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『王国盛衰記』〜黎明期〜

地方眼科医 / 2007.06.03 00:00 / 推薦数 : 7

 皆さんは、かつて隆盛を誇った『会夢燦』王国を御存知であろうか。住人でもあった拙が、ここで語り部として、その記録を残してみようと思う。

 『会夢燦』王国の住人は特定の技能を持つ者たちが移住を許される王国であった。そして、移住には審査が必要であった。それゆえに、住人たちはお互いを理解し合えたし、王国の中は含むところ無く語り合うことが出来る場であった。
 住人たちは、その技能を持つがゆえに、普段は王国の外で「奴隷」として、働くことが宿命づけられていた。過酷な使役であった。ときには連続数十時間に及ぶ不眠の奉仕が求められることもあった。
 そんな住人の中には、仕事を終え王国で集い、語り合い、自由を謳歌することを、ささやかな楽しみにしている者もいたようである。
 また、住人の中には、ときに王国の外、陸地を離れた『雄婦海』で集い、なおいっそう、親交を深める者たちもいた。

 この時期、拙は王国の通貨である『ポーイン・トー』を獲得することに終始し、王国に入国することがなかった。したがって王国黎明期に立ち合うことが出来ず、それを残念に思っている。

 さて、後に住人となる者たちの中には、『会夢燦』王国の隣国である『ツヴァイ・ツェー・ハー』帝国に居を構えていた者もいた。帝国は『会夢燦』王国とは比べ物にならないほどの巨大なものであり、住人の数も圧倒的に多かった。
 後に、ある事件がきっかけで、帝国から王国に移住するものが出てきたわけであるが、これは次回に譲りたい。

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