| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | |||
| 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
| 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
| 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
| 26 | 27 | 28 | 29 |
刑事責任能力について、いろいろと思うところがあり、いずれ、まとめて文章にしたいと思いつつ、延々と先送りになってしまっています。
特に最近目立つ、あるいは、気になるのは、精神障害者の刑事責任能力について“?”な判決が多いことです。
判決を下すのは裁判官の仕事であり、判決の是非を裁判官以外のものが云々するのは不適切だと思います。
(「不当判決」という言葉は不当だと考えておりますので)
ただ、刑事責任能力に関しては、精神鑑定という形で裁判官からも意見を求められるくらいですから、精神科医が意見を述べてもいいのではないかと思い、この文にしました。
以下のは、本日(平成21年5月7日)判決が下された、ある殺人事件に関するニュース記事へのリンクです。
その方の責任能力を示す根拠が不十分で、責任能力に疑問・合理的疑いが残る、とのことで無罪判決となったと報じられています。
同様の判決をしばしば見かけるようになってきていますが、これはどうしたものか、と思うのです。
たいていの精神科医は、精神障害によって明らかに理非善悪の判断ができなくなっている場合に、心神喪失に相当すると判断していると思うのですが・・・
理非善悪の判断ができる(できていた)かどうか合理的な疑いが残る、とのこと心神喪失ということになれば、精神鑑定に持ち込むことさえできれば、かなりの割合の人が(精神障害があっても、なくても)心神喪失になってしまうでしょう。
障害・病気があると判断することより、障害・病気はないと断定することの方が難しいのです。
精神鑑定(本鑑定)は、通常犯罪行為からかなりの時間を経て行われるものです。
事件後に多少でも精神症状があれば(もともと精神障害があった場合はもちろん、事件を起こしてしまったということに対するストレス反応であっても、拘置されたことによる拘禁反応であっても、はたまた詐病であったとしても・・・)、時間が経てば経つほど、事件当時に100%責任応力があったかと問われると、その疑いを合理的に排するのは難しくなってきます。
心神喪失・心神耗弱というのは、本来は例外的な事例なのです。
精神障害の範囲が広がり、一般的となった現在では、より厳密な適応が必要なのではないかと思います。
心神喪失と判断するためには、 明らかに理非善悪の判断ができなくなっている、ということを必須とすべきでしょう。
もう一つ大きな問題は、パーソナリティ障害(人格障害)の取り扱いです。
時折、パーソナリティ障害を理由に心神耗弱が認められたりしています。
しかし、統合失調症などと異なり、パーソナリティ障害の方に、心神喪失・心神耗弱を認めるのは、いかがなものかと思います。
治療的な面からは、パーソナリティ障害を理由とした罪の減免は本人のためにならない、と考えます。
ごくおおざっぱにいうと、その個人のルール(考え方・行動の仕方)が、社会のルールから、大きくずれてしまったのが、パーソナリティ障害です。
ルールから外れて、他者に迷惑をかけてもペナルティなしでは、自分のルールを、社会の中で許される範囲に収められるようにはなってゆきません。
詳細な議論は、いずれ別に行いたいと思いますが、とりあえず・・・
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ひどい話です。
元歌手の方が、薬物中毒で救急搬送されたと実名報道されています。
(以下にいくつか大手報道機関のページへのリンクを掲示しておきます。できれば、下記のリンクは抹消されてほしいものですが、後日この記事をみた方が何のことやらわからなくなっても困るので、あえてリンクしておきます。リンク切れになっても、あえて修正はいたしません。)
http://www.asahi.com/national/update/0119/TKY200901190199.html
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090119/crm0901191242014-n1.htm
http://mainichi.jp/enta/geinou/news/20090119dde041200018000c.html
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090119-OYT1T00471.htm
以前に、芸能活動をしていたというだけで、実名(実際には芸名ですが)報道をされなければならないのでしょうか。
現在は、公人ではなく、報道することで公共の利益になるとはとうてい思えないのですが・・・。
そして、いったい誰がこの方の個人情報を漏らしたのでしょう。
個人情報を漏らすことが罪なのならば、個人情報の漏洩であることが明らかなのにもかかわらず、報道したマスメディアの罪もまた明らかだと思うのですが。
(それとも、自分の行っている行為への理解力・判断力が乏しいような方々が報道をしているのでしょうか・・・)
薬物中毒で病院へ搬送されることが、個人の実名報道に値すると考える報道機関があるのなら、それならそれで毎日ODで搬送された方について取材の上、実名報道すればいいと思うのですが。(そのようなことをしても意味がないので、私は反対しますが)
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
「うつ病」が良くならない原因・・・その大半は、「うつ病」という診断があやしいことに起因します。
昔はうつ病はもっとよく治っていました!
