2009.05.07 22:47 |  その他(一般)  |  責任能力  |  犯罪  |  malinger_s  | 推薦数 : 0

医療に続き、司法も崩壊か・・・

刑事責任能力について、いろいろと思うところがあり、いずれ、まとめて文章にしたいと思いつつ、延々と先送りになってしまっています。

特に最近目立つ、あるいは、気になるのは、精神障害者の刑事責任能力について“?”な判決が多いことです。

判決を下すのは裁判官の仕事であり、判決の是非を裁判官以外のものが云々するのは不適切だと思います。

(「不当判決」という言葉は不当だと考えておりますので)

ただ、刑事責任能力に関しては、精神鑑定という形で裁判官からも意見を求められるくらいですから、精神科医が意見を述べてもいいのではないかと思い、この文にしました。

以下のは、本日(平成21年5月7日)判決が下された、ある殺人事件に関するニュース記事へのリンクです。

時事通信 読売新聞 河北新報 

その方の責任能力を示す根拠が不十分で、責任能力に疑問・合理的疑いが残る、とのことで無罪判決となったと報じられています。

同様の判決をしばしば見かけるようになってきていますが、これはどうしたものか、と思うのです。

たいていの精神科医は、精神障害によって明らかに理非善悪の判断ができなくなっている場合に、心神喪失に相当すると判断していると思うのですが・・・

理非善悪の判断ができる(できていた)かどうか合理的な疑いが残る、とのこと心神喪失ということになれば、精神鑑定に持ち込むことさえできれば、かなりの割合の人が(精神障害があっても、なくても)心神喪失になってしまうでしょう。

障害・病気があると判断することより、障害・病気はないと断定することの方が難しいのです。

精神鑑定(本鑑定)は、通常犯罪行為からかなりの時間を経て行われるものです。

事件後に多少でも精神症状があれば(もともと精神障害があった場合はもちろん、事件を起こしてしまったということに対するストレス反応であっても、拘置されたことによる拘禁反応であっても、はたまた詐病であったとしても・・・)、時間が経てば経つほど、事件当時に100%責任応力があったかと問われると、その疑いを合理的に排するのは難しくなってきます。

心神喪失・心神耗弱というのは、本来は例外的な事例なのです。

精神障害の範囲が広がり、一般的となった現在では、より厳密な適応が必要なのではないかと思います。

心神喪失と判断するためには、 明らかに理非善悪の判断ができなくなっている、ということを必須とすべきでしょう。

 

もう一つ大きな問題は、パーソナリティ障害(人格障害)の取り扱いです。

時折、パーソナリティ障害を理由に心神耗弱が認められたりしています。

しかし、統合失調症などと異なり、パーソナリティ障害の方に、心神喪失・心神耗弱を認めるのは、いかがなものかと思います。

治療的な面からは、パーソナリティ障害を理由とした罪の減免は本人のためにならない、と考えます。

ごくおおざっぱにいうと、その個人のルール(考え方・行動の仕方)が、社会のルールから、大きくずれてしまったのが、パーソナリティ障害です。

ルールから外れて、他者に迷惑をかけてもペナルティなしでは、自分のルールを、社会の中で許される範囲に収められるようにはなってゆきません。

 

詳細な議論は、いずれ別に行いたいと思いますが、とりあえず・・・

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最近の原油高を受けて、国レベルで「原油高対策」と呼ばれるものが行われようとしています。

 

本日やっと気づきました・・・。

原油高対策 = 原油が高くなることに対する対策

じゃ、ないんですね!

原油高対策 = 原油が高くなったことに対する対策

なんですね!私、ずっと勘違いしていました・・・。

 

後ろ向きに、原油が高くなって、生活や企業活動が苦しくなったことに対してどういったことができるか、というのを原油高対策というのです。

前向きに、原油が高くなったことに対して、これから少しでも安くしてゆくためにどういったことができるか、という対策ではありません。

そういうものは原油高対策とは言わないか、あるいは、原油高対策としては重要じゃないみたいですね。(マスメディアでは取り上げられていないみたいで・・・)

そういえば、この国では、予防的な前向きの対処よりも、起こった出来事にその都度対応してゆくという後ろ向きの対処を「対策」と呼ぶ傾向が強いようですね。

 

世の流れはともかく、個人的には、やはり前向きに、「原油が高くなることに対する対策」を原油高対策として考えたいと思います。

個人ができることは、本当に微々たるものですが(油田を開発したりはできないので・・・)、少しでも石油の消費が少なくなるように、照明をこまめに消したり、エアコンの設定温度を少し上げたり、車の運転の際にゆっくり加速したり、・・・これからもがんばって「マイ原油高対策」をやってゆきます!

