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医療関係者って、自ら認めるのも変ですが、特殊な社会の住人です。何がちがうって、浮世離れしているのです。
一般社会では、経済優先が当たり前です。儲からないことはしない。儲からなければ撤退する。儲かることに投資する。
新入社員のころから、収益を上げ、会社の財務諸表を改善することが善だと、叩き込まれるのがあたりまえです。そうじゃない会社は倒産してしまうでしょう。
ところが、医療の世界では、何が何でも命を救うことが第一義的とされます。バブル期の日本では、医療コストのことなど言おうものなら、先輩医師からどやされました。
労働環境に関しては、いくら連続の徹夜で吐きそうなぐらい疲れていても、日本の医師には「応召義務」があります(本当はこんなことをうたっているのは日本の医師法だけで、本来は国民皆保険制度が始まったときに保険診療を拒否しないようにという意味だったのを、厚生省が後に拡大解釈しただけなのですが)。
疲れているかどうかなんて関係なく倒れても働けということです。同じ医療職でも、医師のみ、労働基準法で守られている他の職種とは違います。徹夜明けの仕事は、酩酊状態と同じぐらいのリスクがあるという論文もあるくらいで、診てもらうほうにとってもよくはないのですが・・・
ましてや儲かるか、儲からないかなんて、考えることは論外です。大赤字だとわかっていても、救急はやるべきだと。
しかしどこからも補填がなければ、その病院はつぶれます。とびこみの重症をみればみるほど、結果論に基づく医療訴訟の増加がさらに追い討ちをかけます。病院がつぶれれば、救急もなくなります。
ちなみに、世間では利権追求の圧力団体だと認識されている、日本医師会の医の倫理要綱にも、医業は利潤を追求してはならないと、明記されています。
考えてみると、あまりにも精神論です。戦前の「大和魂」のようです。宗教がかったにおいもします。精神論で、この世の中でどうやって設備投資を行ったり、人を雇ったり、病院経営を維持するのでしょう?
診療報酬は、現代の医療の高度化には全く対応せず、医師一人、看護師一人程度の少人数でもできるという前提で、人的設備的に必要な医療コストを無視して密室で決められています。
驚くべきことには、診療報酬の算出のベースになるべき、まともなコスト計算がなされていないのです。日本の診療報酬の算出の根拠のなさに、米国のコンサルタントが驚いていました。
医療安全のために必要な多くのディスポ製品も使えば使うだけ病院の持ち出しです。
そのくせIT化は推進せよと。オーダリングや画像システムや、電子カルテをいれなさいと。5年ごとに何億円もするシステムを更新しなさいと。
ある程度使い物になる、カスタマイズされた大病院用の電子カルテシステムにいたっては、10億近くもします。
医師たちは、一般にコンピュータシステムにはしろうとなので、もと国策会社の情報機器産業メーカーにとっては、赤子の手をひねるのも同然、ちょろいものです。
日本の病院のどこにそんな金があんねん!
この状況下で、労働基準法に違反せず、かつ安全に出来るだけのスタッフ数を雇い入れ、かつ最新の設備投資をすることは、魔法でも使わない限り、日本の病院経営者には不可能です。
設備投資を怠れば、よいドクターはきてくれません。患者さんも集まりません。そこで、スタッフ数は米国の何分の一かでやることになります。急性期病院の医師数に限ってみれば、十分の一ぐらいです。
そして病院機能評価機構は、破格の値段で米国並みの安全基準と患者ケアを要求します。
病院の部長さんたちは毎月財務諸表をみせられ、「何とかしてください」といわれます。
医師の仕事とはちょっと違うやろ・・・と思いつつも、頑張っています。一般の患者さんは、よもや診療科の部長がこんなことに頭を悩ませているなんて思わないでしょうね。
日本の医療人はまるでカルトのような特殊な社会の住人だといえるかもしれません。
井の中の蛙、かごの中の鳥です。
さらに4月からは、公取委までが、医療現場での業者の立会いはまかりならんと、とどめをさしてくれようとしています。
業者に手伝ってもらうなんて、本来の姿じゃないことは百も承知ですが、ほとんどの病院に十分な人を雇う体力はなく、しかもどんどん高度化、細分化する今の医療機器すべてに専門的に対応できるスタッフを雇うとなるととても数が足りないでしょう。
根本の診療報酬を桁違いに増額してもらわねば。
現実には、逆に医療報酬は徐々に削減です。
ごく一部には、制度の裏をかいてあくどいことをしている人もいるのかもしれませんが、少なくとも私の周囲では、いまターゲットにされている開業医をふくめて、そんなあくどいことをしているような人にはお目にかかりません。
どちらかといえばお人よしのぼっちゃん、じょうちゃんです。
儲けを考えてはいけないといわれ続け、精神論で戦ってきた、このあまりにも違うカルチャーに、いきなり利潤を追求する株式会社制度を導入すれば、どうなるのでしょうか。
1. 多くの医療人が適応できず、現場から立ち去る。
2. 適応できた残された医療人は、利潤追求を第一義とするようになる。
3. 医の倫理性が破綻し、社会のニーズにこたえきれずに経営が破綻、撤退する。
という負の連鎖を生むような気がします。
どなたか、そんなことはないと、理論的に反論していただけたら、安心できるのですが。
民間に経営を委託した、高知医療センターの実例を見ればよくわかります(高知新聞の医療ドキュメンタリー参照)。
この1、2年、医療現場からの立ち去りが少しも頭を掠めなかったという中堅からベテランの勤務医はひとりもいないと思います。