いや、今も重症の「うつ病」はよく治るのです!
現在も、重症で絶対入院適応という方は、適切に治療を行えば、少々時間がかかったとしても、うつ症状が完全に消失されます。
しかし、軽症から中等症にかけての「うつ病」はしばしば「遷延」あるいは「難治」します。
比較的軽症の、“うつ状態”の方々が早期に病院・クリニックを受診されるようになったことは、大変好ましいことです。しかし、残念ながら「精神科医」の方が、それに対応しきれていない、というのが現状でしょう。
気を取り直して、診断上の問題以外に話を進めます。
薬の投与量が不適切
薬の選択が不適切
投与期間が
十分じゃない十分すぎる
以下、続きを読む↓へ
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
「うつ病」がなかなか良くならない方がいます。なぜなのでしょうか。
「うつ病」が良くならないからといって、転医されて(自ら、あるいは、紹介されて)くる方がいますが、たいていの人はすぐに良くなります。
その多くは、だいたい次のパターンに当てはまるかと思われます。
診断が間違っている
薬の投与量が不適切
薬の選択が不適切
投与期間が十分じゃない
以下、続きを読む↓へ
残念なことに、なかなか安定されない方はいます。(少数派ですが)
でも、精神医学領域の臨床研究は、日進月歩なので、難治性のうつ病(狭義)への良い治療法もどんどん開発されることでしょう。前向きに考えて、そう期待しています!
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
最近の原油高を受けて、国レベルで「原油高対策」と呼ばれるものが行われようとしています。
本日やっと気づきました・・・。
原油高対策 = 原油が高くなることに対する対策
じゃ、ないんですね!
原油高対策 = 原油が高くなったことに対する対策
なんですね!私、ずっと勘違いしていました・・・。
後ろ向きに、原油が高くなって、生活や企業活動が苦しくなったことに対してどういったことができるか、というのを原油高対策というのです。
前向きに、原油が高くなったことに対して、これから少しでも安くしてゆくためにどういったことができるか、という対策ではありません。
そういうものは原油高対策とは言わないか、あるいは、原油高対策としては重要じゃないみたいですね。(マスメディアでは取り上げられていないみたいで・・・)
そういえば、この国では、予防的な前向きの対処よりも、起こった出来事にその都度対応してゆくという後ろ向きの対処を「対策」と呼ぶ傾向が強いようですね。
世の流れはともかく、個人的には、やはり前向きに、「原油が高くなることに対する対策」を原油高対策として考えたいと思います。
個人ができることは、本当に微々たるものですが(油田を開発したりはできないので・・・)、少しでも石油の消費が少なくなるように、照明をこまめに消したり、エアコンの設定温度を少し上げたり、車の運転の際にゆっくり加速したり、・・・これからもがんばって「マイ原油高対策」をやってゆきます!
薬物療法“屋”が薬を異常に積極的に処方することが問題だとすれば、精神療法“屋”は薬を処方するのに異常に消極的なことがある、というのが問題でしょうか。
要は、必要な人にまで薬を出したがらないということですね。
しかし、もっと大きな問題は、患者さんのことを“理解しすぎる”、ということです。
患者さんのことを理解する・・・いいことじゃない?
