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KY、つまり「空気の読めない」人。
いったい空気とはなんでしょう。物事を考える場合、まず定義をはっきりさせなければなりません。
「空気」とは、広辞苑によれば、「その場の気分。雰囲気。」です。
つまりその場の気分を絶対視するのです。
ここには、人と異なることに対する恐怖があります。
正々堂々、理論を戦わせるより、付和雷同を選ぶのです。
「みんなちがって、みんないい。」の、金子みすずの詩とは対極にあります。
KYでない人は、裸の王様をみても、「結構なお召し物でございます。」といい、自らの保身を図ろうとするのですが、その保身も長続きしません。
そこには論理性のかけらもありません。
今を去ること60年前、多くの優秀な若者たちが、「空気を読んで」、全く勝ち目のない戦で死んでいきました。
今また若者たちの間で、そしてなぜか知性を代表すべきマスコミの間で、ふたたび論理を無視したKYを非難するような言葉が使われています。
きなくさいにおいがします。
「和して同ぜず」
私はこちらの論語の言葉の方が好きです。
KYJ(空気の読めない爺)でした。
人間の感情は大切なエネルギー、しかし、理論によるコントロールが必要です。
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コメント
コメント一覧
そのような人間になりたいものです。
自省を込めて。
これからも先生のブログ楽しみにしています。
おいでいただきありがとうございます。
おっしゃるとおりですね。
その場の感情や、かっこよさに流されてしまうと、危険ですよね。
感情はアクセル、論理はどちらかというとブレーキではないかと思います。
ただ理屈のみに走っても、止まってしまうような気がします。
tegetegeoyaji先生
コメントありがとうございます。
私も先生と同じく、きな臭いにおいを感じています。
アクセルとブレーキ、両方とも大切にしたいものです。
どちらかというと、自分も含めて日本人は論理性を鍛える必要性を感じています。
相手の言うことを良く聞いて きっちり反論することが出来ないことが多いです。
だから一方的に自分の言い分のみを主張するか 逆に相手の言うことを内心納得しないもののうなずいて嵐が通りすがるのを待ってるだけです。だから後になって話が違うと揉めるのです。
なんとかその場を取り繕う、せめてその場の空気を読もうとします。
中学生高校生達からKYって言葉が出てきたのは印象的です。きちんと言うべきことを言えない日本人は精神年齢16歳以下だと揶揄されます。
なにやら英語は直截な言い方しかないようにも思ったことがありましたが、ちゃんと婉曲な相手に失礼にならないeuphemistic phrase はあるんですねえ。
実はverbal communicationというのはわずかで、ほとんどがnon-verbalだという研究もあるようです。
だから彼らは表情や身振り手振りが派手なのでしょうか。
しかめっ面をして、抑揚なく、
Thank you very much.
というと、
「なんちゅうことをしてくれんねん。ほっといてくれ。」
という意味になってしまいます。
我々日本人は、要注意です(笑)。
>しかめっ面をして、抑揚なく、
ですね。自分もデビュー発表は緊張し、顔もマッカッかでした。日本人は確かにintonationは無茶苦茶です。あれだけ立派なoral presentationをしてたのにねえ。日本人同士でもわからんわ。
少しはsmileしましょう。familyのことでも話しましょう。KYじゃまずいけど 心のice breakingというのもあります。心がくつろいで相手の話にも耳を傾ける余裕ができます。
気持ちに余裕のない語学力もない人間の話は 苦痛です。
自分も学会で相手に苦痛しかあたえなかったなあと 反省しています。
私も実はnon-verbalは苦手です。
家内によくしかられます。
ice breaking大切ですね。
音楽や、絵などの薀蓄があれば、ヨーロッパでは受けそうです。アメリカはアウトドアかなあ。
日本の勤務医にはどちらも縁がなさそう・・・
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