・木曜前泊で、金、土の午前中は呼吸器関係の研究会、土の午後は振動病の研究会に参加しておりました。研究会に参加することは、モチベーションを挙げられるし、教訓になること、自分たちに足りないこと等、日常診療に流されて気がつかないことに気づかせてもらえます。
・呼吸器の研究会では、じん肺という病名で、生活保護を受けていた人が、MSWの介入で労災認定がうけられた事例を聞きました。この事例で思ったのは、まず、生活保護の診断書をうけとった福祉事務所がじん肺は労災の対象にならないかと思わなかったのか?また、その診断書を提出した医療事務は、何も思わなかったのか。医師は?といった思いをいだきました。労災になる疾患には敏感になってほしいなと思いました。ただ、これは医師や医療事務の個別の問題ではなく、システムとして、労災になる可能性がある病名を見た場合、なんらかの形で議論の俎上にのせるようなシステムがいるのではないかと思いました。
・労災に限りません。本来なら特定疾患になる特発性間質性肺炎が、なにも申請されていなかったり、身体障害者手帳がもらえるはずのHOTの患者さんが、毎月高い自己負担を払っているとか、ときどき、私は経験します。労災にもどれば、アスベスト関連疾患というのは最たるものでした。いや、これだけ社会問題になったのに、スルーされている場合があります。医療機関は、社会資源がきちっと活用できるようなシステムを構築すべきだし、医学部や看護学校の教育でも、社会資源について十分教育してもらいたいと思います。(初期研修の要綱に、「社会資源が適切に利用できる」といったものがはいっているのでしょうか?)
・ちなみに思いつくままに、呼吸器疾患関係の社会資源を以下に書いてみます。
特定疾患:IPFやサルコイドーシス、原発性肺高血圧症、特発性慢性肺血栓塞栓症
健康管理手帳:じん肺、石綿、コークス、クロム、ベリリウムetc.
他にもあるでしょうが、酔っぱらって書いているので、こんなもんです。エンタの神様みなくっちゃ。
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・標記の文は、「クレタ人は嘘つきだとクレタ人が言った」とか、文を罫線で四角に囲って「この四角の中の文はうそです」というのとにてるかな?・・・ちがうかーっ。
・昨日研究会で「現代医療と医療倫理」というテーマで、熊本大学の生命倫理学分野の浅井篤教授の講演を90分ばかりききました。断片的に医療倫理の本は勉強していましたが、昨日の講演でかなり整理されて良かったです。最初に人工呼吸器を外すか否かorはずした三つの事例の紹介から、非悪性疾患/高齢者の終末期の倫理問題のはなし、日本のガイドライン等盛りだくさんな内容でした。
・標記の言葉は、以下のようなスライドを呈示された時に言われた言葉です。
臨床倫理を取り巻く日本の現状
・医療現場の主な倫理的問題に関して法は「空白地帯」
・悪性疾患に関する真実告知の是非、特に非告知の是非は確定しておらず、意志決定における自己決定の優位性は絶対的ではない。
・自己決定権の有効範囲も曖昧。事前指示の有効性も法的に認知されていない。関係者の意向の優性順位も不安定である。
・延命治療の中止の是非には地方裁判所レベルの判例のみであり曖昧なまま。
・ALSの患者さんが人工呼吸器を外してほしいと要望し、家族も同意、倫理委員会でも検討しOK、しかし実際に人工呼吸器を外し患者さんが死亡した場合、法的責任が問われるかどうかは、現時点では、分からないと言うことです。・・・なんか、この「スライド」のみ見ていると不安になりますね。
・講義全体を聴いて思ったのは、医療倫理で悩んでいるのは医療者側のみで、あまり、一般市民が(当事者にならないかぎり)「悩んでない」のではないかということです。(それに関したNPOはあるものの)ひろく、一般市民を巻き込んで医療倫理問題を一緒に考えていく活動が求められると思いました。
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