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英語抄録・口頭発表・論文作成虎の巻 解説シリーズ第59回です。
アマゾンでは長らく品切れでしたが、やっと取扱が再開されました。やれやれ。
「起承転結」、小学校のときの作文の時間に習いました。
三つ子の魂百までといいますが、今でも作文といえば、「起承転結」が頭に浮かんでしまいます。
「起承転結」は、元々、漢詩で、絶句の構成の名称だったのです。第一の起句で内容を歌い起し、第二の承句で起句を承け、第三句の転句で詩意を一転し、第四の結句で全体を結ぶ。転じて、物事や文章の順序・組立(広辞苑)。
いわゆる文学作品やエッセイを書くにはドラマチックでよいかもしれません。しかし、論理的文章を書こうとする場合には、いろいろ弊害が出てしまいます。
四行絶句の構成を、論理的文章や講演に応用しようとすること自体に無理があるのです。
論理的な文章を書こうとする場合、一般的には、「導入」「本文」「結論」の三つです。
学術論文には、さらに、Introduction, methods, results, discussionという決まった形式があり、それぞれの中身も定番の構成があります。詳細は「虎の巻」をご覧ください(笑)。
文章を書くときに「起承転結」を強調するのは、日本におけるドメスティック・ルールのような気がします。
「起承転結」だと、「転」のところで論理的なつながりがうまくいかなくなってしまうことがあります。論理的文章を書くには不向きなのです。
ひどい文章になると、「起承転転・・・転」となり、いったい何が言いたいのかさっぱり・・・ということが起こります。
申し訳ないですが、最近は一流紙の社説にさえ「起承転転・・・転」(結なし)が散見されます。
小学校の国語教育のトラウマかもしれません(笑)。
今の小中学校では、さすがにもうそんな教育はしていないかもしれませんが。
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病床稼働率が70%をきる公立病院は淘汰するという話が総務省から出ているようです。
しかし、この病床稼働率という指標には、大きな問題があります。
ホテルと同じく、午前0時の在院状態でカウントされるようです。ホテルは宿泊施設ですから、午前チェックアウト、午後チェックインで、この指標で何の問題もありません。
ところが、病院は、緊急をのぞき、昼間に検査や手術が行われます。
伝統的な、午前入院、午後退院OKの病院だとしましょう。
もしも、二泊三日の心臓カテーテル入院ばかりだと仮定してみてください。
連日満床だとしても、計算上は稼働率は66%になります。さらに、土日に検査のない病院は、その五分の七で、47%という数字になります。
100%稼動していても、数字上は半分以下です。
いわゆる、サンプリングエラーというやつです。
もちろん、すべてが二泊三日入院というのはありえませんが、このように考えると、在院日数が短くなればなるほど実質の稼動状態と、数字の稼働率が乖離します。
小学生でもわかる算数です。
だから、ドク虎は70%という数字をみたら、看護師さんもお医者さんも頑張っているんやなーと思ってしまうのですが・・・
これに気付いた民間病院は、ベッドメーキングの人をやとい、ホテル並みに午前退院、午後入院を励行し、数字上の稼動率を上げています。
しかし、フレキシブルに人員を配置できない公立病院では、マンパワーの問題で難しいようです。
それに、物理的に満床にしてしまえば、緊急入院はとれませんよね。 病院の皆様、もし稼働率で責められたら、この理屈をご利用ください(汗)。
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英語抄録・口頭発表・論文作成虎の巻 解説シリーズ第58回です。
ニューズウィーク日本語版2008年4月23日号の特集記事です。
以下一部を引用します。
・・・(マッキンゼー・アンド・カンパニーの)日本支社で英文の提案書やプレゼン資料の作成をサポートする岩田ヘレンも、正しい英語表現は効果的なビジネスコミュニケーションの条件の一つに過ぎないと強調する。「英語としての適切さは最終的なアウトプットの問題。何を達成するために誰に向けた文書かという戦略や論理の一貫性が伴ってこそ、質の高い仕事につながる。」
