・ブログを立ち上げて、早1週間。最初にコメントをくださたブログ「アメリカ脳血管内治療事情」を書かれているTai-chanに感謝いたします。その中の「脳外科医たるべき器量」の中に、以下のような記載がありました。
「州単位の皆保険制度を有するカナダの脳外科医レジデントは4割が途中で辞めてしまう事態となり、カナダ脳外科学会会員にアンケート調査を行い、その結果を2003年の下記の雑誌に発表した。
脳外科医に必要な器量とは?
1位 誠実
2位 やる気
3位 問題解決能力
4位 学習意欲
5位 ストレスをコントロールできる能力」
とありました。これをみて「同感、共感、安心、やっぱりそうやな」という思いを持ちました。医師生活24年、いろいろな経験(診療、研修医の指導、他のお医者さんとのお付き合い等々)をして、医師の一番の素養は「誠実と謙虚」と確信しておりましたから。
・研修医時代、大先輩が「教育とはともに未来を語ること」といって、小先輩が「ルイアラゴンの詩ですね。」といったやり取りを覚えております。正確には
みたいです。(ブログ「フランス語の勉強?」から貼り付けさせていただきました。)
(ちなみに、フランス語全然分かりません)
そのとき「教えるとは希望を語ること」というのは分かったような気がしましたが、「学ぶとは誠実を胸にきざむこと」というのが、ピンときませんでした。ところが、水島の大気汚染に関わる裁判(倉敷公害裁判)にかかわったなかで、「ああ、こういうことなんか」と思いました。私は、裁判の中で公害患者さんの主治医の意見書を書いたわけですが、それにたいして被告側企業に雇われた「高名な」お医者さんたち(有名大学教授や国立病院院長等)が、めちゃめちゃ理不尽な意見書をだしてくるのです。「アンタが、教科書にかいていることとちゃうやんか」という思いです。教科書では、気管支喘息や慢性閉塞性肺疾患に大気汚染が影響することをかきながら、裁判の意見書や証言では大気汚染を否定する。まあ、ひどいはなしです。あっちでは、yesといいこっちではnoといい、「あんたの学問的誠実さはなんや!」という感じでしたね。
・医者が誠実と言うのは、①患者さんにたいして②自分に対して③真理に対して誠実だということだと思います。まず、被告側の医者は学問に対して誠実ではなかった。おまけに、患者さんの訴えを無視し、まるで、うそつきあつかい。患者に対して誠実でもないですよね。こういった経験をとおして「学ぶとは 誠実を胸にきざむこと」が胸に刻まれたわけです。
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (121)