いずれにしても、病院の医療が破綻すれば、社会にとっては悲劇ですが、このあたり、医療行政の舵取りをしている優秀な官僚さんたちは現場が全く理解できていないようです。
育った文化が違うのでしょうね。
無理をせず、患者さんに説明しながら、やってもよいといわれる範囲で医療を行うしかありません。
これからは、対応できないことは出来ないとはっきりいうしかありません。
それが、完全な崩壊を避ける唯一の道でしょう。
たとえそれが日本人の平均余命を著しく下げることになったとしても。それが、今の政治を選んだ国民の運命でしょう。
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コメント
コメント一覧
不採算部門の心臓外科、脳神経外科は切り捨てでしょうね。小児科もですかね。
自分もこのPETやへりカルCTがいくらするのか考えもせず、とある病院で設置された晩に先輩と祝杯を挙げていました。仮に個人で開業したら そんな機械には一生おがめませんからね。
あれから採算が取れたとは全然聞こえてきません。
疲れて倒れた晩に「あいつもやっと人並みの医者になった。」と誉められ、自分も嬉しゅうございました。
給料が安いので部屋代が滞り、落ち込んでいると「金儲けのために貴様は医者になったのか。」というのもありました。保険審査でグロブリンをこんなに連日投与すると査定をくらいますよとぼやけば、「患者のためにやったんだから、削られて医者として恥ずかしいのか?」
医師どうしのこういった教育の積み重ねもあるとは思いますよ。
私はこういう話題が出れば亡くなった祖父の話を思い出してしまいます。祖父は第2次大戦中30代で銀行勤めの平凡な家庭人でした。私が子供の頃戦争の話を聞く機会がありましたが、昭和20年初頭に空襲に合うまでは日本が戦争に勝っている、今は一時的に日本軍が転進しているだけなんだ、少なくとも中国大陸では大勝利と皆が思っていたそうです。軍国少年だった父もわくわくしていたそうでした。自分は手遅れになる前に どうしてもう少し早く気づかなかったのかと訝しく感じました。最後には富士山ろくに秘密兵器を準備しているから勝てると上司に言われたそうです。20年になってあれれおかしいなと思ったら後はつるべ落としでした。それでも食糧事情で本当に苦労したのはむしろ戦後だったようです。
そうやって振り返ると 今の我々の状況とどこか似ていますね。自分は医者がこれからは増えて困る位と言われ、一人体を壊してもまた次が来るよといわれ、医療器械も日進月歩でじゃんじゃん申請して新しい最新の器具が病院に導入されました。病院の借金も見た目は大きいけど、国の補助金もあってすぐに返せると当時の事務長も胸を張っていました。自分は給料は中々上がらないけど医者同士の競争もあるので頑張ろう、そのうち良い目にも合うさと信じていました。周囲の医師も皆疲れはしていたけど将来展望に関しては楽天的でした。いざとなって開業するにせよ 銀行もいくらでも貸してくれるし、10年たったら無理なく返済できると5年前あたりまでは先輩も笑っていましたねえ。
実はその頃から敗戦は始まっていたのでしょう。昨今明るみに出てきた話は医師の数を含め、自分たちが聞かされていた話とまったく逆なんです。
将来自分の後輩や子供達の世代から「どうしてもっと早く手を打たなかったんだ。」と詰問されそうです。
やはり祖父の世代のように「何も知らされなかったんだから」と言い逃れするのでしょうか。自分はそれがとても辛いです。
いつもコメントありがとうございます。
日本の軍部は、とても優秀な人間の集まりだったようですが、情報収集、情報解析、情報操作という分野では大きく遅れをとっていたようですね。
上層部のエリート意識が強く、面子にこだわり、理論よりも精神論が優先され、状況が変っているのに過去の成功体験を重要視する。
決定権のある人たちが現場を知ろうとはせず、現場を想像する力の決定的な不足によるリーダーシップの不在と現場の士気の低下。
おっしゃるように、半世紀以上たって、また同じ失敗が繰り返されるのでしょうか・・・
「義務を忘れた医師たち」のような精神論が叫ばれだすと、末恐ろしい気がします。
私は高知市内の中規模病院にある、医療介護病棟で働いている介護福祉士ですが、ドクトル虎の巻様の今回のエントリーに深く同意・共感して、こうしてコメントを残させて頂きました。
末端の看護助手に過ぎない私のようなものでも、今の政府の医療・福祉を含めた社会保障政策は明らかに間違った方向に向かっているとしか思えませんが、貴殿が仰るように、この国がそっちに向かう事を決めた政治家達を選んだのは、この国の多数派国民なんですよね。
僕は、この”民主共和政体”と言う国家の意思決定システムが、時々本当に嫌になる時があります。
最後に、立場は違いますがお互い理想と希望を捨てずに頑張りましょう。前線の医師達は本当に激務だと思いますが、くれぐれもご自愛なさって下さいね。
PS
僕が医療について書いたエントリー(「その報酬は安過ぎる」)も、『高知医療新聞』と言うサイトで取り上げられていましたので、もしよろしければそちらもご一読頂けると、当方としてはとても嬉しいです。
当研究室においでいただきありがとうございます。
いろいろな職種を経験された方のご意見は貴重です。
医療人は、「井の中の蛙」「蛙の生ゆで」にならないよう、気をつけていかなくてはと思っております。
ロジックより、感情や、精神論が、遥かに重要なこととして優先されてしまうのはなぜでしょうか。
考えていかないといけない問題だと思います。
精神論は必要ですが、自分自身に要求するもので、他人に強制するものではないと考えています。
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