・先週の9/9、9/11と重症の患者さんが亡くなり、本日もまたお一人重症の方が亡くなりました。本日その方をお見送りした後、急に緊張感がとれて、脱力です。「緊張の糸がきれる」という言葉を実感しています。
・日頃つかう形容詞や比喩表現を、本当に実感するということは少ないのですが、今思い出すだけで、二つのことは、本当に実感しました。
ひとつは、三味線の上妻宏光がひく曲。題名は覚えていませんが、その曲を聴いていると本当にもの悲しくなってきます。「哀愁を帯びた○○」というのは、こういうことかと思います。この曲を聴くと、音楽で人の心がコントロールできるのではないかとまで思ってしまいます。
もう一つ、「実感した」経験は、元厚労相副大臣の武見敬三氏の講演。厚労省の官僚が、「こんな問題ある政策を出そうとしたとき、自分は、それを差し止めた」と何回もいっていました。でも、厚労省の官僚の出す政策の大本は、自民党政権なのだし、自分は副大臣なのに。自分ら(自民党)が「悪いこと」すすめていて、それを私が止めましたと自慢している講演。「おお、これがマッチ・ポンプということか」と本当に実感しました。この講演を聴いた他のDr.もMLでマッチポンプと言っていました。私の感覚は、そう的外れでなかったと思っています。余談ですが、今の民主党が、「今の、日本は官僚が悪さをしているから、それを正す」と言ったような論調ですが、そんな単純なものでは無いでしょう。なんでもかんでも「構造改革」の二の舞にならないように...
・今日亡くなった方は、古くからの当院の患者さんで、職員の多くから慕われておられました。お見送りの時、看護師、事務となんと11名もでてきて、お送りしました。日中でもあったのですしょうが、記録ですね。自分が死んだときは、どんなだろう...(家で死にたいけど)
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