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英語抄録・口頭発表・論文作成虎の巻 解説シリーズ第65回です。
阪神、巨人に負けてしまいましたが、久しぶりの解説シリーズ復活です(汗)。
なぜ、論文解説シリーズにラーメンやねん?ごもっともです。しばらくお付き合いのほどを。
ドク虎は、無類のラーメン好きでした。いまは、カロリーの加減でちょっと控えています。ナンといっても、「やすい」「はやい」「うまい」「深夜でもあいている」「比較的はらもちがよい」ラーメンは救急医や循環器科医の強い味方です。
しかし、不思議なことがあります。人気のラーメン屋ほど、たいていは、しばらくたつと味が落ち、つぶれていくのです。
以下はドク虎の想像です。
店主が張り切って手間ひまかけたこだわりのラーメンをつくる。
うまいというクチコミが広がり、徐々に客が増える。
店主一人では、手が回らなくなる。
バイトをやとい、仕方なくそれまでこだわっていたプロセスを省略する。
「まあ、これぐらいならいいだろう。」と。
意外にも客は減らない。
皆喜んで食べてくれる。
「おー、ラッキー。今までのこだわりはナンだったんだろう。」
そのうち店主が現場を離れ、お金の計算に忙しくなり、バイト君にまかせっきりになる。
バイト君は、いかんせん、店主のような経験がない。店主は欲を出し、どんどん客をこなすことを要求する。
どんどん経験の浅いバイト君をやとう。そのうちチェーン店をだす。
「なんだかなー、評判の割りにたいしたことないじゃん。」という評判になる。
客足が遠のく。
たくさん人を雇って人件費がかさむのに、収益は上がらない。
倒産する。
臨床医にとって、学会発表や論文を書くことはチャレンジであり、やりがいのあることではありますが、やはり現場の仕事、日々の臨床が基本です。
大学の先生方の実験や調査が、臨床医の臨床にあたります。
実験や調査をせずに、論文を書いたら、捏造ですよね。
臨床医が、いろいろ忙しいからといって、臨床をせずに臨床論文を書いたら、これも広義の意味では捏造です。
このブログの読者の先生方にはおられないと思いますが、現場の臨床をおろそかにして、はでな学会発表や英語論文を書くことばかりに目を奪われるのは、基礎医学の教室は別として、目先の収益に目を奪われた上記のラーメン店主と同じです。
数年はもちますが、長期にみると、その病院、その臨床教室は衰退していきます。
いくら一流紙に論文が掲載されたとしても、フェラーリは買ったが、走るガソリンがなくなってしまえば、あとが続きません。
参考
うまくいっているときほど、慢心してはなりません。
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コメント
コメント一覧
論文は……すみません、ここ数年書いていません。反省。
おいで頂きありがとうございます。
手を広げすぎると、あぶないんですよね。
臨床も、ある程度数は大切ですが、数をこなしゃえーっつーもんじゃないですよね。
本当は、もっとゆったり、じっくり外来もやりたいものですが、今の保険点数じゃねえ。
おっと、またボヤキが入ってしまいました。
アメリカから発表された論文の症例数の多さに目がくらんでしまうのも事実です。
個人的には症例報告をきちんとまとめる人を 臨床医として高く評価します。いかにその症例を通じて自分が学んだかということが伝わってくるからです。ただ単に稀な症例だから良しというわけではありません。
一方論文作成に精を出したり 基礎研究に取り組む医師を「あれは臨床に手を抜いている。」「外科医に論文は不要で、手術だけすればよい。」と決め付けるのも困ったものです。多いですよ、こういう人。
治療をしたとしても そこから何も学ばなければ臨床医として成長しないように思います。相変わらず同じ失敗をして、昔ながらの治療法に固執してしまいがちです。
やはり臨床と臨床研究は、車の両輪なんでしょうね。
周囲を見ても、一流の臨床家は、両方ともに頑張っておられます。どちらかに偏ってしまうと、長続きしないようです。
ラーメン屋も、味にこだわりすぎて、コストを度外視してもつぶれるし、あくどく儲けすぎてもつぶれるということでしょうか。
思わぬところに共通点があるようです。
医師が一生のうち経験できる症例も直接指導を仰げる医師も数は限られています。
evidence-based medicineという言葉は一般化されましたが そのevidenceとは先人が努力して残していただいたものです。診療に難渋した症例 経験を通じていくつかの症例をまとめて、きちんと過去の文献を咀嚼しつつ報告してくださることは論文を通じて教えを受けることであり、報告を残していただいた方を尊敬申し上げます。
おっしゃるように論文を残すことは経験の浅い医師の診療上の糧となり ひいては患者さんのためにもなります。evidenceを残すことは医師の債務であるとも思っています。
>大学で論文を書かないヤツは、穀潰しと思っておりまして。
同感です。少なくとも自分の臨床のスキルの向上をはかるのみで ほかの医師の役に立つやつとは思えません。
機会があり 先生や虎の巻先生の論文から学ぶことがあれば 私は先生方に頭を下げ、感謝申し上げます。
おいでいただきありがとうございます。「格闘技」その通りですね。他流試合をしないと、お山の大将、井の中の蛙になってしまいます。
Bugsy先生
外国のドクターにかつて私の書いた論文をみてヒントをもらったといわれると、本当にうれしいものです。たいした論文は書いていませんけれど・・・いまは、どちらかというと若い人たちの応援団長のようなものです(笑)。
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