専門家のサポートを受けられない人にもできることはある。英文に落とし込む前に目的や論理構成を日本語で徹底的に考える習慣をつけるべきだと、岩田は言う。
受け取った英文メールや書類から使える表現をメモしておく習慣も、「オン・ザ・ジョブ」のメリットを有効活用する工夫の一つだ。「仕事で触れる生の英語は貴重なリソース。使わない手はない。」そう、ビジネスの最前線にいる立場をプラスにできればいいのだ。
多忙なスケジュールや記憶力の衰えなどの「言い訳」は、科学的にみればハンディにならない。
どんな教材より効果的な学習の促進剤が、「強い動機」であることは、心理学の常識だ。(中略)適度のストレスが記憶を促進することもわかっている。
加齢による記憶力の低下が幻想であることも、脳科学で実証されつつある。単語の丸暗記のような単純な記憶は子供のほうが得意だが、語学学習により必要な、論理だった記憶力は年を取るほど高くなることは以前から知られている。・・・
引用終わり。
ドク虎のような熟年おじさんにとっては、何とも頼もしい記事です(笑)。
実はこれ、ドク虎の「虎の巻」と同じですね。
1. 日本語で設計図をつくり、論理の組み立てをしっかり行ってから、頭を英語に切り替えて、論文化する。
2. 英語を勉強して英語ができるようになってから書くのではなく、on-the-jobでまず取り掛かってしまう。
ドク虎のexperience basedな「虎の巻」は、独断と偏見に満ちているようで、意外にもscientificだったのです(笑)。
ちょっぴりうれしい、ドク虎でした。
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まだアマゾンだけ品切れのようです。なんでやろー(泣)。
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ハード・サイエンス(厳密科学)においては、ある実験がある仮説を否定したときにはじめて、知識は一つ進歩します。
逆に肯定的な実験結果が得られたときには、それで仮説が検証されたことにはなりません。
失敗も同じですね。
失敗したとき初めて人は何が悪かったかを学習し、確実に成長します。
うまくいったときは、モチベーションの強化にはなりますが、なぜうまくいったのかはよく分からないことがほとんどです。そのときの環境や、いろんな人たちとの出会いなど、たくさんの因子が成功に結びついているからです。
困難なことにチャレンジして失敗した人はハード・サイエンス的な見方からすると貢献度大なのです。
責めてはいけません。その人のおかげで一つ進歩したのです。
自分も含めて、失敗した人を評価しなくてはいけませんね。
目先の成果至上主義は長期的に見れば誤りです。経験と学習も重要です。
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英語抄録・口頭発表・論文作成虎の巻 解説シリーズ第57回です。
学会に参加していて面白いことに気付きました。
日本人が英語で発表することも大変ですが、英語セッションの座長はもっと大変です(汗)。
他人のやったわけのわからん(失礼!)英語の発表を理解し、サマリーして皆さんに伝えなくてはなりません。
あまり質問が出なければ、発表者にできるだけポジティブなフィードバックがかかるような質問をアドリブで考えなければなりません。
聞き取りにくいフロアからの質問を演者がわからなければ、簡単な英語に言い直さなければなりません。
生半可な英語力では厳しいです。
英語が達者な演者と質問者であれば、座長はほっと一息、安心です(笑)。
しかし、です。座長をするような、英語論文をご自分で書いてこられたような先生方は、たとえ留学経験があまりなかったとしても、年齢に関わらず(失礼!)上手に英語で座長をされます。
文法的には少々誤りがあったとしても、実用的には全く問題ない英語力です。
こういうのは、英会話学校や英語講座では身につきません。
ネイティブであっても、そのへんを歩いているにーちゃん、ねーちゃんにはできません。
苦労して英語論文を書き、discussionを書き、reviewerたちと丁々発止のやり取りをして、それに打ち勝ってきたからこそなのでしょう。
書けるけれどしゃべれない、というのは、多くの場合、うそです。自分では書けていると思っているだけで、実は書けてもいないのです。