いいえ、よくありません。大問題です。理解する、ではなくて、“理解しすぎる”のです。
理解しすぎて、患者さんが全く意識していないことまで、“わかって”しまいます。
ときには、患者さんが話を始める前に、“わかって”しまうこともあるくらいです。 もう、ありとあらゆること、何もかもがわかってしまいます。
結果として・・・患者さんの意向は無視されてしまうのですが・・・。
上記は、まあ、極端な例でしょうが。そうでなくても、精神療法“屋”は、自分の“流派”の考え方・解釈の仕方に、強引に当てはめようとする傾向がみられます。
精神療法には、様々な方法があり、それぞれが○○派・□□療法などと、「流派」をなしています。 (「オレ流」というのも見かけますが・・・)
しかし、臨床的に優れた方々のお話を聞くと、最終的に行き着くところは、「流派」に関わらず、同じようなのです。だから、優れた精神療法家は、(結局やることは同じなので)あまり個々の治療法にこだわらない傾向があるように思います。
逆に言うと、○○派・□□療法にあまり強くこだわる精神科医には、警戒した方がいいのかもしれません。
なお、補足ですが、精神療法家には、医師(精神科医)だけでなく、臨床心理士など、心理学を学ばれた方もいます。
もちろん、臨床心理士にも優れた精神療法家はいます。しかし、心理療法を受けられる場合、最初は精神科医の診察を受けた方がいいでしょう。
残念なことに、過去の様々ないきさつから、精神障害の鑑別診断が十分できる心理士は少数派です。そのため、精神科医の診察を受けて、診断がついた後、精神療法を受けた方がいいと思います。
薬物療法“屋”の問題点は,なんといっても薬に頼りすぎるということに尽きるでしょう。
以前にも少し触れましたが、いわば「医師の薬物依存症」です。そういう医師は、薬を処方せずにはいられません。(実は以前、わたしもそうでしたが、今は何とか立ち直りました・・・)
薬物療法のみで、精神障害者の抱える問題の全てを解決することは不可能です。これはもう、そう断定してもいいでしょう。薬が有効でない精神障害も多々あります。
そういった患者さんが薬物療法“屋”のところを訪れると、どういうことが起こるのでしょうか。
「薬では治らないから、他所へ行け」と追い返されるのなら、まだ良心的な方でしょう。(薬物療法の限界をよく理解しているという意味では“薬物療法家”と呼んで良いのかもしれません)
たいていは、「対症療法」という名目で、薬が処方されます。薬物療法“屋”では、ロクに話を聞いてもらえないので、「よく効く」薬をサッと処方してもらうことができます。
でも、残念ながら薬が有効でない精神障害、あるいは、薬の効かない領域の問題点は、薬をのんでも良くなりません。一時的に良くなるようなことがあったとしても、病気が良くなった・原因が解決したわけではないので、いずれまた具合が悪くなります。
症状が良くならない、いったん良くなってもぶり返してきた。そうするとどうなるか・・・。
そうです、薬をチェンジしたり、薬を増やしてくれたりします。
それでも、よくならならないので・・・。薬を変えたり、増やしたり・・・。
かくして大量に、そして、たいていは何種類もの薬をのむ、薬物依存症の患者さんが作られてゆくのです。
大事なことがまだ話せていないのに、すぐに薬を変えられる、追加される・・・。
症状を訴えたら、それに応じて、すぐに薬を出してくれる・・・。
そういう「薬物依存症の精神科医」にはくれぐれもご注意を。
精神科の治療には、主に薬物療法と精神療法があって、この好みから精神科医は4タイプに分けられます。
当然のことながら、3番目のタイプの精神科医が「よい精神科医」です。というか、ほかのタイプの精神科の医師は、「精神科医」と名乗らんでくれ!と言いたい。いや、大声で叫びたい気分です。
「私は患者と話をするのが苦手だ」とか、平然と言うのはやめてくれ。 薬を出すのなら、もうちょっと考えて、常識的な処方をしてくれ。周りのものが迷惑してます。本当に、困ってます。
でも、病識(自分が病んでいるという認識)がないんだよなあ。傍でみていて、明らかに4番目タイプと思われる医師が、自分のことを「名医」だといっているのを聞くと、 頭がクラクラしてきます。名医が、自分のことを「名医」なんて言うかふつう・・・。
