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< 英語論文添削者の方々へ | メイン | 「まじめ」な考察 >
その昔、私の尊敬する上司がいっていました。
「○×君、リーダーの資格は、『ねあか』であることだよ。」と。
なにいってんだか。このおっさん。リーダーとしてもっと大事な資質、なんぼでもありそうやけど。
と、思っていました。
組織の長で、いろんな問題を処理しつつ、かつ、「明るい」というのは、難しいことです。
しばらくして、とある文言に出会いました。
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなた方に望んでおられることです。」
(新共同訳:テサロニケの信徒への手紙一5:16-18)
今の時代にあって、いつも 喜んでいろ、というのは大変難しいことです。
しかし、周囲の人たちへの感謝の気持ち、働いてくれる人たちへの感謝の気持ち、そして、自分自身の真摯な内省(祈り)の気持ちがあれば、どのような状況にせよ、喜ぶことは可能かもしれません。
一方、いくら恵まれていても、成果を上げていても、周囲に不満たらたらでは、「いつも喜んでいる」なんて不可能です。
どちらが幸せでしょうか。
喜ぶことを忘れ、自分で自分を不幸に陥れていることの、何と多いことか。
反省しなくては。
またまた勝手な解釈をしてしまいました。
キリスト教徒に叱られそう(笑)。
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「ねあか」でないと、論文もはかどりません(笑)。
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コメント
コメント一覧
雑誌から送られてきた投稿論文のreviewerのcommentを読むと寝込みたくなるような気分に襲われます。二度と見るのも嫌になります。しかし ねあかじゃないとreviseがまとまりません。
commentを読み返すのがつらくて 2-3か月revised versionを送らずにwithdrawになった論文もいくつか見かけました。見返すのが厭で共著者である先輩にrevisionを丸投げする後輩もいます。
本人の能力というより性格なんですかね。
これとは別に理想が高いというか潔癖なのか 少しでも内容に自信が持てない場合論文執筆をしない人もみかけます。これはこれで困ったもんです。
コメントありがとうございます。
「ねあか」でいることが、難しいご時世ですよね。
あれこれ講釈たれずに、
「とりあえず、やらせてみる」
これも、リーダーにとって大切なようです。
完璧主義の「まじめ」くんはだめなようです。
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