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原油が高くなっているそうです。

そのため、石油製品の価格が高騰しています。価格を自分で設定できる業種では、原料費が上がった分を商品価格に転嫁しようとしていますが、自分で価格の調整ができない業界(医療業界もそうなのですが・・・)は、赤字になってしまう業種もあるとのことです。

この窮状を世に訴えるため、一斉に仕事を休んだ業界もでてきていますね。そういった一連の議論の中で、所得の「直接補償」が一部で話題に上っているようです。「直接補償」を主張されている方々は、本気なのでしょうか?冷静に考えると「直接補償」をしてはいけないということはわかりそうなものですが・・・。

 

原材料費が高くなったが、商品価格に転嫁できないため、赤字になる。そこで、赤字を直接的に補償するとどうなるでしょうか・・・。

答えは、何も変わらない、です。

赤字を直接補填したとしても、他に何も変わらなければ、原材料は高いままですし、商品価格も変わらないから、補填がなくなれば、赤字です。それなら、赤字にならないように(業界保護のために)、補填をし続けるのか・・・ということになります。

問題解決に向かわない行動をとるとどうなるのでしょうか。

金銭的な問題でしたら、財布に余裕があれば、ちょっとした無駄遣いをしたというだけですみますが、余裕がなければどうでしょう。問題解決に使うお金が不足する、すなわち、問題の解決を妨げる、あるいは問題の悪化にもつながりかねません。

進むべき方向を間違ってはいけません。進むなら問題が解決する方に向かうべきです。問題が解決しないのなら、むしろ何も対策をとらない方がいいでしょう(それがベストではないにしても)。

 

~今回の続きを読むは、本論からはそれてます~

続きを読む

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誤解される可能性があること、あるいは自分自身が誤解しているかもしれないのを、承知の上ですが・・・。

 

昨日からイライラさせられているのは、障害者自立支援法に関する訴訟のニュースです。

ご承知のように、自立支援法が施行されて、一部では、それまでほぼ無料で受けられていたサービスが、 1割の自己負担を要するようになりました。

確かに、サービスの低下であり、負担が増えてしまった方々はお困りのことでしょう。

しかし、地方自治体は国が決めたルールにのっとって運営していることは明らかです。

訴えるのなら、その対象は明らかに「国」の方であって、地方自治体ではないのではないでしょうか。

 

法律について詳しくありませんので、私の誤解かもしれません。原告の方々は自治体を非難するつもりは全くなくて、訴訟テクニック上必要なため、先に自治体を訴えただけなのかもしれません。(もしもそうなら、詳しい方はご教示ください)

しかし、国よりも、自治体の方が組織が小さくて、訴えやすいから、勝ちやすいから、という考えがあるような気がするのです。これって私の考えすぎでしょうか?

医療関係の訴訟では、病院を訴えるよりは、医師や医療関係者を訴える方が、勝訴しやすいとのことで、個人が訴えられることがあると聞きます。

これってどうなんでしょう。弱い者いじめをされているような気もするのですが・・・。 もしそうなら、障害者の方が弱い者いじめをして、いったいどうなるのでしょうか・・・。

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2008.07.05 11:09 |  その他(一般)  |  malinger_s  | 推薦数 : 0

こまったモンスター つづき

我ながら、しょうもないタイトルに失笑・・・。

 

しかし。結局のところ、「モンスター」に対する解決策って、どうすればいいのでしょう。

私なりに考えてみたことをまとめます。

 

「モンスター」的な行動をとる人も、子供の頃から「モンスター」だったワケではないでしょう。

長年の間に、「モンスター」行動が強化され、身についてしまったに違いありません。

それでは、「モンスター」行動を強化する要因は何でしょうか。

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2008.07.03 16:51 |  その他(一般)  |  malinger_s  | 推薦数 : 1

