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今は比較的のんびりとした職場環境なので命の洗濯をしていますが、地方中核病院で働いていたころはそらもう、1週間のうち30分だけうちに帰って着替えをとってくるという生活でした。
24時間いつでもオンコール状態。下っ端なので当たり前ですが^^;呼ばれればいつでもすぐに駆けつける(でもその代わり他科の先生、こっちの時にはお願いします;;)。という状態でした。
ちょっと話がそれましたが、そんな病院の夜間救急はやはり忙しかったです。いわゆるコンビニ救急。寝れない時にはまったく寝れない、外科系なのに内科や産科もやってるときは怖かったけど、今思い返すとやはり怖いですね。
怖い救急当直の時に大事なもののひとつ。
それは・・・
です(笑)
いや、笑い事でなく大事な要素だと思います。勘だとさすがに乱暴ですが言い換えれば
という感覚です。それこそ某アニメのように「キュピ-ン」と第6感が走ります。診察上はそれほど怪しくないんだけど、検査データもそれほど酷くはないんだけど・・・。けど何かが気になる。何度か危ういところを救われました。
その日の午前中に産婦人科の超音波検査で以上無しとされた腹痛の女性。腹膜刺激症状はない。軽い微熱。なんだか気にかかって失礼を承知で産婦人科の先生に診ていただいたら、子宮外妊娠の出血で臨時オペ・・・。救急外来を裁いてる時に「さっきの人外妊だったわ。これからオペね^^」と言われて、ぞっとすると同時にホッとしました^^;
個人的にこの感覚を非常に大切にしています。この感覚はきっと当直をある程度こなしている先生であればなんとなく判ってもらえるんではないか?と思います。
医師になったばかりの頃にはそれほど働かなかったこの「勘」も、回数を重ねていくうちに段々と強くなってきました。言ってみれば経験であるとは思うのですが。
一番ベストなのは、知識と診察から得た情報を元に確実な診断を行うことです。そこは重々承知していますが^^;
けれどもこんな不確かなものに頼るわけにはいかないのでw
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阪神大震災.
新潟の地震.
そしてつい先だっての石川県の地震.
天災はやはり対応しきれないところもあるのかもしれませんが,それを以下に最小限の被害に抑えるかは大切なことだと思います.そのためには一個人レベルではどうしようもなく,やはり行政のかかわり方が非常に重要になってくると思います.
都知事再選を果たした石原都知事の談話に関してこんな記事がありました.
東京都知事選で3選を果たした石原慎太郎知事が8日夜の会見で「神戸の地震の時なんかは、(自衛隊の派遣を要請する)首長の判断が遅かったから、2000人余計に亡くなった」と発言した問題で、兵庫県の井戸敏三知事は9日の定例会見で、「失礼な発言だ」と批判した。
井戸知事は阪神大震災について「明け方の突発的な上下動が激しい地震で、多くの犠牲者が圧死だった。公的救済が入る前に、地域住民による救済が必要な状況だった」と言及。そのうえで「『関東大震災』が起こるとされている東京都のリーダーが、そのような認識だといささか心配だ。都民も心配で眠れなくなるのではないだろうか」と語った。
都知事らしいモノの言い方という感じもしますが^^;
しかし,都知事再選にあたり改めて災害時の迅速な指示を行いたいというニュアンス(だと思います)の発言は非常に頼もしいです.
実際に阪神大震災の時に自衛隊の災害救助の指示が遅かったかどうか?それはネット上で色々と論議されているようなのでここでは触れませんが,災害時には行政レベルでのすばやい対応が非常に重要だと思われます.
自分の身近にあった話として,新潟の大地震のときの話があります.
県内に救急専門医の資格を持った非常に行動力のある先生がいます.新潟の時も,その先生は現地に駆けつけて支援を行いたいと考えたそうです.しかし,立場的に公的病院の職員であったため上から行くなとの命令がおりてしまいました.県としての対応も『まずは待機せよ.必要があればこちらから指示する.』といった内容だったとの事です.
その先生が行動を起こそうとしたのは災害発生後数日のうちだったようです.けれども医師が一人欠けることは病院としても無理という判断,お金は出せないという判断だったそうですが・・・.
自衛隊にせよ医師にせよやはり行動に縛りを受けてしまう面はあります.いざという時に以下に迅速に指示を出してもらえるかで,もしかしたら少ないかもしれないけれど何名かの命を救えたりするかもしれません.そのためにはやはり行政レベルのバックアップや理解が必要だと思います.
その点では,最初にあげた石原都知事の発言はやはり頼もしく感じます.「多くの犠牲者は圧死だから」という流れで知事の発言を批判する点にはやはり納得できないと思います.そして『公的救済が入る前に、地域住民による救済が必要な状況だった』という発言の意味がどうしても良くわかりません^^;
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天に召されましたorz
正確にはHDが逝っちゃったんですが・・・.
