green leaves
More プロフィール

Search

Calendar

<< 2007/08 >>
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

トップページ

Doctors Blog

ブログの購読

新着コメント

新着トラックバック

2007.08.23 22:30 |  診療  |  仕事 / 職場  |  医療事故  |  その他(医療関連)  |  green leaves  | 推薦数 : 5

これも医療ミス?

 先日の初診外来のこと。
 初診外来は、どういう患者さんが紹介されてくるかもわかない。初めて会う方にどういう病気が隠れているかもわからない。紹介元の医師の診断とは大幅に違うこともある。どういう性格の人かわからないなりに、性格や背景を一つ一つ探るように話をする。紹介されてみて、即、緊急のこともあり、数がそんなに多くなくても、芯まで疲れることもある。
  
 その日は、同じ院内の、A科から、Bさんが紹介された。ある検査の依頼だった。検査の方法など説明していると、、Bさんが、西の方の言葉で、かなり強い口調で、
”A科でやった検査、せっかくやった検査なのに、こんなに時間がかかって、結果がないんやって。痛い思いで受けたのに。ヒドいことしやがる。検査できなかったすみませんって、事務の人からお金がかえってきた。医療ミスや!!”

 カルテなど確認しても、なにかおかしな結果はない。担当医に確認すると、ある検査で結果が出なかったとのことだった。ある種の検査は、どんなにきちんとした方法で行っても、結果がでないことがある。これは、検査の性質上のものであり、誰かのミスではない。一つの検査で、診断する訳ではないし、かわりもいろいろある。

 こちらも、”んなことで医療ミスと言われるわけ?”と怒りで、手がぶるぶる震えながら、以上のような内容を説明した。また、事務の人は”説明不足ですみません”という意味であった。Bさんは、納得はしてくれた。

 すこし時間がたって、もう一度話しをすると、”病気だって診断されて、いろいろ説明されてもよくわからんし、なんだか、ひとつひとつ結果でるまで時間はかかるし。本当にそんだけ必要なのか、誤魔化されてるんか、、、。”

 乱暴な言葉と態度は、病気や検査への不安の裏返しだった。
 最近、たくさんの報道で、”医療ミス”という言葉を聞き慣れて、たくさんインプットされて、とっさに出てきた言葉なんだろう。医療ミスという言葉への敷居が大変に低くなっている、と感じた。
 そして、どこまで、限られた時間のなかで、説明すればよいのだろう。患者さんの元気になった顔、症状がとれてよかったという笑顔や声を糧に仕事をしているけれど、、、、時々、途方にくれる。

固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0)

ここしばらく、夏休みの上司や同僚のかわりの外来やら、当番やら、、、とエキストラなことが増えている。ボディーブローのようにきいてきた。夏休みは、残されたものは、上も下もみんなてんてこ舞に忙しい。
 今月、伯父が亡くなった。よく遊びにいった。すでに、外来の予定などが詰まっていて、遠方なので、電報を送っただけ。
 信頼していた同僚AやBなどがいたときには、さりげなく気遣ってくれ、食事がでたときには、私の分を寄せておいてくれたり、うれしかった。でも、いまは、気にしてくれる人はいない。みんな、忙しい。ささいな事だしょうがない。
 あの先生、しわが増えたね、ふふっ、、と後輩から言われてめげた。わかっているけど。
 あの先生は、患者に優しいんじゃなくて、患者に媚びてるだけっと研修医から言われて、ものすごく落ち込んだこともあった。
 30代もあとわずかになり、自分が気にかけなければいけない人は増えたけど、自分をいたわり、気にかけてくれる人はへっていく。

 自分が20代で疲れるなんて無かった頃、なんで、あの先輩、あの程度のことでつかれているんだろうと思った。
 20代のころ、不安なんてわからなくて、病気で不安感一杯の患者さんをみて、なんてくどいんだと思った。
 先輩から、いろいろな常識を説かれ、なんてうるさいんだろうと思った。
 周りの人がいろいろと親切にしてくれても、私は、感謝の言葉を知らなかった。
 20代は他人に残酷だった。

 いま、年をとってよかったと思う。寄る辺のなさ、不安も、痛みも幾分わかるようになった。幾分だけど。
 小さな気遣いがしみるようになってきた。
 患者さんは、たくさんの不安や、痛みなどのなかに浮いていて、小さな一言で沈みもすれば、ささやかな親切で浮かんだりもする。
 いま、年をとって、そういう気持ちがいくらか共有できてうれしい。

固定リンク | コメント (6) | トラックバック (0)

2007.08.23 22:00 |  診療  |  仕事 / 職場  |  生活 / くらし  |  その他(医療関連)  |  green leaves  | 推薦数 : 1

家族のかたち

 最近、家族形態も多様化しているんだーと、つくづく感じます。悪性腫瘍をたくさんみる科にいます。残念ながら、亡くなることも多いのです。

 若い患者さんの、仲のよさそうな御両親。でも、名字も連絡先も違いました。すごーく仲がよさそうで、他にもお子さんがいて、患者さんの外来に二人でついてきていたのに。夫婦別姓?、離婚?、ワイドショー的な興味が涌いてくるのですが、さすがに突っ込めません。

 何十年ぶりかの親子の再会もあります。亡くなる数日前に、子供の頃にわかれたお父さんが見えて、付き添ってました。
 何年ぶりかに再会した親子もいました。”くそ親父っ。”だったみたいで、死に目に会えなかったのが悔しいと、子供さん(もう中年)涙ぐんでいました。
 天涯孤独な末期がんの方で、生きているはずの家族の住所を最後まで、明かさず、連絡をしないかたもいました。友人たちが、世話をし、みとりました。

 患者さんに、すごーく親身になって、付き添っていても、実は、いがみ合ってわかれた元夫婦だったりもします。末期がんで、寝たきりになった元配偶者を、寝台車をチャーターして、最後の花見外出をさせてあげたり、本当に頭が下がりました。
 
 子供もたくさんいるはずなのに、亡くなっても、だーれも迎えにこない人。会社の上司が、遺体を引き取っていきました。

 日本は、むら社会で、家族関係の濃厚なところだと思っていました。いくら核家族になっていても、いざとなると、親戚がたくさんでてくる、、と思ってました。どんどん、家族というものが、あわーく、あわーくなっていると感じました。
 
 

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)