ドクトル虎の巻
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思し召し通り

ドクトル虎の巻 / 2007.09.24 22:22 / 推薦数 : 3

イスラームについての講演の話の続きです。

中東のイスラーム諸国で、バスに乗るとします。

バスが、ある目的地を通るかどうかを尋ねると、通らない場合は、「通らない」といってもらえるそうですが、通る場合は、「はい」とは言わないそうです。

何というのでしょう?

「アッラーが思し召されるならば・・・」という答えが返ってくるそうです。

 

びっくりしますよね。

いったい、行くのか行かんのか、はっきりせい、なんとええかげんな、と。

 

 しかし、よく考えてみると、そこを通ることになってはいるけれども、それは人間が仮に決めたことで、われわれ人間には厳密にはほんとうのことはわからない。

ただ、アッラーのみが知る、ということらしいのです。

 

 その発想の謙虚さに、ちょっと、感動しました。

 

 私たち日本人、普段、恵まれすぎて、思い上がっていますよね。 

 

電車が時刻表通り発着するのは当たり前。

飛行機がちゃんと時刻通り飛ぶのは当たり前。

救急車がすぐに来て、当たり前。

お産が無事なのは、当たり前。

予約無しで、飛び込みですぐに見てもらえて、当たり前。

専門医がいつも対応してくれて、当たり前。

病気が治るのは、当たり前。

 

当たり前のことが起こらないのは、誰かが悪い。 

 

しかし、世界の国々では、こんなことが当たり前の国のほうが、実は少ないのです。

本当は、「アッラーが思し召され」ないと、起こらないかもしれないのです。

たとえ「アッラーが思し召され」ても、多くの人たちが陰ではたらいてくれないと、実現しないことなのです。 

 

厳しい自然環境、社会環境におかれた人たちの発想なのかもしれません。

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