買って2年.早すぎる最期でした.
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最近変な方向に頑張っているTびーSさん.
以前にも「筋肉番付」という番組において,参加者が頸椎損傷となり番組を中止となった事があった会社です.
ちなみに担当者が詳細を把握してなかったそうですが,収録が3月3日,on airが3月21日,発覚が4月2日です.担当者は行方不明だったんでしょうか?
ちなみにこの報道の前に同じ内容ですがこのような記事もありました.
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看護師の内診問題。
なにやら二転三転して、状況がつかめません^^;
出てくる情報にいちいち一喜一憂していては身が持たないw
ということで、新小児科医のつぶやきさんや、産科医療のこれからさんの所を注意深く追っていきたいと思います。
何とか妊婦さん達にとって良い方向へ向かうことを願っています。
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厚労省がお産時の看護師補助行為を明示、内診は認めず(2007年4月2日14時9分 読売新聞)
厚生労働省は2日、都道府県に対し、お産の際に産婦の様子をみるなど、看護師も一定の役割を果たせることを明示した通知を出したと発表した。
産婦への内診行為については、これまで通り認めていないが、同省では、「助産師がいなくとも、医師と看護師だけでのお産も可能ということを明確にした」としている。
通知では、お産に関する看護師の業務について、「自らの判断で分娩(ぶんべん)の進行管理はできない」とした上で、医師・助産師の指示監督のもとで「診療または助産の補助を担う」とした。産婦の様子をみたり、機器の数値を読み取り、医師・助産師に伝えたりすることが想定されている。
医療現場では既に行われているが、厚労省は内診の禁止を通知するだけで、お産における看護師の役割を規定してこなかった。
(以上 記事の引用です)
と思ったら・・・^^;
訂正記事が入っていたんですね・・・.
記事をあげた5分後に気付きましたw.
やはり産婦人科問題をしっかりと取り上げている方は気付いているんですね.(産科医療のこれから を見て気付きました)
内容は至極当然のものと思います.専門が違うのでこれ以上は突っ込めませんが.
しかし・・・.この発表をどう嫌な風に受け取れば,あの記事になるんだろうか・・・.4月1日のネタとしても悪趣味な気がします.各紙同じような記事が並んでいたので騙されました.
と,言い訳して締めたいと思います(苦笑)
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以前とは違い,インターネットと言う便利な道具も世の中に浸透した今,様々な情報が手に入るようになりました.しかしその中には有益なものもあれば,真実ではないものも含まれています.これに関しては医学的なものだけでなく全てに関して当てはまるものではないかと思います.「簡単に情報が得られる=簡単に騙される,勘違いをしてしまう」のかもしれません.
と言う前置きを書いて・・・.
自分にとって他人事ではない『医療問題』に関して色々と見て回っていると,どうしても自分の専門領域の怪しげな発言が目に付きます.他の領域の怪しげな部分には気付かず騙されているのかもしれませんが(苦笑)
某巨大掲示板では,『嘘を嘘と見抜けるかどうか』と言う言葉があるようです.騙される方が悪い・・・.確かにその通りなんですが,まだ歳をとりきれていないせいか大人気なくついつい口を出してしまいます.口の出し方も大人気ないもの(と言うか子供でした)であったため,悪意を持った人間との誤解も受けてしまいました.
けれども,やはり自分が専門のことに関しては自分の性格として訂正を入れたくなってしまいます.何も知らない人が騙されてしまう,勘違いしてしまうと言うのも問題だと思ってしまうせいかと思います.自分でもちょっとした『偽善』かもなと思いますし,『親切の押し売り』かもしれないとも思います.それでも・・・と思う自分は精神的に歳をとりきれていないのと同時に,まだ擦り切れてはいないんでしょう.
今回誤解を受けてしまったのは過分に自分自身の責任もありました.勤務時間中の空き時間に余計な意見を書き込んだりと公的にも問題があったりもしました^^;反省するべきところはしっかりと反省して・・・.
他の先生方は,間違ってるなと思ったときにどうされてるんでしょうか?やはり訂正せずには要られない(笑)?それとも気にしない?ちょっと他の人の感覚を知りたいなぁと思ったり.
私はきっと,ちょこちょこと訂正を入れていきそうです.
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石川県の地震に関連した記事です.
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2007032500262>病院では、負傷者を程度に応じて黒や赤などの色付きカードで振り分け、重傷者には優先的に処置を施し、軽傷者には声を掛け不安を取り除いた。正午すぎには病院内は落ち着きを取り戻した。
地震の規模や,これまでの情報からすると,『黒や赤などの色つきのカード』はせいぜい数枚?黒がそんなにたくさん出てたらきっと『見捨てるのはひどい』とか言ってマスコミ叩いてきたんじゃないかなぁ,なんて思ってしまいました.