一般には、英語ができれば論文が書けるのだと考えがちですが、違います。
そんなに英語が得意でなくても、英語で論文を投稿し、苦労の末採択されるという経験を積み重ねることが、実は日本にいながら英語が上達することにもつながるのです。
まずはチャレンジです。英語を「実戦」で使うことです。
うまくいけば元気をもらえます(笑)。
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英語抄録・口頭発表・論文作成虎の巻 解説シリーズ第56回です。
解説シリーズ、ずいぶん久しぶりです(笑)。
学術論文が日の目を見るためには、peer reviewというプロセスがあります。これが、著書など、そのほかの出版物とは大きな違いです。論文はreviewerにボコボコにされますが、著書は、独断と偏見もオッケーです。かならずしもサイエンティフィックでなくてもよいのです。
典型例が、「英語抄録・口頭発表・論文作成虎の巻」です(笑)。虎の巻の著者(つまりドク虎)は英語を職業になんてしていないくせに、自らの経験に基づいてかなり大胆に、「”実戦”論文英語のコツ」なんかを世間様に公開しちゃっています(笑)。
実は、この「英語のコツ」の章に関しては、英語の専門家からいろんなご意見がいただけるかと、ちょっと楽しみにしていたのですが、実際にはそんな暇な専門家はおられないようで、ちょっと肩透かしでした。
今からでも、異論反論をうけつけます(笑)。
このように、論文とは異なり、著書は、「言ったもの勝ち」です。だから、本を読むときは論文を読むとき以上に眉にたっぷりつばをつけて読みましょう(汚ねー)。
さて、論文は、peer reviewがあるといいました。つまり「施設外の同業者からの批判」です。他流試合です。多くは偉い先生がたがボランティアでreviewerをされます。格闘技で言うと、上段者です。上段者と手合わせをしてもらえる、光栄な瞬間です。上段者は、試合の経験も豊富で、過去のこともよく知っています。
ただし、「同」業者というところがポイントです。Reviewerは決して神様ではありません。一応上段者であるといえども、新しいことには必ずしも理解が十分であるとは限りません。かなり忙しい状況で斜め読みということもあります。投稿原稿の英語が拙劣な場合、なおさら誤解することもあります。やっていることが競合する場合など、かなり意地悪されることだってあります(泣)。
必ずしも「天の声」である保障はないのです。
指摘は真摯に受け止め、対応するのが大原則ですが、もしも、相手が理論的におかしいと思ったら、正々堂々と「理論」で戦わなければなりません。
若い先生たちから、reviewerへの返事の「虎の巻」を書いてくださいとよく頼まれるのですが、こればかりは個々の事例に即さないとちょっと難しい。
その前に、今の虎の巻が売れなければ、出版社からはまず次の声がかからないという問題もあります(笑)。
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高級割烹やフレンチにはあまり行く機会がなく、お昼は300円也のそばのことが多いので、「おまえ、ほんとにわかっとんのか?」といわれると、書くのは若干はばかられるのですが(汗)、おいしい和食を食することのできる瞬間は、「ああ日本人に生まれてよかったー」としみじみ実感する瞬間ではあります(笑)。この年になると、なんといっても和食がいちばん好きです。
ドク虎は、基本的に嫌いなものがないので、板さんがどんな工夫をしてどんなものを出してくれるのか、大変楽しみです。メタボ道まっしぐらです(汗)。
一応割烹にもメニューはあるようですが、板さんが、よい素材を手に入れ、組み合わせを考えてつくってくれます。基本は、おまかせです。日持ちしない極上の食材を無駄にしないためには、こちらのほうがよいかもしれませんね。
でも、好き嫌いのある人、たいへんですねえ。もっとも、常連さんになると、板さんのほうがそれらすべてを把握し、勘案してくれるのでしょうか。そこまでのお客になるのは大変ですね。しがない勤務医では一生かかっても無理でしょう。
一方、フレンチは、立派なメニューを見ながら、食前酒などをたしなみつつ、あーでもない、こーでもないと、時間をかけて自分で選びます。一応本日のおすすめはあり、お店の人も情報提供はしてくれますが、基本は自己判断です。私も含めて日本人はつい、「私も。」といって、前に倣えしてしまいます。
