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テロリストに対しては、世界中、一致団結して戦おうということになっています。
そりゃそうでしょう。
「安全」は大切です。
テロリストは安全を脅かします。
「安全」を脅かすものに対する「戦い」です。
「安全」を守るためには何をしても許される。
かくして、某国に入国するためには、顔写真、指紋採取が当たり前になりました。
でも本当に「安全」のためには、何をしても許されるのでしょうか。
「戦争」をしてもよいのでしょうか?
「戦争」は、大量殺戮です。
「安全な戦争」というのはありません。
「安全」のための「戦争」というのは、理論的には破綻しています。
いったい誰のための「安全」なのかということを考える必要があるようです。
「悪者」「正義の味方」という単純な善悪二元論では、あまりにも幼稚です。
そもそも、なぜテロリストが出現したのか。
あまり話題にされていないように思います。
病気を治すには、原因治療が原則です。
対症療法をいくらやっても、根本の原因がなくならない限りよくなりません。
ざるに水を入れているのと同じです。
職業柄か、そう思ってしまいます。
警告:テレビの見すぎや、新聞の読みすぎ、政治家の答弁の聞きすぎは、あなたの正常な判断力を損なう危険があります(汗)。
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