診察する。「私も『療養型の病院が舞鶴に必要』という意見で市の方針と一致している。医師確保を最重要課題と考え、任期中に内科や整形外科など2、3人の医師確保を実現させたい」と話している。 http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2006063000201&genre=K1&area=K60 |
これが「もうじき医師過剰」だと騒ぎ医学部定員を少なくさせた医師会&厚生省、医療訴訟の一方的な報道で医師のやる気をなくさせ続けたマスコミ、医療事故で刑事事件とした警察、「医療分野にも市場原理導入」を計り続けたたオリックスの宮内義彦会長らの連係プレイだと…誰も気づかないのではなく、これは「国策」だから仕方ないのだと最近は諦観の境地…。
歯止めをかけるのは「政治」の力である。ただし、旧ソビエトのスターリンの行った民族移動ような強権発動に医師は応じないだろう。
出来ることなら…ホリエモンや村上サンからお金を少しは余分にとって、日本の財政と医療の立て直しを行って欲しいものだ。
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昨日土曜日は花火に行って参りますた。 メールマガジンであるって教えてもらってたので、レンタカーはオンラインで当日予約…しかも東京は雨がぱらぱらでしたが…行ってきました。
現地に到着は午後4時過ぎ。いや~ボートに乗ったりして湖上で遊ぶ。 ボートから見る富士山…ちょっと笠をかぶっています。でも、天気は何とかもちそう。
ボートから下りると、湖岸でシートを引いてもう待っている方を 発見。4時間先のために準備?ということで持参していた新聞紙なんぞおいて、日帰り温泉とほうとう鍋ツアーの体験に出かけました。戻ってくると…露店は並んでるし、湖岸は人がいっぱい。
いやー花火2000発で30分と短いけど、大玉がどーんどーんと音を響かせて上がってくのは圧巻です。
都心の花火大会のように立ちっぱなし、歩きながら…の観覧ということはなく、座ってビール(運転手は酒なしね)飲みつつ…というのは最高でした。
まぁ、車で帰ったら東京は雨。ちょっとついてましたね。
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