もったいないですね。
こちらは好き嫌いの多いわがままな人でも大丈夫です。ただし、余計な心配かもしれませんが、日持ちのしない食材があまってしまえば、せっかくの素材が無駄になってしまいますねえ。
和食の板さんの立場になれば、皆が同じものを食べてくれたほうが準備の効率はいいですね。一方フレンチでは、おそらく多様性も大切なサービスの一つなのでしょう。○○の△△が食べたい、と思っていけば、いつでも食べられるというのもサービスの一つかもしれません。価値観の相違です。
翻って、医療を考えてみると、日本の病院はどちらかといえば、おまかせ定食です。多くの患者さんは、自分自身の体のことなのに、「先生におまかせします。」今まではドクター側もどちらかといえば個々の希望はあまり聞かず、専門家として良かれと思うことをやって、それで医療コストを下げて、少ない医療費で効率よくやってきたという面があるのではないでしょうか。
おまかせ定食が大好きで、自分の好みさえ人にマル投げすることが大好きな日本人の性格が、医療制度にも現れているような気がします。
いくら横並びが好きだといっても、病気やその人の置かれた状況は一人ひとりちがうので他人のことはなかなか参考にならないのですけれど。
日本は国全体がまだまだパターナリズムなのですね。
小学校に上がる前から、何をするにもまずやりたいかどうかを聞かれ、自分であそびを選ばないといけない国の人たちとはえらい違いです。
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確か大前研一さんが書かれていたと思いますが、日本人は自分の意見を言うことなく黙ったままじっと我慢して、閾値を越えると一挙に爆発するという傾向があるそうです。
すべて受け入れるか、全く拒否するか。
相手と議論することをあまりせずに、ぺこぺこするかと思うと、一つ間違えれば突然攻撃的になります。これがいわゆる「きれる」という現象でしょう。
まるで真珠湾攻撃です。
これでは逆効果です。
私も例に漏れませんが、議論が下手なのです。ちゅーか、議論になれていないのです。コミュニケーションの力が不足しているのです。
これでは自分も相手も不幸です。
普段は自分の意見を抑え、先生、親、上司の命令にただ従うのみです。ある意味、楽です。何も考えなくてもいいわけです。
楽することに慣れてしまうと、かなりの無理難題を言われたとしても、それは違うのに、と思っていても、自分の意見を言わず、上司に従おうとします。
ところが、多くの上司はもはや現場を離れています。
時代は変っているのです。現場の経験のない、他の部署からきた上司もいます。たとえ経験があったとしても、時代がかわり、社会状況が変わっているのです。過去にうまくいったからといって、今度もうまくいくとは限りません。
ところが、日本では多くの場合、上司に意見するときは、職場をやめるときです。これでは、日本の上司には現場からのフィードバックがなさすぎます。組織にとっても危険です。
Efferent nerveのみでafferent nerveがなければ、生体はうまくいきません。
上司も、声の大きい人だけの言うことを聴くのではなく、声の小さい人たちの声に耳を傾ける姿勢が大切です。そして、現場も、判断を上にマル投げするのは、危険です。現場の状況を正しく説明した上で、上司に正しい情報を与えた上で、判断を仰がなければなりません。
そのためには、現場の一人ひとりが観察力、判断力を常に養っておかなければなりません。「現場のプロ」であることが要求されます。
その上で、感情的にならず、理論的に、上手に意見を述べる練習が必要です。「ロゴスの力」が要求されます。
現代は、マニュアルを求める人があまりにも多すぎます。思考停止です。まるで旧約聖書に出てくる、王を求める群衆のようです。
マニュアルが役立つのは想定内のことが起こっている場合だけです。変革期には、特に非常事態には、マニュアルはほとんど役に立ちません。
コンプライアンスの意味を履き違えている人が多いように思います。
日常生活でも「ロゴス」の力を鍛えましょう。
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医療関係者って、自ら認めるのも変ですが、特殊な社会の住人です。何がちがうって、浮世離れしているのです。
一般社会では、経済優先が当たり前です。儲からないことはしない。儲からなければ撤退する。儲かることに投資する。