こまったモンスター

モンスター○○というのが、流行らしいです。

どうやら、自分が対応に困ったヒトを、モンスターと呼ぶみたいですね。

しかし、こういう反応こそ、「モンスター」的で、いかがなものかと思います。

 

「モンスター」と名前をつけるだけでは、何の問題の解決にもなりません。

単なるグチですね。

 

困ったことに、騒げば騒ぐほど、「モンスター」は増えます。残念ながら、確実に増えます。

こういう例があります・・・と大きく紹介すれば、確実に同じような行動をとる人が増えます。意図的に模倣する方もいるでしょうし、一方で、無意識的に似た行動をする人もいるでしょう。

しかし、いったいこれはどういうことでしょう。

「モンスター」的な行動が、“悪いことではない”と思う人は少数派でしょう。しかし、この国にはたくさんの人がいます。パーセンテージは低くても、掛け合わせると、大きな数字になるのです。

しかも、 「モンスター」的な行動は、一部を除くと、罪に問われるわけでもなく、行動を誘発する閾値は、殺人・傷害などの犯罪行為に比べて、格段に低いのです。

 

「いじめ」について騒げば「いじめ」が増えたように、「DV」について騒げば「DV」が増えたように、「自殺」について騒げば「自殺」が増えたように・・・。

 

おそらく、最も問題なのは、その取り上げ方ですね。

騒ぐだけでは、何の解決にもなりません。メディアに属する方々の中には、分別のある大人もいるはずです。騒いでもかまわないですが、その分、責任を持って解決策を示してください。解決策が提示できないのなら、騒がないでください。モンスター○○に対して、できること、それを指し示してください。

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具体的で生々しい報道をすることで、犯罪が増えてしまっているのではないかということを指摘しました。2008.06.17

 

では、実際のところ、犯罪報道で、犯罪を増やしてしまわないようにするためには、どのようなことができるでしょうか?

 

確実に止めるためには、犯罪報道自体をやめてしまうということがあげられます。

これは、医療事故を防ぐために、リスクの高い医療行為を止める、リスクの高い患者を最初から断る・・・というのと同じような考え方です。

しかし、これは極端な反応です。犯罪報道そのものは社会にとって必要なことでもあります。

 

凶悪な犯罪への対応を考えるのは、なかなか難しいので、まずは、もう少し簡単なところから。

このところ、ある通り魔事件に関する報道をきっかけとして、ネット上に、殺害予告をする書き込みが増えてきている、とのことです。

この件を例にとって、対応方法を考えてみましょう。

 

対応方法を考えるために、まず、その問題となる行動について、検討をすることからはじめましょう。

このような模倣的な犯罪が多数生じる事に関し、次のような図式を考えてみました。

センセーショナルな犯罪報道 がきっかけとなり

模倣者の、憂さを晴らしたい、目立ちたい、 人から相手にされたい などといった思考・感情を刺激

実際に模倣的な犯罪予告をする

その結果、周囲が大騒ぎ

模倣者が満足感を得る

もし、この仮説が正しいのなら、どう対処したらいいのでしょうか。

対処法としては大きく2つの流れがあります。

1.問題となる行動を弱める要素を強くする

2。問題となる行動を強める要素を弱くする

ということになります。

 

前者の代表としては、罰則を強める、といった方法があてはまります。

し かし、悪質な行為は犯罪として刑罰を受けるものの、全てではありませんし、実際に処罰を受けるまでは、時間がかかります。また、さらに問題だと思われるの は、結末がほとんど報道されないということです。(契機となった事件と比べて)軽い模倣犯に関しては、それが次々起こっている間は、大きく取り上げられ報 道されますが、時期を過ぎれば、報道されなくなり、処罰を受ける頃には忘れ去られて、全く注目されなかったりします。

模倣者予備軍からみて、満足感は大きそうに見え(つまりは行動を強める要素が強く)、不快な要素は小さそうに見える(行動を弱める要素が弱い)、ということが想定されます。

これでは、問題行動を弱めることは望めないでしょう。

では、どうすればいいのでしょう。

時間差がある、結果が報道されない、ということがかえって動機付けを強めている可能性があるのですから、犯行から逮捕・処罰までの時間差をなくす、結果を確実に報道する、とい対処方法が必要かもしれません。

 

