・久々の、私曰く(わたし曰く・・・子曰くのパロディーよ)です。
・似たような言い方として、「その質問は妥当ですか?」とか、「問い自体を問いなおせ」とか、言ったりします。「誰が言うの?」って、私がです。聞いたことない?
・昔、コーチングの本を読んでいると、質問するということがとても大切なんだと思いました。その後、「質問力」とかいって、一杯本がでてきました。私が記憶するところによると、ちょっと前読んだのは『キラークエスチョン 会話は「何を聞くか」』と言う本です。今、後ろを振り返って本棚見たら『「問題」を1秒で解決する するどい「質問力」』というのがありました。
・質問と言うのは恐いです。なぜかというと、他人に質問したら、まず、必ずと言っていいほど考えてくれるから。ある意味他人に自覚させない「強制力」が働きます。なんで、本日こんなこと書くかと言うと『あたりまえだけどなかなかできない会議のルール』(宇都出雅巳。明日香出版社。2006年)を読んだからです。
・まあ、まず、これから、オッサンの愚痴を聞いてください。私の病院の経営母体は、医療生協で、一応民主的と言われています。民主的に物事をきめるため、会議がいっぱいあります。しかーしっ、その会議の仕方がなっていない。何のためにしているのか、何が決定されたのか、誰が責任を持つのか・・・あいまい。はっきり言って無駄な会議が多かった。私に言わせると、会議をしたら責任を取らないで済む、免罪符。無駄な会議に費やされた時間=私の青春をかえせっ!と、叫んでも、現在管理職となった私は、無駄な会議をしない責任があります。ですから、大分前に「会議の王様」という通信教育をうけたり、ちょっと会議に関する本を読みました。なんで、今回また、会議の本かと言うと、うちの病院の管理職の会議運営の仕方が、未熟だからです。ただ、昔の知識でもって、批判してはいけないので、改めて、会議について勉強し直しているわけです。
・話を、もとにもどして:さっきの本をよんでいて、おもしろいところ、示唆されるところ、勇気づけられるところが色々あったのですが、この本でも質問のことについて書かれていました。「会議のルール24:問題は質問形で表現しよう」という項目があります。その中に、次のように書かれていました。
質問と言うのは大きなパワーがあります。それは問われた人の意識の方向をコントロールします。そして、質問に対する答えを勝手に探させるのです。
まさに、そうでしょうね。少なくとも、日本で教育を受けた人は、質問されれば、「素直」に答えを考えようとしてくれるでしょう。
・それは、その通りだと思います。しかーし、私は思うのです。質問されたとき、まず、その質問自体を吟味する必要があると。その質問の仕方は妥当なのか?そもそもその質問に自分がこたえなければならないのか?その質問の背景はなになのか?言葉通りのことを問うているのか、じつは別のことを問うているか?etc,etc.少なくとも、日本人はお人よし。質問自体を疑うことが少ないみたい。でも、質問も疑いましょうね?質問されたら、逆に質問しましょう。たとえば、その質問に私が答えないといけないのですか?とかね。(こういう議論は、レトリックにもつながっていきますね。)
以下日記
・入院まで、あと数日。本日も「残務」整理のため、病院へ。さすがにくたびれてきて、今日は11時から14時30分までしか病院にいませんでした。病院を出て、まず、円通寺公園/良寛荘へ。良寛荘で、遅い昼食をとり、花見をしようと思いました。しかし、残念なことに良寛荘は、14時オーダーストップでした。空腹で花見をしました。何と、人の多きことよ。しかし、やっぱりここは春には訪れるべきところです。もう一度満開の時にきたいのですが、その時は入院して、天井みてますね。見晴らしも良いところですから、一度はおいでください。
・で、昼食は、また玉島のTPOSというところへ行き、イカ焼き、雅ちゃん焼を食べました。テラスで食べて、そのあと上記の本を読んだわけです。天気の良いところで、ゆっくりと読書できるなんて、最高。これで、ビールが飲めたらもっと良いんだけど、飲酒運転になるから、残念。
・帰宅後、庭の草刈りとたまったダンボールの整理。(あす、市役所に期日前投票・・・現在浅口市は選挙中・・・のついでに、ダンボール出しに行きます)ちょっと草刈っても息きれます。運動不足。頸が治ったら、しっかり運動しなくっちゃ。それから、風呂入りながら、病院から持って帰ったスニーカーを洗いました。(これを入院時もっていくつもり)入浴後恵比寿の白と普通の恵比寿の二本もビール飲んで、夕食。さて、これから、本格的に入院の準備をします。(鞄に必要物品を詰めていきます)
それでは、みなさま、ボン・ニュイ。
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