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英語抄録・口頭発表・論文作成虎の巻 解説シリーズ第74回です。
この3月、日本循環器学会が大阪で開催されます。
夜も寝ずに緊急カテーテル治療に燃えている、中堅若手の循環器科医の方々へ、
老婆心ながら、そろそろ、発表の準備はなさっていますか?
英語抄録・口頭発表・論文作成虎の巻p.31表2をご覧ください。英語発表の場合の準備おすすめスケジュールです。
「慣れないうちは発表の準備ははかどらない。そのうち緊急患者がやってくる。受け持ちになる。どんどん時間がなくなる。」p.30
うちの先生方も、実感しているようです。
もう一つ、うけたフレーズがあります。決して受けを狙って書いたわけではないのですが。
「発表を楽しむ。たとえ失敗しても、命を落とすわけではない。」(本番での心得、p.66)
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発表準備に取りかかる前に、第2章をご一読ください。
すぐに読めます。愛情たっぷり「虎の巻」です(笑)。
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世の中は、「なんでも診る医師」を望みます。
しかし、いざ一方で、自分や家族が医療を受けるとなると、できる限り「最先端の医療レベル」を求めてしまうのも人情です。
この二つは両立不可能なのです。
研修医に2年間ローテーションさせて、「なんでも診る医師」を増やそう?と、新研修医制度が始まったわけですが、どうやら見直しが始まるようですね。
2年間研修したからといって、「なんでも診る医師」なんて、できないのです。
卒業生を研修終了後すぐに僻地に赴任させても、症例数の少ない地域では、一人前になる速度が遅くなるだけではないでしょうか。
一つの領域でさえ、安定した水準の医療を行うには症例の多い施設で十年近い経験が必要です。
もっとも、医学生の時代は、一般の人々同様、「なんでも診る医師」にあこがれます。ドク虎もそうでした。内科を選んだのも、ある程度何でも自分で判断できるようになりたかったからです。
しかし、これは難しいことです。医師になって、ウン十年以上たった今でも、内科領域でさえ、自分の専門分野以外の分野では、「世界最先端」の判断はできません。
一人の人間の能力には限界があるのです。まして、医学は複雑系を扱う領域で、単純な理論からすべてを演繹できるわけではありません。
コンビニを目指すか、専門店を目指すか、難しい問題です。
世の中には、実は両方必要なのです。
今までの日本は、この二つを曖昧にしたまま、なんとかやってきました。 しかし、時代は、「コンビニ」でも「専門店」並みのことを要求されるようになってきました。逆に、「専門店」でも、「コンビニ」並みの品揃えを要求されるようになってきました。
コンビニで専門店なみのことを要求しても期待はずれになります。専門店でコンビニ並みの営業時間や品揃えを期待しても、満たされません。
期待を下回ったときに、トラブルが生じます。
いわゆるクレーマーというのは、その人個人の資質だけではないと思うのです。
お店なら、とりあえず今夜はコンビニで間に合わせておいて、明日の朝専門店で買い直そう、という発想がわくのですが、医療の場合は命がかかっていますから、一朝一夕には解決できる問題ではありません。
とはいえ、受診される方々も、無い物ねだりをしても仕方がありません。
この医療機関は「コンビニ」に近いのか、それとも、「専門店」に近いのかを見極め、それぞれに応じた受診をすべきです。
行政も、いまは医師の経歴など、公にしてもよい情報が規制されていますが、個々の医師のバックグラウンドをもっとディスクロージャーすることを許すべきだと思います。
それがいやなら、社会全体で、途方もない医療費を負担する必要が生じます。
行政側のみならず、医療を受ける側、医療を提供する側ともに考えることが必要だとおもいます。
無い物ねだりをしても、はじまりません。
個々の労働者のモチベーションやインセンティブが保たれるような形でのシステムズ作りが、ひいては皆のためになるような気がします。
強制配置、強制労働では、貴重な労働力の立ち去りが増えるだけです。
勤務医にも、職業選択の自由があります。
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コンビニを目指すか、専門店を目指すのか、それが問題だ・・・
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ほど、手に負えない物はありません。
危険ですらあります。
指導のしようがありません。
コンピテンシーの低い医師は、患者さんの生命を危険にさらします。
幸い、当院の研修医諸君は全員やる気にあふれているので、本当に助かっています。