一方で、後者は、周囲が騒ぐのを止める、といった方法です。

周囲がより大きく騒げば騒ぐほど、模倣者の満足感はより強まるということになりますので、騒ぐのを止めるだけで、強化する要素が弱まり、動機付けが弱くなります。

たとえ、周囲がどれだけ批判的に反応したとしても、いや、むしろ感情的になって激しく非難すれば非難するほど、模倣者の満足感が強まるのです。

しかし、現実にはどうでしょうか。模倣した犯罪予告があれば、それを次々と大きく取り上げ、「専門家」がもっともらしくピントのずれた発言をする・・・

淡々と事実のみ報道すればよいことを、あえて大きく取り上げるのは、なにか別の意図でもあるのでしょうか・・・。

これに対応する方法といえば、究極は完全に無視するということですが・・・

 

つきつめて考えれば、(元の事件に比べて比較的軽微な罪状であれば)模倣者に関しては、逮捕されたこと・処罰されたこと、だけを報道する(強める要素は除き、弱める要素のみ報道する)といいのかもしれません。

 

注:

精 神障害(症状)に対して、こういった対応の方法をとる場合は、上記のように組み立てた仮説を患者様と一緒に検証してゆく、 という過程が重要になります。その上で、問題となる行動(精神症状)が減ったかどうかなどの、結果を検討し、必要に応じて新たに仮説を組み立て、さらにそ の検証をして・・・という作業の繰り返しが必要です。

この話題では、社会問題を取り上げていますので、実際に仮説を検証してみたわけではなく、現時点ではあくまでも私が考えた仮説に過ぎません。

本当は社会実験をやってみたい気もしますが。

 

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自殺は決して稀なことではなくなってきています。

平成19年度も自殺者が3万人を超えたといいます。

 

報道が自殺に与える影響は、殺人事件と同じことがいえるでしょう。

生々しく、より具体的な、自殺報道をすることで、確実に自殺者は増えます。

そして、自殺に与える影響の方が、殺人よりもより大きく、深刻な問題なのです。

 

殺人よりは自殺の方が実行への閾値が低いため、誘発される数が多くなってしまうようです。

(「自分の命は自分のもの」という意識があるからでしょうか?他人を傷つけるのはためらいがある方でも、自分を傷つけてしまうのかもしれません。)

 

自殺にせよ、殺人事件にせよ、そういう事象が生じているということを、多くの人に知らしめることは重要なことでしょう。

しかし、だからといって具体的な内容まで知らせる必要はありません。

皆さんは具体的な自殺方法が知りたいですか?

知りたければ、簡単に調べて、知ることができます。

知りたくなければ、知らずにすみます。でも、毎日毎日、毒ガスを発生させれば死ねるという情報が提供されるのです。

「死にたい」と常日頃考えている方にとって、そういう情報はどうとられるでしょうか。

実際に死ぬかどうかは、その人の勝手・・・確かにそうかもしれませんが・・・ 。

 

インターネット上に自殺の方法が上がっていて云々との批判は、全くの言いがかりにすぎません。

有毒ガスの作り方など、ちょっとした科学の知識があれば、すぐわかることですから。

むしろ、どういった種類の毒物で死ねるか(自殺者が出たか)という情報の方が自殺のきっかけとしては重要です。

×××で自殺者が出ました・・・というのは、自殺予備軍にとっては、×××で自殺してください、に等しいのです。

 

インターネット上の情報を制限する前に、メディアの報道を規制した方が自殺防止には役立つでしょう。

各メディアが自制心を持って、自己コントロールができるようになることを、切に希望します。

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2008.06.17 23:11 |  その他(一般)  |  報道  |  犯罪  |  malinger_s  | 推薦数 : 0

犯罪報道で、犯罪は減るか増えるか

最近、凄惨な犯罪が増えてきているような気がします。

殺人などの凶悪犯罪が増えてきているというわけではないのですが、猟奇的な事件は増えているように思います。

(犯罪白書によると、殺人事件の件数はほぼ横ばい。特異な事件の件数については統計がなく実際のところは不明ですが・・・)

 

今回は、犯罪報道によって、犯罪が減るか、増えるかを考えてみたいと思います。

特に、最近主流の生々しい事件報道の影響はどうなのでしょうか。考察してみました。

 

