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< うごかざるもの | メイン | ニューヨーク市民と海軍 >
勤勉は美徳だといわれます。
たしかに、「働かざるもの食うべからず」ともいわれます。
しかし、「働きすぎ」は、本人は意識していないかもしれませんが、他人の職を奪う危険性をはらんでいます。 経営者は、低賃金でどんどん働いてくれば、喜びます。他の人を雇う必要がありませんから。交代要員もいりません。
かくして、その企業戦士は、他人の雇用を妨げます。そして、無理がたたって自分も倒れます。家族は路頭に迷います。 経営者は、「仕方がないなあ。次の人を探そう。」で、終わりです。
自己実現のために一生懸命働くのはよいことですが、お金儲けと同様、働きすぎも、一種のむさぼりかもしれません。
自己チュウのあらわれかもしれません。
これからの高齢化社会に向かって、体力の衰えた年寄りにとって、仕事を分割してシェアしていかなければ、社会はなりたたなくなります。働きすぎは、仕事の独り占めです。ある意味では罪です。
勤務医もある意味いままで働きすぎで、行政に、「少なくてもやっていけるじゃん。」と思われてしまった節がなきにしもあらずです。
米国の急性期病院の医師数や、ドクターアシスタントなどの話を聞くにつけ、そう思います。
もちろん、勤務医の場合、仕事と自己研鑽との区別が曖昧であることは間違いありませんが、それを言い出すと、多かれ少なかれ他の職種もそうでしょう。
考えようによっては、いままで「これでいいんだ」と世間に思わせることによって、今の医療崩壊の一端をになってきたのは、他ならぬ、ワーカホリック(にならざるを得なかった)勤務医なのかもしれません。
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感情の赴くままではなく、客観的データに基づいた論理的思考が必要です。
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コメント
コメント一覧
ワーカホリックの困った問題として本人に自覚症状がないことが挙げられます。
病院から離れると不安で仕方がありません。
休日に病棟から呼ばれないと仲間はずれにされた気がします。夜寝るとflashbackでうなされます。
一方で外界との情報が遮断されるので自分の治療に妄信し 疲れた頭では合理的になれず、過ちを受け入れません。俺だけが仕事をしていると悲壮になります。
数年たって後輩が同じ症状になり それを見てふと我に返りました。
結局国内外の学会で発表し、いかに自分の視野が狭いのかを思い知るのが最良の処方箋だと感じ、後輩にも勧めています。
おいでいただきありがとうございます。
なんでも極論に走ってしまうのはよくないとは思うのですが、勤務医は、若いころから大義名分に洗脳され続けてきたように思います。まるでどこかの新興宗教のように。
今の勤務医の立ち去りも、従来の洗脳から目覚めつつあるためかもしれません。
しかし、職業人としての自分を磨くという面もあるので、むずかしいですね。
何事も、極端に走らず、中庸を模索していかなくてはと思うこの頃です。
暑い中、どうかご自愛ください。
最近、後輩の内科医が倒れて、意気消沈気味のドク虎でした。
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