・標記の文は、「クレタ人は嘘つきだとクレタ人が言った」とか、文を罫線で四角に囲って「この四角の中の文はうそです」というのとにてるかな?・・・ちがうかーっ。
・昨日研究会で「現代医療と医療倫理」というテーマで、熊本大学の生命倫理学分野の浅井篤教授の講演を90分ばかりききました。断片的に医療倫理の本は勉強していましたが、昨日の講演でかなり整理されて良かったです。最初に人工呼吸器を外すか否かorはずした三つの事例の紹介から、非悪性疾患/高齢者の終末期の倫理問題のはなし、日本のガイドライン等盛りだくさんな内容でした。
・標記の言葉は、以下のようなスライドを呈示された時に言われた言葉です。
臨床倫理を取り巻く日本の現状
・医療現場の主な倫理的問題に関して法は「空白地帯」
・悪性疾患に関する真実告知の是非、特に非告知の是非は確定しておらず、意志決定における自己決定の優位性は絶対的ではない。
・自己決定権の有効範囲も曖昧。事前指示の有効性も法的に認知されていない。関係者の意向の優性順位も不安定である。
・延命治療の中止の是非には地方裁判所レベルの判例のみであり曖昧なまま。
・ALSの患者さんが人工呼吸器を外してほしいと要望し、家族も同意、倫理委員会でも検討しOK、しかし実際に人工呼吸器を外し患者さんが死亡した場合、法的責任が問われるかどうかは、現時点では、分からないと言うことです。・・・なんか、この「スライド」のみ見ていると不安になりますね。
・講義全体を聴いて思ったのは、医療倫理で悩んでいるのは医療者側のみで、あまり、一般市民が(当事者にならないかぎり)「悩んでない」のではないかということです。(それに関したNPOはあるものの)ひろく、一般市民を巻き込んで医療倫理問題を一緒に考えていく活動が求められると思いました。
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>Paul Carpenterさま、コメントありがとうございます。
私も、死ぬということはどういうことか、国民的な議論を起こしていかないといけないと思っています。
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