トリアージに関して勉強不十分なライターさんだったんでしょうか?言葉として世の中に出てきたのはいいことだと思いますが,黒タグが付いた,付けられた患者さんへの対応に,いつの日か非難が集まりそうな気がします.
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詳しくは『新小児科のつぶやき』http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/ に詳しく載っていますので,そちらを読んで頂くとして.
自分が思ったことを少しだけ.
義務化された研修期間中に僻地に行かせること自体がソモソモ疑問ですが.2年間の義務年限を終えた研修医が僻地に一人で向かったところで,どれほどのことが出来るのか?という疑問があります.知識も大切ですが,その知識を生かすためには経験が大きなweightを占めると思います.確かに一人で怖い思いをしながら診療に取り組めばそれはそれで大きな経験にはなると思いますが,僻地の患者さんを実験台にしていいものでしょうか?
通常は指導医の元で研修を重ねていくのですが,指導医も当然招聘してくれる・・・訳は無いですよね.医師が足りないためにこういうシステムを考えたんでしょうから.一人医長による診療が厳しいということで(それだけではないですが),医師を集約して拠点病院化しようとしている中,研修医or研修医上がりの医師に僻地で一人で診療しろというのは厳しい物があると思います.万が一トラブルが起きてしまった場合,その若手医師一人が責任を負うことになる・・・.ちょっと可哀想過ぎます.
あくまでも若手医師の僻地勤務義務化を押し通すのであれば,日医会の経験豊富な方々に是非指導医として一緒に赴任してほしいと思います.この形式であれば,若手研修医の負担も減り,頼れる指導医とともに地域医療に貢献できるんではないか?と思います.
この方針はいったいどのように進んでいくのでしょうか?
興味深い話です.
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元ネタは元検弁護士のつぶやき
この記事に気付いたのはS.Y.’s Blogにて.
とりあえず以下のコメントを読んでください.
私が勤務しているのは田舎の県なのでここまでわがままだったり自己中な患者にはあんまり会った事はありません.
自身,10年前,5年前と2回にわたり手術をして患者サイドの視点を経験していますが,こういうケースには行き当たりませんでした.
田舎であることが幸い?しているんでしょうか.
数年前まではなかったけれど,最近はもしかしたら私が住む田舎でもこういう事はあるのかもしれません.
私はまだまだ若手のひよっこなので,患者さんサイドからの非難,不満に対してあれこれ言える立場ではないので気付いていないだけかもしれません.
医師の心が折れるときがこんなにも日常の業務の中にちりばめられている状況はゾッとします.当然私たち医療従事者側にアレコレ注文が來るのは仕方が無いのかもしれませんが,好き放題にこちらを叩くのでなくそろそろ患者さんサイドへの教育目的のマスコミ,政府の行動が欲しい気もします.
けれども・・・.想像しようとしても,こちらの期待をはるかに超える斜め上っぷりが発揮されて,やっぱり私たちが叩かれているという構図しか浮かばない^^;
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訴訟リスクの高い科の20年目医師です。 内科系ですが救急中心の医療に従事しています。
最近病気をして患者さんになりました。
そこで、名著「医師が患者になったとき」のように、患者の目線で医療を見直すチャンスと思い、よく観察し、勉強しようと思いました。
それなりに重病でいろいろ経験しましたが、もっとも大きな経験は違うものでした。
患者になって見えたもの。それは医療者に対する患者さんたちの発言、態度があまりに目に余るということでした。医師に対する批判、看護師に対する批判、病院に対する批判等々、少しは医療者側にも反省すべきこともあるかと公平に考えようとしましたが、公平に考えるほど怒りはわき上がりました。医師の立場では決して聞こえなかった声を聞きましたが、それらは、本当に自分たちの身勝手、医療者が患者様に使えて当然との思想、お金払っているお客様気取り、等々。 まったく一患者になっても納得できませんでした。医療者の善意はまったく伝わっていません。病人に親切にしてくれる医療者をまったく馬鹿にしており、無理の言いたい放題でした。日本人は病院はダダをこねても怒られない場所と理解しているのでしょうか。
病気が治ったらまた現場にでるつもりでしたが、これをみてしまったらもう無理。もちろん、いろいろな人々がおられ、こんな人ばかりではないと思います。 でも私には人の善意を期待できなくなってしまったのです。
結局私が患者になって体験したのは、「患者の心なさで医師の使命感が折れるとき」でした。
こうして医師が減ってゆくのです。