薬物療法家は、薬物療法“屋”と違って、薬物療法が上手く進められるようにきちんと“精神療法”をしていますし、精神療法家の先生は、なるほどと気の利いた処方をされるものです。
原油が高くなっているそうです。
そのため、石油製品の価格が高騰しています。価格を自分で設定できる業種では、原料費が上がった分を商品価格に転嫁しようとしていますが、自分で価格の調整ができない業界(医療業界もそうなのですが・・・)は、赤字になってしまう業種もあるとのことです。
この窮状を世に訴えるため、一斉に仕事を休んだ業界もでてきていますね。そういった一連の議論の中で、所得の「直接補償」が一部で話題に上っているようです。「直接補償」を主張されている方々は、本気なのでしょうか?冷静に考えると「直接補償」をしてはいけないということはわかりそうなものですが・・・。
原材料費が高くなったが、商品価格に転嫁できないため、赤字になる。そこで、赤字を直接的に補償するとどうなるでしょうか・・・。
答えは、何も変わらない、です。
赤字を直接補填したとしても、他に何も変わらなければ、原材料は高いままですし、商品価格も変わらないから、補填がなくなれば、赤字です。それなら、赤字にならないように(業界保護のために)、補填をし続けるのか・・・ということになります。
問題解決に向かわない行動をとるとどうなるのでしょうか。
金銭的な問題でしたら、財布に余裕があれば、ちょっとした無駄遣いをしたというだけですみますが、余裕がなければどうでしょう。問題解決に使うお金が不足する、すなわち、問題の解決を妨げる、あるいは問題の悪化にもつながりかねません。
進むべき方向を間違ってはいけません。進むなら問題が解決する方に向かうべきです。問題が解決しないのなら、むしろ何も対策をとらない方がいいでしょう(それがベストではないにしても)。
~今回の続きを読むは、本論からはそれてます~
悪い精神科医を探すのは簡単ですが、よい精神科医を捜すのは、とても難しい。
よい精神科医の条件をいろいろ考えてみましたが、なかなか難しく、愚痴・悪口めいてしまいますが、タイトルを「よい精神科医を探す」 から、「悪くない精神科医を捜す」に変更することにしました。
また、整理しながら書くのも、なかなか難しいので、そのとき、その日に思いついたことを、文章にすることにしました。私の頭の中が雑然としているので、悪しからず。
それで、今回は「ネット上のでの評判について考える」です。
よい精神科医を探す ~診察を受けるまで~ その1 でも少しふれましたが、ネット上での評判については、特にネガティブな内容については、少し割り引いて考えた方がいいかと思います。
あるドクターに勧められてから、某掲示板の自分勤める地域の精神科関係についてのスレッドを時々チェックしています(暗いなあと思いながらも)。
自分とこ周辺についてなら、ある程度事情も知っていますし、善し悪しもわかります。他の地域は事情もわからないし、比べようがないのですが、不思議に思ったのは、中程度クラスのクリニック・病院の評判がよいことです。悪いところは、やはり評判が悪いですね。しかし、よいところでも、賛否両論だったりします。どうしてなんでしょうね。
よい評判にしても、悪い評判にしても、流行っているところの方が書き込みは多い傾向がありますね。閑古鳥が鳴いているところに関しては、書き込みが少ない。精神科医に限らず、相手をする数が多ければ、うまくゆくケースも、うまくゆかないケースも、ともに増えますから、悪い評価が多いからといって、直ちに悪いとは言い切れないと思います。ただ単に流行っているだけなのかも。一方で、良いとする書き込みには、一部関係者かと思われる内容も。
中程度クラスのドクターだと、確かに悪くはないし、適度な混み具合で、個性的な方にも適度の応対をされて、悪くいわれないのかなあ。
今のところの結論は、「ネット上で評判のよい精神科医は悪くはない」「ネット上で評判が悪くても本当に悪いとは限らない」「ネット上の情報はあまり信用できない」です。(最後は、自己否定になってしまいますか)