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先週、医局で某新聞の社会面の読者からの声、というのを読んでから仕事への意欲が衰えているわたし。今日はちょっと毒を吐かせてくださいな。
わたしが小さい頃に住んでいた家の近所に渡部さん(仮名)というお宅があり、おばあさんが暮らしていました。今から考えるとそんなにおばあさんではなかったのかもしれませんが、その頃のわたしからは十分におばあさんでした。
思いたつとわたしはそのお宅の玄関をがらがらっと開けて「わーたべちゃん!」とおばあさんを呼び出すのでした。おばあさんは、まず玄関に現れ、ちょっと待っててね、と奥へいったん引っ込みます。
次に現れたときには、手になにかお菓子を持っています。わたしは「ありがとう」と言って、お菓子を貰って帰ります。
これって毎日がハロウィン?
わたしの家の近所に住んでいたある女の子の家ではわたべちゃんおやつは禁止されていました。「のりちゃん、よくないんだよ」って、彼女に言われたことを覚えています。
実家に帰ったときにこの話を母にしたところ、いくつかのことがわかりました。
渡部さんはもとおめかけさんで、子供がいなかった。
わたしが貰っていたお菓子は10円ガムとか仏さま用のお饅頭とかたいしたものではなかった。
なので、まあ、わたしの家では禁止はしなかった。
ちなみにわたしの母は、母の郷里の僻地の病院で、ある科の医者が東京の大学から3ヶ月交代でくるのは期間が短すぎてけしからん、という話題のときに、「地元民ならともかく、医者の奥さんにとってイセタンもないようなところでは3ヶ月が限度だ。」というマテリアルな意見を言っておりました。さらには、高校の同窓会を通じて「地元病院で心カテーテルができるように」運動の署名がきたときには、「うかつに署名をして、行かされることになった医者からうちの娘が逆恨みをされても困る」とスルーしてしまった現実的な人物ですので、ああ。
わたべちゃんおやつを禁じられていた女の子の家では、いけないとされるものがいろいろありました。わたしの勉強机に蛍光灯や鉛筆削りがついていること(だって、その頃の流行だもん)や、わたしの父親のワイシャツがおうちでの洗濯でなくクリーニングに出されていること(わたしの母はアイロンかけ嫌い人間)もいけないことでした。
わたしはその女の子からいろいろな事を教わりました。それらの多くは賢い消費者系のネタでした。
わたべちゃんおやつを禁じていた女の子のお母さんは新聞の投書が好きなご婦人でした。わたしの母は「ネタにされた!」と家庭内で炸裂することもありましたが、とりあえずは仲良くしていたようです。。
わたべちゃんおやつを禁じられていた女の子はその後、新聞記者になりました。小さい頃から親に教えられたように、正しい(と信じる)ことを人に伝え、正義と戦うためになのでしょうか?彼女にとってはそれが当たり前のことなのでしょう。
n=1 のこじつけです。
おとなになってからは会った事もないし、どんな記事を書いているのかも知りません。
悲しいけれど、新聞記者のみなさんは本当に悪気がなく、信念に基づいていろんなことをしでかしちゃっているのかも。
もう長いこと、わたしは新聞を購読していません。
お金を払ってまで不愉快な気分になったり、資源ごみに出さなくてはならないものが増えるのはいやですから。美しくないもの、まやかしのものをおうちにおいておきたくないですから。
医療関係の記事がめちゃくちゃな内容なのと同じように、経済や政治についても、真実はどこにも書かれていないのではないか、と思いますから。
引越しのときには、そうっと医局の新聞を持って帰れば用事は足りますし、それこそホームセンターでぷちぷちを買ってきたっていいのですから。
新聞社のみなさん、ごめんなさい。わたしたちの仕事の尊厳をあなたがたが踏みにじるように、あなたがたの仕事の尊厳を踏みにじるようなことを書いてしまいました。