3月22日から間借りしていた関連老健から
元の病棟へ戻りましたが
病院含め、市内は断水のままで
通常診療へ戻るにはもう少し時間がかかりそう
4F内科病棟から医局に降りたら
また余震
同規模地震が来たときの病院の建物および自分自身が
また地震に耐えられるかどうか 大きな不安
さらに追い討ちをかけるのが 放射線物質
まあ、すぐ死ぬことはないから津波や地震よりはいいかも
電気供給は復帰したが断水したまま
間借りしている特老と老健のうち、老健の受水槽に3日目になってやっと市からの給水補助10tが来た
10t毎日補給されればいいが、断水状態が改善したわけではなく
今後いつ病棟に戻れるかどうかは不明
更には断水のままでは生化学検査ができないので、入院受け入れは不可能
以前として余震は多いが、だんだん小さなゆれには恐怖がなくなってきた
その分、常に身体が揺れているような感覚が続く
船釣りしたあとに身体が揺れている感覚にも少し似ている
地震酔いというべきか
三陸や原発近辺の人たちには比べようもありませんが
神栖もライフライン完全復旧はまだです
現在、電源は一時復旧、断水は継続
病院なのに公的支援は全くなし、余震や津波情報も聞き逃せない状態
以前の上司よりメイルがありその返信である
どうも
3・11地震発生当時、築40年の病院の4Fでムンテラ中、一度目の地震
震度は多分5以上で、立っていられる状態ではなく
患者をみて回っているうちに、15:15今度は茨城県沖震源で再度同程度の激しい揺れ
もうこれで終わりかと思ったが 病院倒壊までにはいたらず、
同敷地内に老健や特老があるため患者をそちらへ移動するも
レスピレータついている患者はその機器重量のため降ろせず、代替器もないため3人ほど病棟へ残置
幸い、年寄りで状況把握できない患者が多いが、厳しい判断
断水、一部のみ備蓄水で対処も今後は不明
非常用発電でなんとかもち3.13pm18:30に電気のみ復旧
公的に水の配給はなし 患者転院の話もなし
給食は最低限度で一日二回 元気な整形外科患者とかDMの患者はそろそろ
我慢ができなくなってきているかもしれない
電気は復旧したがエレベーターが使用できないために3人は残置のまま
しないでは自衛隊が各所で給水しているようですが、病院には来ない
今後病棟に復帰するメドは、水道が復帰したとしてもエレベータが使えない状態だと
いつになるかは不明
危機管理の実践です
家は停電断水だったが、3.13 夜電気復旧も断水のまま
2日半たったが、今後は不明
周囲は鹿島コンビナート、住友金属で爆発、出火あるも報道は全くなく
さらに病院にさえ公的支援がないことは
陸の孤島というにふさわしい
死亡者がでていないが。こんご長期化する様相有り
不安材料は多い
メイルもらってほっとしました
おちついたらまた
もしここで津波がきたら標高数メートルの地域でしかも利根川も隣を流れている被害は予想に難くない
家族は家にいる、屋根の上に登ってもらおう
こっちも自力で生き残るべく、車内にいられた場合を想定して
水分と食料確保すべくコンビニ行くが、ほとんど何もない
チョコレートとベビースターラーメンとコンデンスミルクを確保
自販機見つけて水3L確保
まだまだ先は長いぞがんばろう
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