・呉智英という評論家がいます。かなり手厳しい評論をする人だと思います。何冊か読んでみましたが、結構おもしろいですね。おもしろい理由は二点、評論自体がおもしろい。二点目は、けっこう私好みのユーモアがある。
・私が読んだかんじでは、彼の評論のスタイルは、少なくとも三つの「軸」があります。①事実を確認する:当たり前のことですが、巷にあふれている意見/評論は、きちっと事実を確認しないまま述べられていることが、多いみたいで、呉先生は、それを挙げて、強烈に批判しています。②ダブルスタンダードを批判する:ある事件に対しての意見/評論にたいして、あなたはそういうけど、似たような事例で違うことをいってるじゃない、という感じです。③そもそもの問題設定や、価値観を疑う/批判する:ある命題に対して、そういう問題設定自体がおかしいとか、そもそもそれを評価する価値観がおかしいとか...まあ、読んでみてください。
・本日は、こりゃーとてもおもしろと思った彼が作った「詩」をご紹介。『言葉の常備薬』(双葉文庫。2007年)というエッセイ集の「漢語だから誤読」という中にかかれていたもの。「漢語調の文章に会うと、つい荘重や風格や品位を感じ取ってしまうのだ。」「漢語調は実は曲者なのである。」というのが、このエッセイの主題です。それで、有名(?)な旧制一高(現在の東大教養課程にほぼ相当)の寮歌を取り上げています。まずは、それをご紹介。
『嗚呼玉杯に花うけて』
嗚呼玉杯に花うけて
緑酒に月の影宿し
治安の夢に耽りたる
栄華の巷低く見て
向ヶ丘にそそりたつ
五寮の健児意気たかし
さて、エッセイの中で、呉先生は、問題を出しています。玉杯に花びらを浮かべたり、緑酒に月影を落としている人は誰でしょう?・・・多くの人が、理想に燃える一高生と思っているみたいです。私もある時期までそう思っていましたし、呉先生もそうだったそうです。じつは、「愚民俗人ども。天下を憂うることなく、花見酒や月見酒にうかれ、太平の夢にふけっている」ということです。で、呉先生が、漢語調をあらためて同主旨の歌を作ったのがしたです。
『けっ、バカラのグラスでレミーだと』
けっ、バカラのグラスでレミーだと
バブルの夢でも見てるのか
浮かれた俗物見下して
向ケ丘の学生寮
一高生の意気高し
・呉先生が自分でも言っていますが、これではあまりにも風格にかけます。でも、言っていることは同じです。私は、この寮歌の真意を知ってから、一高生の選民意識が鼻につきました。た。でも、呉先生は懐がさすがに広い、「選良意識が鼻につくという声もあるだろうが、むしろ若者らしい意気込みに共感を覚える人の方が多かろう。」とかかれております。(私は、少数派)イヤーッ、「けっ、バカラのグラスでレミーだと」なんという表題、私大好き。
・蛇足です
ここでいうバカラとは、トランプを使ったカジノ賭博ではなく、バカラクリスタルのことで、フランスのバカラ村で作られ始めたガラスの高級品。
レミーは高級ブランデーのレミー・マルタンのことで、ネズミの名前ではありません。
以下日記
本日は休みですが、仕事がたまっているので病棟にはよらず、ひたすらデスクワーク。健診の所見づけもあり、それだけで1時間30分。結局9時過ぎから、17時30分まで働いておりました。で、ほんとは帰ってきてサッサと風呂入って、昨日ジャスコで買った輸入ビールを飲みたいところですが、三女が友達と夏祭りにいっており、20時に車で迎えに行く約束をしているので、現在待機状態。オアヅケをくった犬状態です。(犬といえば、大田原源蔵・・・わかるかな?)
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