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つい最近まで、社会主義諸国の崩壊を目の当たりにして、資本主義諸国の政治家たちそして資本家たちは自信満々でした。「自由な市場競争が社会を活性化する」市場原理主義が闊歩しました。
その結果は・・・いまやご存じのように惨憺たるものでした。
振り子のように、極端から極端にふれてしまったのです。
現場を知っている人の言葉というのは、重みがあります。
高槻病院循環器科の高岡先生は、医療者向けのエッセイの中で、
「あるシステム研究家の著書に「安全」「安心」を得るために、原則として「みんな」が等しく受けることのできるサービスがある程度必要だ」とありました。たとえば、警察も警備会社のように民営化したら各社がサービスを競争しあうので国民はよりよい安全と安心を得るのではないかと思えるのですが、実際には民間組織では武装犯罪には対処できない。民間の武装を認めると、今度は武装集団が対抗して重武装するのでかえって治安が悪化していくだろうと著者は予想しています。」と書かれていました。
救急医療についても、
「金も人手もかかる救急医療を社会のインフラとして整備するのか、インフラとしては整備せず金のある人が自分の意思で医療を買うのか、選択するのは医療関係者ではなく国民です。」と書いておられます。
実際、インドでは救急車を呼んでもすぐにはやってこないので、お金持ちは民間の救急車を契約しています。貧乏人は、やってこない救急車をひたすら待ち続け、命を失うのです。最先端の医療レベルはきわめて高いのですが、大多数の人たちはその恩恵には浴さず、外国人による最先端医療の寡占状態(英語圏なので、コストを考えて英米から受診する患者さんが多い。これをメディカル・ツーリズムといいます。)が生じています。
このような状況下で、タージマハルホテルが爆破されたのは記憶に新しいところです。たしかにテロはとんでもないことですが、目先のテロだけを取り締まっても、社会のインフラを構築していかなければ、インドのテロはなくならないでしょう。
日本国民がそういう選択をしないことを願うばかりです。
しかし、高岡先生はこうも書かれています。「ここにきて国民は「選択を放棄する」可能性が高いように思いはじめました。」
私も、同じように感じています。あなた任せではなく、付和雷同するのではなく、自らの頭で考えることが大切です。
赤信号は、みんなで渡っては危ないのです。
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ケネディーの名演説にあるように、人に何かをしてもらうのではなく、自分が今何をできるかを考えよ、子供たちにもそう教えていくべきなのでしょう。
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コメント
コメント一覧
近年、日本人の思考する力は、とみに低下しつつあるように感じます。物事の多くを直感的に行動する人が増え、良く考え、理解し、判断して行動できる人が減ることは非常に危険なことでもあります。
直感の怖いところは、『わかっていないのに、わかったような気持ちになる』ところにあります。
・・・ちょっとエセ科学っぽいかもしれませんが、そう思うことってありませんか?
おいでいただきありがとうございます。
日本人は平均的には優秀だと思いますが(たぶん環境因子でしょうね)、「個」の確立、人がどういおうが自分でしっかり考えてみるという訓練がもっと必要なように思います。
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