新入社員のころから、収益を上げ、会社の財務諸表を改善することが善だと、叩き込まれるのがあたりまえです。そうじゃない会社は倒産してしまうでしょう。
ところが、医療の世界では、何が何でも命を救うことが第一義的とされます。バブル期の日本では、医療コストのことなど言おうものなら、先輩医師からどやされました。
労働環境に関しては、いくら連続の徹夜で吐きそうなぐらい疲れていても、日本の医師には「応召義務」があります(本当はこんなことをうたっているのは日本の医師法だけで、本来は国民皆保険制度が始まったときに保険診療を拒否しないようにという意味だったのを、厚生省が後に拡大解釈しただけなのですが)。
疲れているかどうかなんて関係なく倒れても働けということです。同じ医療職でも、医師のみ、労働基準法で守られている他の職種とは違います。徹夜明けの仕事は、酩酊状態と同じぐらいのリスクがあるという論文もあるくらいで、診てもらうほうにとってもよくはないのですが・・・
ましてや儲かるか、儲からないかなんて、考えることは論外です。大赤字だとわかっていても、救急はやるべきだと。
しかしどこからも補填がなければ、その病院はつぶれます。とびこみの重症をみればみるほど、結果論に基づく医療訴訟の増加がさらに追い討ちをかけます。病院がつぶれれば、救急もなくなります。
ちなみに、世間では利権追求の圧力団体だと認識されている、日本医師会の医の倫理要綱にも、医業は利潤を追求してはならないと、明記されています。
考えてみると、あまりにも精神論です。戦前の「大和魂」のようです。宗教がかったにおいもします。精神論で、この世の中でどうやって設備投資を行ったり、人を雇ったり、病院経営を維持するのでしょう?
診療報酬は、現代の医療の高度化には全く対応せず、医師一人、看護師一人程度の少人数でもできるという前提で、人的設備的に必要な医療コストを無視して密室で決められています。
驚くべきことには、診療報酬の算出のベースになるべき、まともなコスト計算がなされていないのです。日本の診療報酬の算出の根拠のなさに、米国のコンサルタントが驚いていました。
医療安全のために必要な多くのディスポ製品も使えば使うだけ病院の持ち出しです。
そのくせIT化は推進せよと。オーダリングや画像システムや、電子カルテをいれなさいと。5年ごとに何億円もするシステムを更新しなさいと。
ある程度使い物になる、カスタマイズされた大病院用の電子カルテシステムにいたっては、10億近くもします。
医師たちは、一般にコンピュータシステムにはしろうとなので、もと国策会社の情報機器産業メーカーにとっては、赤子の手をひねるのも同然、ちょろいものです。
日本の病院のどこにそんな金があんねん!
この状況下で、労働基準法に違反せず、かつ安全に出来るだけのスタッフ数を雇い入れ、かつ最新の設備投資をすることは、魔法でも使わない限り、日本の病院経営者には不可能です。
設備投資を怠れば、よいドクターはきてくれません。患者さんも集まりません。そこで、スタッフ数は米国の何分の一かでやることになります。急性期病院の医師数に限ってみれば、十分の一ぐらいです。
そして病院機能評価機構は、破格の値段で米国並みの安全基準と患者ケアを要求します。
病院の部長さんたちは毎月財務諸表をみせられ、「何とかしてください」といわれます。
医師の仕事とはちょっと違うやろ・・・と思いつつも、頑張っています。一般の患者さんは、よもや診療科の部長がこんなことに頭を悩ませているなんて思わないでしょうね。
日本の医療人はまるでカルトのような特殊な社会の住人だといえるかもしれません。
井の中の蛙、かごの中の鳥です。
さらに4月からは、公取委までが、医療現場での業者の立会いはまかりならんと、とどめをさしてくれようとしています。
業者に手伝ってもらうなんて、本来の姿じゃないことは百も承知ですが、ほとんどの病院に十分な人を雇う体力はなく、しかもどんどん高度化、細分化する今の医療機器すべてに専門的に対応できるスタッフを雇うとなるととても数が足りないでしょう。
根本の診療報酬を桁違いに増額してもらわねば。
現実には、逆に医療報酬は徐々に削減です。
ごく一部には、制度の裏をかいてあくどいことをしている人もいるのかもしれませんが、少なくとも私の周囲では、いまターゲットにされている開業医をふくめて、そんなあくどいことをしているような人にはお目にかかりません。
