ドクトル虎の巻
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浮世離れ

ドクトル虎の巻 / 2008.04.04 20:55 / 推薦数 : 7

   医療関係者って、自ら認めるのも変ですが、特殊な社会の住人です。何がちがうって、浮世離れしているのです。

 一般社会では、経済優先が当たり前です。儲からないことはしない。儲からなければ撤退する。儲かることに投資する。

 新入社員のころから、収益を上げ、会社の財務諸表を改善することが善だと、叩き込まれるのがあたりまえです。そうじゃない会社は倒産してしまうでしょう。

 ところが、医療の世界では、何が何でも命を救うことが第一義的とされます。バブル期の日本では、医療コストのことなど言おうものなら、先輩医師からどやされました。

 労働環境に関しては、いくら連続の徹夜で吐きそうなぐらい疲れていても、日本の医師には「応召義務」があります(本当はこんなことをうたっているのは日本の医師法だけで、本来は国民皆保険制度が始まったときに保険診療を拒否しないようにという意味だったのを、厚生省が後に拡大解釈しただけなのですが)。

 疲れているかどうかなんて関係なく倒れても働けということです。同じ医療職でも、医師のみ、労働基準法で守られている他の職種とは違います。徹夜明けの仕事は、酩酊状態と同じぐらいのリスクがあるという論文もあるくらいで、診てもらうほうにとってもよくはないのですが・・・

 ましてや儲かるか、儲からないかなんて、考えることは論外です。大赤字だとわかっていても、救急はやるべきだと。

 しかしどこからも補填がなければ、その病院はつぶれます。とびこみの重症をみればみるほど、結果論に基づく医療訴訟の増加がさらに追い討ちをかけます。病院がつぶれれば、救急もなくなります。

 ちなみに、世間では利権追求の圧力団体だと認識されている、日本医師会の医の倫理要綱にも、医業は利潤を追求してはならないと、明記されています。

 考えてみると、あまりにも精神論です。戦前の「大和魂」のようです。宗教がかったにおいもします。精神論で、この世の中でどうやって設備投資を行ったり、人を雇ったり、病院経営を維持するのでしょう?

 診療報酬は、現代の医療の高度化には全く対応せず、医師一人、看護師一人程度の少人数でもできるという前提で、人的設備的に必要な医療コストを無視して密室で決められています。

 驚くべきことには、診療報酬の算出のベースになるべき、まともなコスト計算がなされていないのです。日本の診療報酬の算出の根拠のなさに、米国のコンサルタントが驚いていました。

 医療安全のために必要な多くのディスポ製品も使えば使うだけ病院の持ち出しです。

 そのくせIT化は推進せよと。オーダリングや画像システムや、電子カルテをいれなさいと。5年ごとに何億円もするシステムを更新しなさいと。

 ある程度使い物になる、カスタマイズされた大病院用の電子カルテシステムにいたっては、10億近くもします。

 医師たちは、一般にコンピュータシステムにはしろうとなので、もと国策会社の情報機器産業メーカーにとっては、赤子の手をひねるのも同然、ちょろいものです。

 日本の病院のどこにそんな金があんねん!

 この状況下で、労働基準法に違反せず、かつ安全に出来るだけのスタッフ数を雇い入れ、かつ最新の設備投資をすることは、魔法でも使わない限り、日本の病院経営者には不可能です。

 設備投資を怠れば、よいドクターはきてくれません。患者さんも集まりません。そこで、スタッフ数は米国の何分の一かでやることになります。急性期病院の医師数に限ってみれば、十分の一ぐらいです。

 そして病院機能評価機構は、破格の値段で米国並みの安全基準と患者ケアを要求します。

 病院の部長さんたちは毎月財務諸表をみせられ、「何とかしてください」といわれます。

 医師の仕事とはちょっと違うやろ・・・と思いつつも、頑張っています。一般の患者さんは、よもや診療科の部長がこんなことに頭を悩ませているなんて思わないでしょうね。

 日本の医療人はまるでカルトのような特殊な社会の住人だといえるかもしれません。

 井の中の蛙、かごの中の鳥です。

 さらに4月からは、公取委までが、医療現場での業者の立会いはまかりならんと、とどめをさしてくれようとしています。

 業者に手伝ってもらうなんて、本来の姿じゃないことは百も承知ですが、ほとんどの病院に十分な人を雇う体力はなく、しかもどんどん高度化、細分化する今の医療機器すべてに専門的に対応できるスタッフを雇うとなるととても数が足りないでしょう。

 根本の診療報酬を桁違いに増額してもらわねば。

 現実には、逆に医療報酬は徐々に削減です。

 ごく一部には、制度の裏をかいてあくどいことをしている人もいるのかもしれませんが、少なくとも私の周囲では、いまターゲットにされている開業医をふくめて、そんなあくどいことをしているような人にはお目にかかりません。

 どちらかといえばお人よしのぼっちゃん、じょうちゃんです。

 儲けを考えてはいけないといわれ続け、精神論で戦ってきた、このあまりにも違うカルチャーに、いきなり利潤を追求する株式会社制度を導入すれば、どうなるのでしょうか。

1.    多くの医療人が適応できず、現場から立ち去る。

2.    適応できた残された医療人は、利潤追求を第一義とするようになる。

3.    医の倫理性が破綻し、社会のニーズにこたえきれずに経営が破綻、撤退する。

 という負の連鎖を生むような気がします。

 どなたか、そんなことはないと、理論的に反論していただけたら、安心できるのですが。

 民間に経営を委託した、高知医療センターの実例を見ればよくわかります(高知新聞の医療ドキュメンタリー参照)。

 この1、2年、医療現場からの立ち去りが少しも頭を掠めなかったという中堅からベテランの勤務医はひとりもいないと思います。

 いずれにしても、病院の医療が破綻すれば、社会にとっては悲劇ですが、このあたり、医療行政の舵取りをしている優秀な官僚さんたちは現場が全く理解できていないようです。

 育った文化が違うのでしょうね。

 無理をせず、患者さんに説明しながら、やってもよいといわれる範囲で医療を行うしかありません。

 これからは、対応できないことは出来ないとはっきりいうしかありません。

 それが、完全な崩壊を避ける唯一の道でしょう。

 たとえそれが日本人の平均余命を著しく下げることになったとしても。それが、今の政治を選んだ国民の運命でしょう。

 

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