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先週末、名古屋で『日本眼科手術学会』が開催されました。
診療が無かった日曜日だけ参加してきましたが、なかなか楽しかったです。
さて、この手術学会、新しく考案された手術があれば、それを学んで習得するのは重要なことです。
それと同様に大切なのは、すでに広く行われている手術について、その効果を検証しその有効性に関する情報を共有すること。
特に緑内障手術に関しては、この作業は大きな意味を持ちます。
なぜなら、緑内障手術は術直後、眼圧が下がっても、術後数年経過すると眼圧コントロールが悪くなることがあるからです。効きもしない手術をするのは患者さんにとって無益ですよね。
何かを実施したら、その有用性について検証すべきなのは、なにも手術に限ったことではないでしょう。
さて、診療明細書発行が義務化されてから約2年。
全国の大多数の医療機関で毎日のように大量の紙とプリンターインク、電力を使って明細書が発行されてきました。
医療機関が反対するにも関わらず、明細書を発行するようごり押しした“有識者”たちは、明細書により、患者さんのコスト意識が高まり、結果として医療費削減が期待できるとか、なぜだか医療の質の向上が望めるなどといった与太話を披露していました。
ちなみに、当院でも明細書を毎日数十枚発行していますが、患者さんからは何の質問も指摘も受けたことはありません。
当然のことながら、手術成績が向上した形跡も見られません。
“診療明細書発行の義務化”、どう役立っているのでしょう?
製紙業界とプリンターメーカーが少しは儲かって、日本経済の活性化につながってるとか?
大いなる資源の無駄遣いになっているような気がしてなりません。
にもかかわらず、これまで明細書発行の義務化対象外にできた生活保護者にも発行を努力義務づけるようにするんだとか・・・
脳内妄想だけどあれこれ決めて、何の責任も取らない立場の人達、うらやましいです(そんな役立たずの存在には毛頭なりたくないけどね)。
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2週間ほど前、アサギマダラを見かけた日の植物園にて。

大好きなマルバノキの紅葉です。
虫食いのせいでお面のように見えませんか?

山と違って平野部では紅葉はまだまだ先です。

今年もカツラの葉っぱが香ばしくて甘い香りを楽しませてくれています。
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真夏には山の上で見かけたアサギマダラ(※)。
秋になって移動の季節になり、街中の植物園で見かけるようになりました。

フワフワと漂う姿が幻想的です。
腕が無いので飛行する姿はとらえることは出来ませんでしたが、数多くいたのでこんな一枚も

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長浜の街は琵琶湖畔、彦根の北に位置します。
そのシンボル長浜城は、浅井長政の居城・小谷城攻めで功績のあった羽柴秀吉が領地を与えられ大名となり築城したものです。
ただ、秀吉の建てた長浜城は豊臣家滅亡とともに取り壊され、現在の天守閣は近年、住民の寄付等によって再建されたものです。
ちなみに天守閣の裏の太閤井戸は長浜城築城の際に秀吉によって掘られたものだとか。

この日は天気がよかったので、天守閣の白が青空に映えて美しかったです。



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京都東山の清水寺ほど近くに高台寺はあります。。

豊臣秀吉の正室・ねね(北政所)は、秀吉の死後出家し、夫の冥福を祈るために高台寺を建立し、晩年をここで過ごしたとのことです。

思えば、やはり東山に位置する詩仙堂を造営した石川丈山は、豊臣家を滅亡に導いた大阪夏の陣で活躍しています。
高台寺と詩仙堂の距離は数キロ。
滅んでいった豊臣家は側室淀君とその子秀頼のものだったわけで、ねねはどんな思いで、その成り行きを見ていたんでしょうか。

さて、高台寺から清水寺いたる二年坂・三年坂は風情のある通りです。

お土産を商う店や食べ物屋が建ち並び、平日と言えども観光客が途絶えることはありません。

松栄堂は三年坂にあるお香のお店ですが
以前にもフジバカマをここで紹介しましたが、その店先は四季折々の花で飾られていて、いつも楽しみにしています。
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石川丈山と言えば文人のイメージが強いのではないでしょうか。

でも、もともと石川丈山は武家の家に生まれ、武士として大阪夏の陣などの戦にも参加しています。
武士を引退した石川丈山、ここ詩仙堂を終の住処として造営し30年以上に渡って過ごしたとのことです。

丈山自身が設計したとされる庭園、四季折々の花が楽しめます。
ギボウシ

桔梗

オニユリ

ニワナナカマド

こちらはキリギリスでしょうか

どこにいるか、見つけられましたか?
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