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裁判員制度についての番組がテレビを賑わせているようです。
最近、元裁判官で今は弁護士をしているという高校時代の同級生の講演を聴く機会がありました。裁判員制度についてです。いろいろ勉強になりました。
でも、ちょっと驚きました。一般の人たち、自分たちが裁判員にされたら大変だという認識はあるようですが、自分が被告席にたって裁判員制度で選ばれた人たちに裁かれるかもしれないという視点からの発言はなかったのです。
むしろ、元気のいいお年よりのOBさんは、「自白して明らかに犯人だとわかっているのに、「容疑者」という言い方はおかしい。」などと言う発言がありました。自分が冤罪に巻き込まれるかもしれないという発想がないのですねえ。
流石に法律家の彼は、「それは外国でもbe accusedといって、犯人とは言わない。」と答えていましたが、一般の人たちの、それもかなり経験を積んだといえる人たちの、司法に対する無邪気な信頼です。
いくら優秀な人間といえども、人間は間違いを犯す可能性がある。自分もいつ冤罪をうけるかもしれない。人の断罪には慎重でなければならない。そういう危機感をあまり抱いていないのですね。
日本人は、死刑に7割から8割の人たちが賛成だそうです。先進諸国にくらべて遙かに大きな数字です。
異論はあろうかとおもいますが、死刑にしてしまえば、冤罪であったばあい、救いようがありません。
日本の一般の方々の感覚は、被告席に座ることがあるかもしれないと日々思いながら仕事をしている現在の日本の医師とは大違いだなあと感じてしまいました。
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立場が違えば、考え方も変わります。お互いに相手の立場を想像できる力が必要です。
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