やる気にあふれた研修医は、こちらも元気をもらいます。
「ありがとう」とお礼を言いたいぐらいです。
指導医講習会で、「できの悪い研修医」というロールプレイをやらされましたが、幸い当院ではそんな必要なかったようです。ありがたいことです。
マッチングで当院を望んできてくれるからです。
医師の定数配置がしきりに言われています。さて、希望が通らない研修医の数がどっと増えるように思うのですが、はたして、研修医諸君のモチベーションは保たれるのでしょうか。
そして、症例数の多い病院への研修医の配置を制限されたら、全体としての研修効率も質も落ちるのではないでしょうか。
大切な研修医諸君を預かる現場としては、大変危惧を感じます。
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苦しいけど楽しい、「くるたのしい」世界へ。
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90歳近いおじいさん。こちらの病院で詳しい検査をして、心臓に病気(古い心筋梗塞)はあるけれど、今はおちついているので、お住まいの近くの開業の先生に今後のフォローアップ治療のために紹介した方のようです。
なにやら受付で大声を張り上げています。お元気そうです。もとの担当医はいやだといって私の外来に予約外で回ってきました。
いまはやりのクレーマーかとも思ったのですが、診察室に入ってこられると、あかるいおじいさんです。
以前この病院にかかっていたのに、受付で、開業医さんからの紹介状をもらってきてくださいといわれて怒ったようです。
しかし受付の対応はもっともなのです。
いったんこちらから紹介して、今は別のお医者さんで治療を続けているわけですから、薬の内容など状況が変わっているかもしれません。その間の医学的な情報が必要です。
とくに調子が悪くなったわけでもなさそうです。
まあとりあえず、診察室に入っていただいてお話を聞くと、
「こちらの病院の方が設備がよくて安心だから、ずっとこちらに通いたい。」
こういう人って、多いのです。
昔は、そういう人も病院は歓迎だったのですが、今は違います。
勤務医不足です。
大病院になるほど、普通の外来診療(単価を異様に安く抑えられている)には多くの人手を割けないのです。医療資源には限りがあります。診療報酬の中から、設備投資もしないといけません。電気代も払わないといけません。
基幹病院は、理想をいえば、十分な医療機器やスタッフを備え、特殊検査や手術などが必要な、診療所では対応できないような患者さんをみるところです(現実には大病院といえども十分とはいえないことが多いのですが・・・)。
検査や手術が必要な場合は紹介状を持って受診していただく。安定すれば、紹介元に戻っていただく。これを、業界では病診連携といっています。
でも、一般には「ビョーシンレンケイ」といっても、ご存じない方がほとんどではないでしょうか。
大きな病院は、残念ながら、24時間オープンのコンビニではないのです。コンビニのように24時間、なんでもそこそこ品揃えがあるとは限らないのです。むしろ、あきらかに歯抜け状態です。
専門ブティックの集まりと考えていただいた方が近いかもしれません。
シャネルのお店に入って、「鍋をするのに白菜はないか!」といっても、無理です。なんで明け方にフレンチの店が開いてないんや!何でここにはソムリエがおらんのや!といっても、それは無理というものです。
大病院の内科にかかっていたとしても、大病院の内科の先生の専門は「心臓」だったり、「消化器」だったり、「内分泌」だったり、「呼吸器」だったり、「腎臓」だったりと、さまざまです。日本の病院には、なかなかプライマリケア医を置く余裕のある病院はありません。(日本の医療制度では、病院におけるいわゆる総合医は、専門的治療を行う専門医に比べてリスクや設備投資や労働に見合うだけの病院への診療報酬が保証されていないのです。もっとも諸外国の専門医の診療報酬はさらに桁がちがいますが・・・泣)
普段から総合的に親切に相談に乗ってくれるかかりつけの先生をつくっておいて、具合が悪くなったときに、あるいはなる前に、必要に応じてそれぞれよい専門医のいる病院に紹介してもらう方が、受診する方にとってもメリットがあるのです。
といったおはなしをすると、「とてもよくわかりました。」といって、機嫌良く今まで通り開業医さんのもとへ戻っていかれました。」いいおじいさんでした。
ふー、疲れた。
またされた予約の患者さん、気の毒でした。 こんな説明を、循環器専門医が外来でしないといけないのは、なんだかちょっとちがうなー、と思うのは私だけでしょうか。
それにしても、マニュアル通り、「受診する時には紹介状をもってきてください。」とお願いして、怒鳴られた受付の女性もかわいそうです。
これって、行政がただ医療機関に「ビョーシンレンケイ」を通達するだけではなく、社会一般にもっとアピールしないと、どなられる受付がふえるだけとちゃうの?
