・2010年6月5日の日医ニュースNo.1170の一面に原中会長の日本記者クラブでの講演の記事が載っていました。その記事の最後の方で、診療関連死についての発言の引用がありました。「医師が判断を誤った時には、罰せられるべきと考えるが、善意から行った行為に対する処罰が強まると、萎縮医療につながる。・・・」とありました。ホントに「判断を誤った時には、罰せられるべき」なのでしょうか?「罰」とは何でしょうか?とても、疑問に感じます。(あくまで、ニュースの記事なので、本当にこう言ったのか検証が必要でしょうが)
・もう一つ医師会関係の雑誌(岡山県医師会報第186号。2010年5月25日)より。「視点 日本の医療の深淵ー日本の医療の満足度は22カ国で最低レベルなのか-」(清水信義)という論説が載っています。医療者は身を粉にして働いているに、満足度は22カ国で最低レベル、「まさに、医療関係者と医療を受ける人たちの思いの差が、現在の医療崩壊と言われる状況を生じていると思います。」と書かれています。興味深かったのは、「極端になると、病院に入院して治療を受けたのに死ぬのはおかしいとさえ思うのが当たり前になってきています。」と書かれていたことです。実際、現場で働いていると、こういう場面があります。かなりの高齢で、それなりの病気を持っていた方が亡くなった時、「何故、入院してて死ぬんだ」というような事を言われたことがあります。何か、おかしい。(ただし、私の経験ではこういう方は稀で、多くの家族の方は「お世話になりました」と感謝してくださいます。しかし、稀でも、こういう事があるとダメージは大きいです。)
以下日記
・仕事をしだして、再び恐れていた「回覧」攻撃をうけています。ファイルに入った様々な資料が回ってきます。目を通すのはつらいのですが、それによって世界が広がることもあるので、極力まじめに見ようとはしています。
・本日回覧されたものの中に、先日岡山で行われた「ハンセン病市民学会」の資料がありました。そのなかの第6回ハンセン病市民学会現地実行委員会が作成した「島は語る 隔離の象徴としての島を再認識し心の橋を架ける」というパンフレットの中に、次のようなマザー・テレサの言葉が載っていました。
それはハンセン病でも結核でもない。人々にとって最も深刻な病とは誰にも望まれない、愛されない、相手にされないことである。
こりゃ-、やっぱり、マザー・テレサについて勉強しないと。
・今日病院に行ったら、大きなアレンジされた花が部屋に置いてありました。私が2週間に1回行っている「総合病院」の看護部長室からでした。実は、昨日お昼に看護部長室に復帰しましたと顔だしました。冗談で、復帰の花束がないなと言ったのですが、それが効いたのか昨日夜にお花が届いたようです。ホンのジョーダンで言ったのに、申し訳ない、そしてうれしいのですが...ただ、花に添えられたカードに「快気御祝」とありました。おかしいですよね。正しい日本語を使う会会長(会員兼会長一人)の私としては、ちょっと気になりました。(何がおかしいかわかりますか?)
・本日は、復帰後の初めての夜間診療。通常は、19時30分から20時過ぎまで診療していましたが、100%回復でないので、18時までしかしないつもりでした。しかし、結局19時までかかりました。ちょっと、しんどいぞ。
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