どちらかといえばお人よしのぼっちゃん、じょうちゃんです。
儲けを考えてはいけないといわれ続け、精神論で戦ってきた、このあまりにも違うカルチャーに、いきなり利潤を追求する株式会社制度を導入すれば、どうなるのでしょうか。
1. 多くの医療人が適応できず、現場から立ち去る。
2. 適応できた残された医療人は、利潤追求を第一義とするようになる。
3. 医の倫理性が破綻し、社会のニーズにこたえきれずに経営が破綻、撤退する。
という負の連鎖を生むような気がします。
どなたか、そんなことはないと、理論的に反論していただけたら、安心できるのですが。
民間に経営を委託した、高知医療センターの実例を見ればよくわかります(高知新聞の医療ドキュメンタリー参照)。
この1、2年、医療現場からの立ち去りが少しも頭を掠めなかったという中堅からベテランの勤務医はひとりもいないと思います。
いずれにしても、病院の医療が破綻すれば、社会にとっては悲劇ですが、このあたり、医療行政の舵取りをしている優秀な官僚さんたちは現場が全く理解できていないようです。
育った文化が違うのでしょうね。
無理をせず、患者さんに説明しながら、やってもよいといわれる範囲で医療を行うしかありません。
これからは、対応できないことは出来ないとはっきりいうしかありません。
それが、完全な崩壊を避ける唯一の道でしょう。
たとえそれが日本人の平均余命を著しく下げることになったとしても。それが、今の政治を選んだ国民の運命でしょう。
新刊の宣伝です(ぺこり)。
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以前、上司の分類というエントリーを書きました。ドク虎の知り合いのとあるドクターのことばだったのですが、枕流先生から、ドイツはビスマルク宰相の参謀だったモルトケの言葉によく似たものがあると教えていただきました。
ブログの効用ですね。勉強になりました。ありがとうございます。
ちなみにモルトケは年取ってから益々頭が冴え渡っていたそうです。あやかりたいものです。
簡単に復習します。
上司には4種類あると。
1. 賢くて真面目。
2. 賢くてサボり。
3. バカで真面目。
4. バカでサボり。
もっともよい上司は「2」です。二番目によいのは、「4」です。最悪なのは、「3」です。詳しくは前出のブログをどうぞ。
「バカ」というと優秀な官僚の方々に失礼ですから、「現場を把握しない」と置き換えてみてはいかがでしょう。
ドク虎曰く、行政には、4種類あると。
1. 現場を把握し、統制しようとする。
2. 現場を把握し、できるだけ現場にまかせる。
3. 現場を把握せず、統制しようとする。
4. 現場を把握せず、放置する。
もちろん「2」が最高ですね。いままでは、「4」でまだましだったのが、まじめな官僚の方々が、世間から色々言われたためか、自ら良かれと思ってか、あるいは舛添さんに働けといわれてかはわかりませんが、現場の把握が不十分なまま真面目に仕事をしだしたので、最悪の「3」になり、医療崩壊を加速させているのではないでしょうか。
医療現場はもうため息の嵐です。他分野でも多くの民間企業は同じように感じているのではないでしょうか。
業者立会い問題にしても、公取委に出向中の財務省出身のキャリア官僚が、3Kの医療現場の現状を把握しているとはとても思えません。
現場の人間からすれば、失礼ながら、子供がでかい刃物を振り回している感すらあります。
霞ヶ関からでて、世の中をみて歩いて欲しいものです。
山手線の内側と、地方とでは、まるで外国のように違います。
一つの対策として、いっそ東大法学部出身で外資系や民間企業で成功しておられる方を、どんどん大臣、副大臣に起用するというのはいかが?
そんな人がなってくれるわけ、ないか・・・
本当は超秀才である理Ⅲ出身の先生方に、学問よりむしろこちらの方面で頑張っていただきたいのですが・・・やっていただけないでしょうね。知り合いをそそのかしましたが、ダメでした(笑)。
本日は、言い捨てゴメンの、いわゆる「フ○チ○ブログ」でした。あしからず。
もう一つ宣伝です(ペコ)。
こちらは出来立てのほやほやです。今はCCUよりカテ室やろ、なーんて言わずに、こちらも宜しくお願いします。カテ室出てからも大事です。
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