(エピソードは特定の一人の患者さんのものではありません。)
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人付き合いには、その人の立場に置かれたら自分ならどう考えるかを想像する力がいります。
論文も、自分が査読者ならどう考えるかを想像することが必要です。
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英語抄録・口頭発表・論文作成虎の巻 解説シリーズ第73回です。
自分は内科医のくせに、なぜか学生時代からの友人には外科医が多いドク虎です。といっても卒業以来、お互いあまり会う機会がありませんが。
後輩に論文添削を頼まれるとします。
さて、できがよくって、ちょいちょいっと直せば事足りるような論文は、はじめからまず頼んではきません。多くの場合、渡された論文原稿は、かなり重症です。
病識のない場合もあります(笑)。
でも頼りにされているのです(汗)。
診療拒否したら、論文は死に絶えます。
やりがいがあります。
燃えてきます(笑)。
ちゅーか、添削者がハイになって、燃えてこないととてもできません。
うーん、どこから手をつけようか・・・
吸引しながら(読みながら)、出血源(問題点)を手探ります。探っている間に、また新たな出血源が見つかることもあります。
解剖書では、カラフルに色分けされているのですが、実物は血の色一色です。
論文原稿も、ここが問題ですよ、と書いてあるわけではありません。
剥離していると、さらに出血させてしまうこともあります。(=直しているうちに、どんどん問題が出てきて、迷路にはまり込むことも・・・)
ここで途中で放り投げては、死んでしまいます。
次々に現れる出血源をつきとめて、止血です。
あとは、悪い組織(論文の理論の流れから外れた部分)のデブリ(組織を取り除くこと)です。
デブリは、思い切ってやった方がいいのです。悪い組織をのこしてはいけません。
あまりやり過ぎて、組織がなくなってしまうと困りますが(汗)。
そして、デブリした周りの組織もちょいちょいっときれいにします。
基本的には、個体の体力を考え、できるだけ、最小限の侵襲で済ませます。
初心者に、こんなことすべて要求する方が無理です。
手術と同じで、一緒に立ちあわせ、最初はほとんどやってみせなければなりません。
そのうち、ぐんぐんできるようになり、そのうち追い抜かれることもあるかもしれません。
そしたら、めでたく引退できます(笑)。
症例(原稿)をもってきてくれる、根性のある後輩に感謝です。
優秀な外科医は、実は論文の添削者としても優れているのでは・・・・とふと思ってしまいました。
外科系の先生方、いかがでしょう。
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論文の手術書です。あとは実践あるのみ。固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
「まじめ」
1. 真剣な態度・顔つき。本気。
2. まごころがこもっていること。誠実なこと。
(広辞苑)
日本語で、「まじめ」というと、評価が高く、ポジティブなイメージですね。
英語ではどうでしょう。和英を引いてみると、Serious, grave, sober, determined, intent ・・・うーん、あまりよいイメージはありません。
「ねあか」でなく、「ねくら」のイメージが強いです。
医療関係でも、serious diseaseとか、serious complicationsとか、あまりよいときには使いません。
I’m serious!というと、
「僕はちょっと怒っているんだ、ふざけんなこのやろー」といった感じになってしまいます。
英語圏では「まじめ」はあまり受けないのかもしれませんね。
前回の続き、「リーダーはねあかであれ」ということ考えると、リーダーは「まじめ」でない方がよいことになります。
たしかにあまりseriousだと、組織も暗くなってしまいます。
もっとも、日本語の「まじめ」は、手元の和英ではでてきませんが、英語ではsensibleに近いような気がします。
ちょっとまちがえて、You’re sensual.といっちゃったら、たいへんですけど(笑)。
注:
sensible 分別のある、賢明な。
sensual エッチな
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いつもあたまを柔らかくしておきたいものです。そういえば、ロボット博士の「非まじめのすすめ」という本があったような記憶が・・・
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