犯罪報道の犯罪抑止への影響

  •  事件報道により、社会の防犯意識が向上する
:これは、報道内容が具体的であればあるほど高まるというものではないでしょう。
  • 犯罪に結びつく事柄の制限、法制度上の不備の修正がうながされる。
:たとえば殺傷力の強い刃物の自由な販売の制限など。これは、報道内容が具体的であれば、より影響は大きく有利でしょう。
  • 早期の犯人逮捕、早い段階からの(無秩序な)社会的制裁
:これらによる犯罪抑止効果は無視できませんが、生々しく具体的な報道をしたから、効果が強まるというわけではないでしょう。

犯罪報道の犯罪発揚への影響

  •  より具体的な報道により、実際の犯罪へ模範・モデルを提供する作用(そんな方法があったのか、それならオレも・・・とヒントを与える)
  • 犯罪予備軍を挑発する作用(アイツは失敗したが、オレならもっとうまくやれる・・・)
  • これらは、犯罪報道が具体的であればあるほど、その影響は強いと推察されます。
  • 特に、社会的注目を浴びた事件で、犯人がなかなか逮捕されない、特定されないといったことがあると、見つからなければ悪いことをしてもいい、という考えが誘発されかねません。
  • 時間が経過してからの、犯人逮捕や、何年もたってからの有罪判決は、社会全体への抑止作用は多少あるかもしれませんが、個々の犯罪予備軍に対する影響は少ないと思われます。もちろん報道内容が具体的であればあるほど、有利ということもありません。

結局、犯罪報道は、社会全体としては、ある程度犯罪抑止への作用はあるものの、これから実際の犯行を行うであろう犯罪予備軍にとって、犯罪報道が具体的であればあるほど、抑止作用が強いということは考えにくいかと思われます。むしろ、より具体的であればあるほど、新たな犯罪を 誘発しかねません。

(犯罪予備軍に対して、より具体的な犯罪報道が、犯罪抑止に向け作用するという考え方は、思いつきませんでした。そのような考え方があるのなら、是非ともご教示ください)

 

現在のマスメディアの犯罪報道は、犯罪を減らすことが目的で行われているのではないのですが、だからといって、犯罪増加に(意図的ではないにせよ)荷担してよいということにはならないでしょうが・・・。

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2008.06.15 16:40 |  その他(一般)  |  報道  |  犯罪  |  malinger_s  | 推薦数 : 0

そんなことが知りたいか!

最近、犯罪報道を見てよく思うことがあります。

  • 「そんなこと、知りたくないよ~!」
  • 「そんな場面、見たくないよ~!」

いつ、どこで、バラバラ殺人事件がありました、無差別殺傷事件がありました、と、ここまではいいでしょう。

私も知りたいです。職業柄、多少関わりもありますし。

でも・・・ 

  • その直後の映像です。
  • こんなナイフで、これこれこういうふうに刺しました。
  • どうこうして遺体を処理しました。 

いったいこんなの誰が見たいのですか?誰が知りたいのですか?

とても不思議に思います。

でもでも、競い合うように各メディアがニュースを報じるということは、それだけニーズがあるということですね。

  • 人が傷ついて倒れて苦しんでいるのを見たい・・・
  • 一刺しで致命傷を得るにはどうすればいいか知りたい・・・
  • どこでナイフを購入すればいいのか知りたい・・・
  • どうやって遺体を処理すればいいのか知りたい・・・ 

そういった人たちがたくさんいるということですね。

私の気のせいでなければ、そういったなくてもいいと思える報道が、年々増えてきているように思います。

このことは、つまり、 もっと詳しく犯罪行為について知りたいと思っている国民が、増えてきているということですね。

少なくとも、マスメディアの方々は、国民が犯罪の詳細を知りたい、生々しく知らせて欲しいと思っている、具体的な犯罪の方法を知りたいと望んでいる、そう考えているのでしょうね。 

 

ネットなどの、各個人が情報を選択して得られるメディアは、何でもありだと思います。不快に感じる内容のニュース、ブログや掲示板は見なければいいのですから。

しかし、テレビやラジオなどは、見る側は選択することができません。

情報を受ける側が選択することのできないメディアは、国民の「知らない権利」も守っていただきたいものです。

 

行動科学的には、最近の犯罪報道はどうなんでしょう。

犯罪抑止の方に作用するのか、犯罪増加に結びつくのか

 このことについては、近いうちにまた。

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